第26話『そして私はこの夜。死んだ』

前世の私は高校生で人生の舞台を降りた訳だが、今世においてもそれほど経験豊富な人生を送っているという訳ではない。


だから、突然色々な国の偉い人に囲まれて、完全に思考が停止してしまった。


「聖女様。お会いできて光栄です」


「はい。私も」


「覚えておられますか。以前我が国も聖女様に救われましたが」


「えぇ。覚えておりますよ。あれから王女様と王子様のお体は問題ありませんか?」


「それはもう! 出来れば自分たちも感謝を告げたいと言っておりましたが、我が国は遠いですから。今回は私だけ聖女様へのご挨拶に伺いました」


「聖女様。私は……」


あー!!!


もう!! あっちこっちから声掛けられて、対応するのが大変だよぅ!!


そりゃさ! エリカ様とかアリスちゃんに近づくのが恐れ多いのは分かるけどさ! 私の所だけに集中しすぎだよ!!


ステイ! ステイ!


離れて下サーイ!!


「聖女様、私は」


「っ」


不意に横から話かけられたタイミングで私はバランスを崩し、よろけてしまったが、柔らかい感触に受け止められる。


そして、それと同時に視界の中では剣を抜き、私にぶつかった人の首へ剣を突き付けているニナの姿が見えるのだった。


「聖女様に何をしている」


「ひっ」


「聖女様。少し離れていましょうか。汚れますから」


「いや、あの! え!?」


一瞬の間に私の近くへやってきたリリィは、私を支えながら自然な仕草で、今まさに悲劇が起ころうとしている現場から私を離そうと動かしてくる。


が、そのまま離れたら血の惨劇が起こってしまう。


私はリリィの腕から何とか離れつつ、ニナの名を呼んだ。


「ニナ! 駄目です! その様な事をしては」


「しかし、聖女様」


「駄目です」


「……分かりました」


何とか説得(パワー)によって、ニナの凶行を止めることが出来た私は息を吐きながら、危険人物たちの手を捕まえて危ない事をしない様にしておくのだった。


「せ、セシル様……!」


「手が、手が!」


「二人とも。あまり暴れないで下さい。私たちは皆さんにご協力をお願いする為にここへ来たんですから。分かっていますか?」


「は……はひ」


「わかりましたぁ」


二人は何だかポヤポヤとした返事をしているが、大丈夫だろうか。と少しだけ心配になる。


まぁ、でも二人ともいざという時はキリっとしてくれるし、そこまで心配していない。


私は、二人の事はとりあえず放っておいて、ヴェルクモント王国王城の広間に集まった人たちに向き直る。


「大変お騒がせしました。私は皆さんと交流をしたく、この場所へ来ました。ですので、またお話をして下さると嬉しいです」


短く言葉を纏めて頭を下げると、何故か様々な人に拍手をされる。


……なんだろう。煽られてんのかな。


『中々の狂犬ね。セシルちゃんの護衛』


『そうでしょうか? 戦う人は皆さん、同じような姿でしたよ』


『それはもう! アメリア様の時代はまだまだ闇の勢力が強い時代ですからね!? 日常的に魔物の被害がある様な世界ですからね!? しかもアメリア様を失ったら終わりの時代ですからね!? それはもう護衛の方々も気を張っていますよ!』


『あ、私の時も同じ様な雰囲気でしたよ』


『オリヴィアお姉様の時代なんて、魔王なる存在が現れた暗黒時代の中の暗黒時代ですからね!? 何なら、アルマ様が降臨された時代の次くらいに酷い時代ですからね!?』


『まぁ! オリヴィアちゃん。大丈夫でしたか?』


『アメリア様の遺して下さった光の魔術がありましたから、何も苦労などありませんでしたよ。これもアメリア様のお導きですね!』


『いえいえ私などは何も出来ておりませんよ。オリヴィアちゃんが頑張ったからこそ、世界がこうして光に満ちているのだと思います』


『アメリア様……ありがとうございます。私、嬉しいです』


ニナとリリィが暴走してから、頭の中でアメリア様たちが騒いでいて騒がしい。


このお披露目会っぽい物が始まってすぐは割と静かだったのに、いつもの様に騒いでいるのは困りものだ。


てか、用事が終わってお別れをしたのに、なんでいつまでも傍に居るんだろう。


『そういえば、皆さんってお帰りにならないんですか? もしかして帰れない……?』


『いえいえ。帰ろうと思えば帰れますよ』


『そうですね』


『え。そうなんですか?』


『まぁ私たちは自分の意思でここにいますからね。当然帰ろうと思えば帰れますわよ』


『な、なるほど』


『ただ……そうですね。私もアメリア様も、イザベラちゃんもおそらく同じ気持ちだと思うのですが、この世界が愛おしくて、いつまでも見ていたいのです。皆さんが幸せに生きる世界を。希望の光に満ちるこの世界を。だから、セシルさんには本当に申し訳ないのですが、もう少しだけ居ても良いでしょうか?』


両手を組みながら、申し訳なさそうに瞼を閉じるオリヴィアさんに否と言える人類なんていない。


そして私も多分に漏れず一般人類の一人だ。断れる訳が無いのだ。


『まぁ、そういう事でしたら別に構わないですよ。私も皆さんとワイワイ騒ぐのは嫌いじゃ無いですから』


『セシルさん……!』


『やっぱりセシルさんって凄い聖女様なんですね。私! 感動しちゃいました!』


『何度も言いますけど、私は聖女様とかじゃないですから。本物の聖女様は向こうで微笑んでらっしゃるエリカ様です』


目線をエリカ様へ送りながら、アメリア様たちに本物の聖女様を紹介する。


どこからどう見ても聖女オブ聖女のエリカ様だ。文句のある人間なんて何処にも居ないだろう。


『いや、エリカさんが聖女な事とセシルさんが聖女かどうかは別の話では……?』


『……?』


『なんで今の話が理解出来ないんですの?』


イザベラさんは相変わらずよく分からない事を言う。


この世界において聖女様というのは絶対の存在だし。たった一人しか存在しない神様の様な存在だ。


なら、エリカ様がパーフェクト聖女様な時点で、私は偽物の聖女で確定では?


しかし、それをどう伝えて良いものか分からないので、何となく話は終わらせる。


そして改めて話しかけてきた人に、私は聖女様スマイルを浮かべながらその人に視線を移した。


「聖女様。改めてご挨拶をさせてください。私は北東の果てにあるスタンロイツ帝国のアンドレイ・スフレイズス・スタンロイツと申します。聖女様が国に直接仕えていない多くの民に生きる術を託して下さると耳にしまして、こうして馳せ参じた次第でございます」


「アンドレイ様ですね。私はセシルと申します。聖女様を名乗れるほど立派な人間ではありませんが、よろしくお願いいたします」


「ハハハ。聖女様も御冗談が上手い。聖女様が聖女でないというのであれば、いったい誰が聖女だというのでしょうか」


いや、だからエリカ様が聖女だって言ってんだろ!


なんて、流石にこの場では言わないけど、まぁ困った様な顔はしておいた。


国王様、いや、帝国って言ってたし、皇帝様かな? も何か困った様な顔はしていたけど、良いや。


あんまり気にしないでいこう。


そして、私はそれからも色々な人に挨拶をして、今回の集まりを支援してくれる人たちに頭を下げながら、感謝を告げて、握手したり、出来たら是非ウチの国から来てね。という言葉に、全体の流れをみてからと曖昧な答えを返しておいた。


決定権は私に無いし。当然ですわね。


てか、てかさ!!


私だけ挨拶めっちゃ来るんだけど!! なんでや!!!


世界中の王族とかの関係者が集まってるんでしょ!? なら、そういう人同士で話せば良いじゃん!!


なんで私ばっかりこんなに忙しいんや……。


いや、まぁ。私が下っ端の挨拶業をしているお陰で、エリカ様やアリスちゃんがゆっくり出来るなら本望ではあるんだけど。


忙しすぎて……死ぬ……。




そして私はこの夜。死んだ。

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