第25話『彼女だけは誰にも譲るつもりはないのだ。無論、兄上にもな』(エリオット視点)

(エリオット視点)




「ったく、無茶苦茶言ってくるなアリスの奴」


俺宛てに送られた手紙には、聖女恵梨香と聖女セシルを中心とした組織の設立――。


しかも特定の国がその方針や運営に口を出せない様、国家を飛び越えた世界的な組織にしたいと書かれていた。


何を考えているのか。


いや、何も考えていないのだろうな。


ちょうどアリス、聖女恵梨香、聖女セシルの三人で茶会をしていたという話だし。


「いや、そう考えればむしろ考えられている方だろうか」


報告を聞いて、聖女セシルも聖女恵梨香と同じ程度のお人好しであり、考えなしである事は分かっている。


それならば、ある程度リアリティのある案としてまとまったのは奇跡の様なものだろう。


正直、三人で考えた結果、色々な国に回る事にしたよ。なんて言う可能性すらあったからだ。


いや、流石にそれは三人を馬鹿にし過ぎか。


「ふむ……。ガーランド卿を呼んでくれるか」


俺は近くに控えていたメイドに声を掛け、資料を纏めながらガーランド卿の到着を待った。


そして、それほど時間を掛けずに部屋に来たガーランド卿を迎え入れながら客人用のソファーに座って貰い、俺もその正面に座る。


「私に御用との事ですが」


「あぁ。悪いな。忙しい所を」


「いえ。問題ありませんよ」


「助かる。でだ。早速だがこの資料を見てもらえるか?」


「資料ですか」


ガーランド卿はアリスが持ってきた話を俺なりに分かりやすく纏めた資料に目を通しながらふむ。と頷く。


そして、資料を下ろしながら騎士らしく真剣な眼差しで俺を見据えた。


「少々気になる点がございますが、ご意見よろしいでしょうか?」


「あぁ。勿論だ」


「では僭越ながら意見をさせていただきます。まず、この組織ですが人員について不安要素が残ります」


「人員?」


「はい。文官に関しては専門外となる為、ひとまず除外させていただきますが、荒事をこなす人員を金銭で雇うと記載がありますが、その者らが金銭で何処かの国から雇われ、聖女様を攫おうとした場合の対処が難しいかと」


「ふむ。所詮は金銭で雇われた者たち。騎士の様に忠誠を誓っている訳では無いのだから裏切りはあり得ると」


「はい」


「そういう話であれば、忠誠を誓えば良い様に聞こえてしまうが、そういう話か? ガーランド卿」


「いえ。騎士の忠誠は家名や己の名誉を背負って行う者。例え見た目だけ真似をした所でその行為に意味は無いでしょう」


「しかし、平民とて日々の生活があるし、家族や友人がいるだろう。聖女を攫い、幸福な未来を求めた所でその先は無いと思うがね。聖女の独占など世界を敵に回す様な行為だ。その手に握られた金貨にそれほどの価値があるか?」


「殿下。平民は殿下が思うほど思慮深い者ばかりではありません。目の前に転がった金貨を拾う為に振り下ろされている剣の下に潜ってしまう者などいくらでもいるのです」


「ガーランド卿」


「エリオット殿下。私は決して平民を見下している訳でも、知らぬまま語っている訳でもありません。今でこそガーランド家の騎士として殿下の前に居りますが、元は平民の出なのです。貧しく明日生きているかも分からぬ程に厳しい世界で生きておりました。その上でもう一度言います。平民は殿下が思うよりも思慮深くありませんし。余裕もありません。金貨が握られているのであれば、例え次の瞬間に命が無くなるとしても、賭ける価値はあるのですよ」


「……そうか」


俺が考えているよりも、この案は難しいのかもしれない。


そんな風に考えていたが、続けて出てきたガーランド卿の言葉に俺はまた顔を上げた。


「しかし……それもこの組織が世界に根付き、ここで働く事が当たり前となる前は。という話です」


「む? どういう意味だ」


「つまりこういう事です。殿下。理想としては貴族や国の絡まない組織の結成でしょうが、現実として難しい為、組織が安定するまでは組織を貴族や国で管理しましょうという話です」


「なるほど? この組織の支援を金銭だけにせず、人員の支援も含めるという事か」


「はい。そして、エリオット殿下。どうかその人員として私を推薦下さい。私は聖女様の護衛について経験がありますし。実力についても自信があります」


「……貴公。聖女恵梨香の傍に居たいだけであろう」


「はて、何のことやら。分かりかねますね」


「確かに貴公であれば多少の問題など問題にもならぬだろう。しかし、ドラゴンの相手をする訳では無いのだ。私とリーザ嬢だけで十分だと思わないか?」


「まさかヘイムブル伯爵令嬢も参加されると」


「あぁ。自分には優秀な弟が居るから問題ないと言っていたな。そしてそれは私も同じという訳だ。私も優秀な兄と妹が居るからな」


「……殿下」


「どうかしたのか? ガーランド卿」


「殿下はアリス嬢に、アリス・シア・イービルサイド伯爵令嬢に心を寄せておりますね?」


「あぁ。そうだな。それで? それがどうした」


「っ」


「脅しの道具に出来ると思うなよ。私は貴公らがアリスを知るよりも遥かに前から彼女の事だけを考えて生きてきたのだ。他人にどう思われようが関係ない。彼女だけは誰にも譲るつもりはないのだ。無論、兄上にもな」


「……ご存知、でしたか」


「まぁ、な。しかし、兄上は国王となるべき人間だ。私の様な争う事しか出来ぬ人間とは違う。国を背負う為に必要な人間として生きる必要がある。そうだろう?」


「えぇ。仰る通りです」


「アリスに王妃など出来んよ。故に彼女は私が貰っていく。私はアリス以外の全てを失っても構わない。そういう覚悟で今、貴公の前に座っている。分かるな?」


俺はいっそ睨みつける様な勢いで威圧感と共に、ガーランド卿を鋭く射抜いた。


そうだ。


ここから先は信頼できる人間は今まで以上に減る事になる。


我々が人材支援としてアリス達の組織に参加すれば他国も当然参加してくるだろう。


そうなれば組織の内部は欲望と策謀が渦巻く混沌となるのだ。


アリスを、聖女恵梨香を護るために、信頼出来ない人間と腹の探り合いなどをしている余裕は無い。


俺は覚悟を言葉にした。


お前はどうなのだ? と、ガーランド卿に問う。


聖女恵梨香に忠誠を誓ったというお前の覚悟はどうなのかと。


「エリオット殿下。大変失礼いたしました」


「……」


「実のところ、私はエリカ殿に心を寄せております。最初はただの興味本位でした。それがやがて直接的な想いへとなりました。そして今はこの身、我が存在、その全てを捧げたい存在と認識しております。あのお方の為に生きたいと私は考えております」


「そうか」


「殿下。どうか私も組織の設立に参加させていただきたい」


「もし、仮にだ。聖女恵梨香が貴公ではない別の者を選んだ場合は、どうするつもりだ?」


「エリオット殿下。変わりませんよ。私の意思は。確かに私の横に居て欲しいという想いはありますが、何よりも大事なのはエリカ殿の笑顔です。あのお方が最も幸福である道を選ばれるのであれば、それが最良です」


「ふっ。貴公は良い男だな。私はその様に大人しくはなれんよ」


「私はこれでも殿下よりも、長く生きておりますからね」


「そうか。そうだな。うむ。では、ガーランド卿。貴公の考えは聞かせて貰った。これから、よろしく頼む。正式な発表はまだだが、その時が来た際には必ず貴公に声をかけよう」


「ありがたき幸せ」


俺はガーランド卿との話を終わらせながら、他国への発表時期や裏での情報回しなどを考え、これからの動き方を考えてゆくのだった。


まだまだ考えることは数えきれない程にあるのだ。


今度は文官に詳しい者を呼ばねばな。と思いながら俺に近い貴族のリストを見るのだった。

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