第10話 三歩下がって新しい一歩

「――っ! みんな無事かい?!」


 姉ちゃんの叫び声が聞こえてくる。

 目の前を覆っていた光が晴れると、確かに俺たちは無事だった。でも……。


「こちらは無事です。どうやら全員揃ってはいるようですが……しかし、この場所は」


「あれ? 僕たちってもしかして――さっきいた場所に戻ってきてませんか?」


 エミの質問に全員が周りを見渡すと、確かにこの場所は見覚えがある。

 さっきまでいた石板のフロアだ。


 つまりこれはこういうことだな……。


「あれがそれでこうなって……俺たちは罠にはめられたんだ!」


「確かにその通りだけど、あれがそれでって……。他に言い方ってもんがあるでしょ」


 多分、あの出入り口にあった小さい石板が罠だったんだな。

 仕掛けは分からないけど、あれが原因で俺たちはまたこのフロアに戻されたんだ。


「出口が見えた途端に戻すだなんて、あのロープのおっさん相当底意地が悪いぜ」


「それは同意だ。くそぉ、これで作戦は立て直しだな。残念ながらあの手の石版はこのダンジョンにいくつもある。つまり出会ってしまったらここに戻される、その可能性が出てきたわけだ」


「厄介ですね。地理に詳しいこちらが有利だと思っていましたが、これでその前提も大した役に立たなくなりました。少なくともあのローブの人物、彼をどうにかしない限りここから抜け出せません」


 全員で顔を見合わせる、その顔には疲れが浮かんでるって感じ。実際俺も嫌な感じ。

 残念だけど、このままじゃジリ貧ってやつだ。俺たちは外に出られない。あれ?


「そうなるとあのおっさんははどうなるんだ? おっさんはもう外に出たのかな?」


「ん? ああ、ちょっと待ってくれ」


 そういうと、リューイン兄ちゃんは無線機に話しかけて外と連絡を取る。

 少し話したあと、微妙な顔をして無線を切った。


「一応、外で待機してる先輩たちに話を聞いてみたけれど、まだここから出た人間はいないらしい。ただ……」


「ただ? どうかしたんですか?」


「先輩たちも何人かこちらに来ようとしたんだけど、入った瞬間にまた外に戻されたらしいよ。……全く困った話だ、これで応援が呼べなくなった」


 おでこを押さえる兄ちゃん。何もかも上手くいかないから、結構疲れがたまってるな。

 どうにかならないもんか、う~ん。

 ……お、そうだ。


 俺はズボンのポケットに手を伸ばして、あるものを取り出した。


「はい、兄ちゃん」


「え? これは……」


「とりあえずさ、これでも食べて元気出しなよ。やっぱあれこれ頭使う時は甘いもんだよね」


 ギルドでお姉さん達にもらったお菓子の一部。

 ほとんどは向こうで預かって貰ってたんだけど、自分で食べるように少しは持ってきていたのだ。


 俺これ好きなんだよね、ラムネのタブレット。

 ほらこの、瓶の形をした容器なんてさ、芸術点高いと思うんだ。

 何て言うの、ノスタルジーな感じ? みたいな。


「サダカツくん、君……」


「ほらほらグイっと。頭スッキリさせて、俺たちのことカッコよく助けちゃってよ」


 こういう時こそ大人の頑張りどころ。そして子供の手助けどころ。

 さりげない俺のサポートが光る。そう、俺は気が利くいい子なのだ。


「ははっ……ハハハハハハっ! いいじゃないか! うん! さあ、リューインくん? 子供の励ましにはきちんと応えるのがカッコイイ大人の在り方だ。遠慮せずに食べたまえ、そうしてまた二人で頑張ろうじゃないか」


「ダカーシャさん……。そうですね、子供達の前でみっともない姿は見せられません。……ありがとう、無駄にせずに大事に食べさせてもらうよ」


「うんうん! なんと美しい光景か。よし! 私も同じものを食べてみんなで脱出を目指すぞ!」


 そう言ったダカーシャ姉ちゃんは、着ていたジャケットの内ポケットから俺が持っていたのと同じラムのタブレットを取り出して、それを手のひらに出して食べ始めた。


「……うん? ちょっと待ってください。サダカツくんはわかりますけど、なんでダカーシャさんまでお菓子をダンジョンに持ってきてるんですか?」


「だって好きなんだもん……」


「えぇ……」


 口を尖らせるダカーシャ姉ちゃんに対して、困ったような声を出す兄ちゃん。

 うんうん、いつもの感じに戻ってきたじゃん。


 一人感心していると、俺の腕を肘でついてくる子供が一人。


「あんたってさ、たまにファインプレーするわよね。そういう所って素直に好きよ」


「へっへ~ん。だろ? あっそうだ、エミ」


「ん? どうしたの?」


 俺はある目的のために、エミに頼み込みをする。これは俺にとっても重要なことだ。


「渡した分俺に分けておくれよ」


「いや、無いよ」


「え? 無いの!? うっそぉマジで? 何で持ってきてないんだよ?」


「逆に聞きたいけど、なんで君をお菓子を持ってきてるんだい?」


 ちぇっ、なんだよなんだよ。……もう、エミってば仕方がないんだから。


「さてと……これで糖分の補給は完了した。改めてここから脱出する手立てを考えてみようじゃないか。安心したまえ、夕ご飯までには君達をお家に帰してみせるさ!」


「おお……! カッコイイぜ」


「そうさ! 私はかっこいいんだ! ……そうだ、こうなった以上は君達にはこれを渡しておこう」


 お姉ちゃんは腰に巻き付けてるポーチに手を伸ばして、チャックを空けると、そこから何か小っちゃな機械みたいなのを取り出す。

 そしてそれを俺達三人に配り出した。


「これって何です?」


 手のひら位の大きさの薄い箱的な、カード的な機械を眺めながらエミがそう姉ちゃんに聞いた。


「これはいわゆる通信機でね。電波を確保出来ないダンジョンでの連絡手段として開発されたものなのだよ。このダンジョンは内部に電波装置を取り付けてるから本来なら使う必要は無いんだが、あのローブマンにダンジョン内部を破壊される可能性もあるし、渡しておこう。転送能力を持つ相手とわかった以上、こちらを分断させて来るかもしれないからね。それに、これには別の機能もあって……」


 そういうと、もう一つポーチから取り出すと通信機についてる赤いボタンを押した。すると……。


「わ!? 変形しちゃった!」


「銃? なの、これ?」


 驚くエミとアヤミ。

 そう、ボタンを押すと通信機がガチャンガチャンして銃みたいになったんだ。


「もし、身の危険が迫った時は変形させてみてくれ。本来、子供達にはあまり渡したくないものではあるが、緊急事態だからね。これは暴徒撃退用にも使えるショックガンでもあるのさ。射程距離は決して長くは無いが、当たれば小型のモンスターや一般人レベルの不審者なら痺れさせる事が出来る。重ねて言うが、あくまでも身の危険が迫った時にだけ使っておくれよ」


 なるほどね、確かにこんなの子供に渡すもんじゃないから。

 でも、こういうの使わなきゃなんだよね。嫌になっちゃうな、世の中ってやつは世知が辛いぜ。


「気をつけて使うぜ。ほらエミも気を引き締めろよ」


「そ、それはもちろんだよ。僕だっていざって時には……」


「そうだぜ。いざって時にはこいつのデコに突きつけて『金を出せ!』なんていい子はやっちゃダメなんだぞ?」


「いやしないよ!? 君は僕をなんだと思ってるんだい!」


「サダ、からかわないの。……まあでも、足手まといにならないようにはしないとね」


 おう、アヤミはいつも通りに強気だぜ。エミもビビった感じは無いし、いつも通りだ。

 よし、俺たちなかよし三人組。力を合わせて脱出だ!


「……彼ら、なんというか良いですよね。適度に緊張をほぐし合って、団結力を高める。理想的なパーティの在り方を自然体で築いている」


「やっとわかったかい? 彼らは、私達ハンターでも見習うべき心構えとチームワークを身に着けているんだ。素晴らしい話じゃないか。自慢の友人達さ」


「知っていたんですね、だから彼らをギルドに招待した。……そういう事ですか」


「ふっふっふ。……実は私もさっき気づいたのだ」


「えぇ……」

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