第27話『……アメリア。君なのか?』(レーニ視点)
(レーニ視点)
アメリアを失ってから、どれだけの時間が経っただろうか。
数えきれない程の凍えてしまいそうな夜を超えて、虚しい朝を迎えてきた。
もはやあの楽しかった時間も遠くなり、アメリアとの日々を思い出すのも難しくなっていた。
それでも、せめてアメリアが護ろうとした物を私も護ろうと世界を巡って、災害を止めたり、人を救ったりしてみたけれど、愚かな人間は余裕が出来るとすぐに争いを始めてしまうのだ。
そんな光景を見ていると、アメリアのやっていた事が全て無意味に思えて、嫌になり、全てを壊して何も見なかった事にするくらいしか私には出来る事が無かった。
ただ、ただ辛くて、悲しくて、自分という命が永遠に続く事がこれほど苦痛に思えたのは初めてだった。
しかしそれでも、自ら命を絶つような行為は、アメリアが酷く悲しむだろうからと行わず、いつか自然な終わりが来るまで、この世界を、少しでも良い物にしようと私は頑張り続けるのだった。
そんな日々の中で私は、アメリアの意思を継ぐ者たちに出会った。
彼女たちは皆、聖女と呼ばれ、アメリアを崇めている様だった。
そして彼女たちもまた、世界の為にと言いながら、アメリアと同じ様にこの世界を少しでも良くしようと活動している様だった。
私はアメリアの意思が消えていない事に喜びながら、彼女たちに出来る限りの支援をする事にした。
彼女たちの前に危険な魔物が立ちふさがれば、それを消し炭に変え、彼女たちを利用しようとする者たちが現れれば、それを止めた。
彼女たちと過ごす時間は、私にこの世界で生きる意味を思い出させ、少しだけ嬉しいとか楽しいという気持ちも取り戻せた。
しかし、そんな日々は私にアメリアとの時間を思い出させ、アメリアが居ないという現実を私に突きつけるのだった。
それが苦しい。楽しいけれど、苦しい。
そして、アメリアの意思を継ぐ彼女たちと過ごす時間は、私に一時的な安らぎを与えてくれたけど、新しい友との別れという別の苦しみも残してしまうのだった。
だから……もうこれ以上苦しくない様にと、聖女である彼女たちから離れ、関わらない様にしながら彼女たちを助ける事にした。
聖国とかいう国の内部を乗っ取り、大教会の奥から聖国の人間たちに指示を出して、聖女たちの支援をさせる。
それの邪魔をしたり嫌がったりする連中には、聖女のみんなが自分の命を使い世界を救っているという真実を教えて、それでも理解しない奴は排除した。
そんな行動が実を結び、段々と聖国には聖女を崇める人間ばかりになってゆき、聖女たちはその行く末に悲劇が待っていようと、その生涯を十分に満足して生きていける様になったのだった。
これが正しいのか分からない。
だって、直接会わなくても私はあの子たちの戦い続けた生涯を知っているのだから。
一人、また一人と消えていく度に悲しくて、悲しくて、苦しい。
胸の奥でズキズキとした痛みが消えない。
でも、これでようやく終われると期待したが、痛みがどれだけ強くなっても私の命が終わる事は無かった。
いつ終わりが来るのか。早く終わって欲しい。もう解放して欲しい。
そんな風に思い続ける日々の中で、大きな変化が私の前に現れた。
そう。セシルと出会ったのだ。
あの日も私は、大教会の一番奥の部屋から外に繋がる中庭で、木に寄りかかりながら、眠るように一日を過ごしていた。
しかしそんな静寂を壊しながら、中庭にやってくる連中が居て、私は苛立ちながら目を開く。
そして、何事かと騒がしい大司教たちを見れば、その腕の中には一人の少女がぐったりとしているのだった。
「騒がしいな」
「申し訳ございません。トゥーゼ様。しかし、一大事でしたので」
「一大事?」
「はい。新たな聖女様が見つかり、保護する為に現地へ向かったのですが、僅かに遅く、聖女様の住んでいた村が何者かに襲撃されていたのです。そして聖女様は深い傷を負っておりました。ここに来るまで何とか傷を塞ごうとしましたが、我らの魔術では命を繋ぐ事しか出来ません。どうかトゥーゼ様の魔術で聖女様をお助け下さい」
私はなるほどと、思いながら新しい時代の聖女を大司教から受け取り、抱きかかえたまま日々魔力を溶かしている小さな自作の湖に入る。
そして湖に浮かせながら水の魔術を使って、少女の背に出来た傷を塞ぎ、失われた少女の生命力を増やしてゆくのだった。
傷が相当深かった為、最低限傷を塞ぐというだけでもかなりの時間が掛かり、少女が運び込まれてきたのは昼過ぎであったが、目を覚ましたのは翌朝になってからだった。
「……ここは?」
「ここは大教会だよ。新しい聖女」
「聖女?」
「そう。聖女だ。君は光の魔術で人を癒す事が出来るのだろう? それが出来る者を私たちは聖女と呼んでいるんだ」
「癒す……っ! ニナは!!? ニナは助かったの!?」
「ニナ?」
知らない名前だと思いながら大司教の方を見ると、頷いていた為、私は笑顔を作って聖女に語り掛けた。
「ニナは無事だよ。ちゃんと保護された」
「そう、なんだ……良かった。みんなが力を貸してくれたからだね」
「……みんな?」
「うん。光の精霊さんたち」
その名に心が揺れる。ざわつく。
「そう、か。光の精霊か」
「うん。お姉さんにもお礼を言ってるよ。私を助けてくれてありがとう。だって」
「そうか。じゃあお礼を言っておいてくれないか?」
「え? うん。良いけど。でも、お姉さんから言った方が良いかも?」
「あー。それはそうなんだろうが。悪いな。私には見えないんだ」
そう。光の精霊を……アメリアを私は見た事がない。
どれだけ祈っても、願っても、呼んでも。その姿を私の前に見せる事は無かった。
だから、もしかしたらと思ってしまうのだ。
もしかしたら、アメリアは私の事を。
「おかしいね」
「……おかしい?」
水の中で、ジッと私を見つめる少女の目が不思議そうに揺れる。
どこかアメリアによく似た、綺麗な瞳が、アメリアと初めて会った時の様に私を静かに射抜いた。
「だって、光の精霊さんはお姉さんの事が大好きみたいだから。おかしいなって」
「は……? なん、だって」
「うーん。何で隠れちゃうんだろう。あ。そうか。お姉さんの力が強すぎるのかな。なら、えーい!」
少女が気の抜けた声を上げながら私に強く抱き着くと、世界が変わった。
私の魔力が少女によって抑えられ、索敵も、状況把握も、結界も、私が普段使っている全ての魔術が弱くなった結果、世界に光が溢れた。
柔らかく、温かい。アメリアの心がそのまま存在となった様な精霊が、光の精霊が世界に溢れる。
「……アメリア。君なのか?」
声は聞こえない。でも頷いた様な感覚があった。
あぁ、と声を漏らし、涙が溢れた。
遠い、遠い昔の記憶だ。
消えてしまった大切な思い出だ。
そう思っていた。でも、確かに私の中に眠っていたのだ。
アメリアとの日々が。私の人生に比べれば僅か一瞬の出来事でしか無かったあの日々が、刻まれていたのだ。
愛おしい。
こんなにも、気持ちが溢れる。
「うん。やっぱりそうだね。お姉さんの力が強すぎて、光の精霊さんたちが近づけな……わぷっ!」
「あぁ、君、君か。君が私の運命だったんだね。アメリアと私の時間を取り戻してくれた。君の事を教えてくれ」
「あぶあぶ」
「あぁ、すまない。苦しかったか」
私は強く抱きしめすぎた少女を少しだけ離し、笑顔を向ける。
「私の事……?」
「あぁ。名前とか、好きな物とか、家族とか、友達とか何でも良いんだ」
「私、はセシル。好きな物は、みんな……だけど、みんなは、うっ、うぅ」
「あぁ、どうしたんだい。何か悲しい事でもあったのかい?」
「トゥーゼ様」
「なんだ。私は今セシルと話をしている。邪魔をするな」
「いえ。聖女セシル様についてご報告が」
私は万が一を考えて、セシルには聞こえない様に風の魔術で耳を塞いでから、邪魔をしてきた大司教を見た。
そして、その言葉に全身が熱くなるのを感じる。
「我らがセシル様をお迎えに行った際に、多くの賊がセシル様の住まう村を襲撃しており、セシル様とおそらく友人と思われる一人を除いて全滅しておりました。おそらくセシル様のご家族は」
「……本当に、お前たち人間は、愚かしいな」
怒りで頭がどうにかなりそうだった。
もしかしたら、今この瞬間に感じている幸せが全て失われていたかもしれないという恐怖。
そしてその幸せを奪おうとした人間に対する憎しみ。
それらが合わさり、目に見える程の魔力になって吹き荒れる。
折角見えたアメリアさえも遠ざける程に、力は強くなっていった。
私はセシルを寝かせると、怒りのままに湖から出て、大司教たちに命令を下す。
「この世界に存在する全ての人間を支配しろ。恐怖でだ。お前たち人間は余裕が出来るとすぐに争い、優しき者を傷つける」
セシルを抱きしめ、心にアメリアを思い出す。
「セシルを傷つけようとする者。敬わぬ者。邪な気持ちで近づこうとする者。その全てが敵だ。疑わしき者も全て罰せよ。その本人だけでなく、家族友人、親しきものは全てだ。そして全ての人間から余裕を奪い。二度と争いなど起こさぬ様にしろ」
「し、しかし。生活が苦しくなれば、それを打開する為に民は怒り、反乱を」
「ならば全て制圧しろ。制圧し、傷ついた敵を、セシルが助けるのだ。それでセシルはこの世界で唯一の存在となる。何者も触れる事さえ許されないと感じる程の存在にするんだ。出来ないと言うのであれば、もはや人間の世界に未練はない。セシルを連れて、光の精霊と共に森の奥へと帰ろう」
「そ、それは!」
「それは困るというのであれば、やれ。出来ぬではない。ただ、セシルとアメリアを失っても良いか。悪いかだ。私はその二つ以外を認めない」
「っ、承知、いたしました」
頭を下げる大司教たちを下がらせて。私はセシルを抱きしめたまま乾かし、ベッドへと向かった。
世界がどうなろうと知った事じゃない。
私はセシルとアメリアが居ればそれでいい。
「……こうして見ると、本当にアメリアによく似ているな。セシルは」
綺麗な顔をして、でも全身が傷だらけで、それでも意識を取り戻して最初に気にしたのは誰かの事だ。
似ている。
本当によく。
生まれ変わり、とか?
いや、違うか。アメリアはもっと元気な子だったし。どちらかと言えば、私とアメリアのちょうど間くらいの……。
「っ! あぁ、そうか。そういう事だったのか。君は、そうなんだな」
私はセシルを抱きしめて、頬を寄せる。
アメリア以外でこんな気持ちになったのは初めてだ。
愛おしい。
「セシル。君は私とアメリアの子供として、この世界に生まれたのかもしれないね。家族を失ってしまった事も、悲しい事かもしれないが、これからは私が君の母親になろう。そうさ。私が世界中の誰よりも君を愛そう。そして、いずれアメリアを呼び戻して、三人で暮らそう。大丈夫。光の精霊を感じる事がで来たんだ。後は器さえ見つければ、アメリアを取り戻せる。素敵な未来が待っている。そうだろう? セシル。アメリア」
私は眠っているセシルをもう一度強く抱きしめた。
起こさない様に気を付けながら。
そして、索敵を少しだけ弱めて、アメリアの気配を見つけて笑う。
未来は明るかった。
「……」
深い、眠りから目を覚ました私は周囲を確認し、誰も居ない事を知って少しだけ気分を落とした。
セシルが居なくなってから大分時間が経った。
お陰で随分と懐かしい夢を見たような気がする。
懐かしい私たちが出会った最初の記憶だ。
「あぁ、セシル。一人は寂しいよ。私を独りぼっちにしないでくれ」
幸せな夢は私の心を温かくしたが、現実は冷たく寂しい。
一人で耐えるにはもう限界だった。
「……まったく。セシルは悪い子だな。母親をこんなに心配させて」
もうセシルの体温も匂いも消えてしまったベッドから起き上がり、服を着替える。
「でも、しょうがないな。子供は遊びに行くと、時間を忘れてしまうというし。そろそろ迎えに行こうかな」
部屋の扉を開け、大教会の中をズンズンと進んでゆく。
止めようとする大司教たちを吹き飛ばして、大教会の、そして聖国の外へ……。
セシルの元へ向かう。
「うん。どうやら向こうの国に居るみたいだね。あぁ、一緒に居るのはエリカとかいう小娘か。ふふ。ちょうど良いな。今からアメリアにも会わせてあげるよ。セシル」
私は空に浮かび、セシルが居る場所に向かって真っすぐに飛び立つのだった。
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