第21話『セシル様を、その心も体も全て護ってみせる』(リリアーヌ視点)

(リリアーヌ視点)




私はニネットという女の事が嫌いだ。


大した力も持っていない癖に、セシル様の周りを飛び回り、セシル様の枷となっているあの女が嫌いだった。


セシル様が聖国に居続けるのはあの女が居るからだ。


あの女はセシル様の傍でなくては生きていけない。そしてあの女がセシル様の傍に居られるのは、セシル様の意思が強く反映される聖国だけだ。


だからこそセシル様は聖国に悲しい顔をしながらも留まっていたし。私はセシル様をあの女から、そして聖国から解放して差し上げたかった。


だというのに。


だというのに!!


「国を超えた組織の設立と、聖女セシル様と聖女エリカ様がその組織に参加されると。そして飢えた平民や力はあれどそれを活かす場がない人間に、その場所と機会を与える組織、ですか」


「そうなんです! ニネットが考えてくれたんですよ! 素敵でしょう?」


「えぇ。そうですね。とても素敵です」


私は笑顔の仮面を被りながら、セシル様に言葉を返した。


あぁ、本当に素敵だ。これでセシル様は聖国での苦しみから解放されるだろう。


そして聖国も今までの様な圧政は出来なくなる。


何故ならあの圧政は聖女様が居てこそなのだから。


しかし、気に入らないな。


「ところで、他に参加される方は決まっているのでしょうか?」


私はごく普通に何でもない事を聞く様にセシル様に尋ねた。


セシル様の後ろにいるニネットを睨みつけながら。


「え? 他ですか? 他は、アリスさんと、多分デイビッドさん? それにアリスさんやエリカさんが知り合いに声を掛けてくれると言っていまして、あ、ニネットも参加して下さいますよね?」


「……えぇ。当然です。セシル様」


「ありがとうございます! リリアーヌさん。今お伝えしたのが参加して下さっている方です」


「そうですか」


図々しくも、ニネットはまだセシル様のお傍に居続けるつもりらしい。


しかし、聖国という制限がなくなった以上、もうそんな勝手は許さない。


何せ自分自身で、セシル様から離れても問題ない組織を作ろうとしているのだから。


いい加減その席を寄こせという話である。


「そういう事でしたら、私にもセシル様のお手伝いをさせていただきたいのですが、如何でしょうか?」


「お手伝い、ですか?」


「はい。組織の拡大成長も勿論お手伝いさせていただくのですが、それ以上にセシル様の個人的な活動のお手伝いもしたいのです。駄目でしょうか?」


「それは、構いませんが」


セシル様は少し戸惑った様に後ろを見た。


無表情のまま立っているニネットを。


しかし、ニネットは私の視線を気にしているのか何も口にしない。


「護衛という話でも、私は聖国で誰よりも強い人間であると確信しております。騎士になる事は出来ませんでしたが、それでも、機会を与えていただきたいのです」


そう。私は平民だ。騎士にはなれない。


騎士になれるのは貴族の生まれだけだから。


そして、ニネットも同じだと思っていた。


ニネットがどれだけ努力しようと、どれだけ強くあろうと、平民である彼女が騎士になれる訳が無い。


無かったのに。この女は、セシル様の幼馴染というだけで、私が求め続けた場所を簡単に奪い取ったのだ。


だから、チャンスが平等に来た今こそ、セシル様のお傍に行きたい。


誰もが見捨てた私を、その病を癒して、どんな人でも生きる意味はあるのだと。


私は貴女が生きていてくれて、諦めなくて嬉しいのだと言ってくれたこの人の為に生きたいと、そう思ったのだ。


「私は勿論嬉しいのですが、ニナはどうでしょうか?」


「……聖女様がお決めになった事であれば、私は異存ありません」


「そう、ですか。ではリリアーヌさん。いえ。リリィさんとお呼びしても良いですか?」


「はい!!」


「では、リリィさん。これから一緒に頑張ってゆきましょう!」


「承知いたしました!!」


私は喜びを噛みしめながら、セシル様の言葉に頷いた。


そしてその日の深夜遅く。私はニネットに呼び出され、セシル様のお部屋にお邪魔していた。




既にベッドで寝ているセシル様を起こさない様に気を付けながら、私とニネットは話をする。


「何? こんな夜更けに。主の許可も取らず」


「……別に。リリィだって護衛騎士になったんだから大丈夫だよ」


「そうやって勝手に決めるのがあり得ないって言ってるんだけどな。私は」


「……」


「何? 拗ねてるの? 私もセシル様のお傍に居られるようになったから?」


「別に。そんなんじゃない」


「そうですか。そういう風にしか見えないけどね。ま、でもこれからは気を付けた方が良いよ。役立たずはクビになっちゃうかもしれないからさ」


「リリィ……!」


「何さ。裏切者の癖に。偉そうにしないでよ」


「裏切者って、私は」


「裏切ったじゃない。それとももう忘れちゃったの? 本当に都合の良い頭だね」


「っ」


「泣くんならさ、外でやってくれる? 貴女の汚い涙なんかでセシル様のお部屋を汚さないで」


「……っ!」


「チッ。ニナめ。本当に出て行くのか」


私は部屋を飛び出してゆくニネットの背中を目で追いながら、セシル様が寝ているベッドの横に椅子を持ってきて、そこに座る。


安らかに眠っておられるセシル様を見ると、心が落ち着くようだ。


どうせ泣き虫ニネットは朝まで帰ってこないだろうし、このままセシル様の安らかな顔でも見ながら、朝まで護衛しよう。


なんて、そんな事を考えていたら、不意にセシル様が口を開いて、私に言葉を向けられた。


「リリィさん。少しだけお話をしても良いですか?」


「せ、セシル様。起きていたのですか」


「えぇ。あまり眠るのが得意では無いので」


「……そう、ですか」


セシル様がベッドから起き上がるのを支えてから、服や座り方などを自然な仕草で正してまた座る。


お辛い思いを多くされてきたセシル様だ。その記憶が今もセシル様を苛んでいるのかもしれない。


聖国が己が利益の為にセシル様を向かわせる場所を選んだ結果、起こってしまった悲劇だって数えきれないほどにある。


だというのに、その全てをセシル様は自らが未熟だからと、嘆いていたというのだ。


どれほど、お辛かっただろう。私では想像する事しか出来ない。


「リリィさん。泣いているのですか?」


「いえっ! 私は!」


「辛い時は我慢しないで下さい。私ではお役に立てないかもしれませんが、お友達じゃないですか」


お友達という言葉に、私は涙が溢れて止める事が出来なくなってしまった。


今日まで何も出来ず、ただセシル様が苦しんでいるのを見ている事しか出来なかった私を、それでもお友達と。


言葉も出ない。


感情が溢れて止まらなかった。


「っ!」


「あ、あぁ。申し訳ございません。私、余計な事を言ってしまいましたね」


私は必死に首を横に振る。


すると、セシル様はホッと息を吐いて、私の体を抱き寄せた。


「~~~!!!?」


「辛い時には人の体温を感じるのが良いと聞きます。私では物足りないと思いますが、何か悩みがあれば是非ぶつけて下さいね」


「セ、シル様」


最初に感じた想いが、蘇る。


間に合ったと、良かったと、私の手を握りながら涙でぐしゃぐしゃの笑顔を向けてくれた時の想いが……。


私をこんなにも想ってくれる人が居るのだと知った喜びを。


この人に少しでもこの想いを返したいと決意した日の事を、私は思いだしていた。


そして決意を新たに刻みつける。


セシル様を、その心も体も全て護ってみせると。


胸の奥に秘めた気持ちをセシル様に向ける事は出来ないけど、その想いの分までセシル様を幸せにしてみせると。


私はそう誓う。誰でもない。私自身に。




でもいつか。いつか……と願ってしまう事だけはどうかお許しください。


セシル様に愛を向け、同じ気持ちを返していただける日が来る事を、私はただ……。

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