第13話『今、聖女がどうのって言ったか?』(ジェイド視点)

(ジェイド視点)


かつて獣人と人間は敵対関係にあった。

しかし、光の聖女アメリアによってその関係も緩和され、気が付けば獣人だけでなく、一部の言葉が通じる魔物や精霊なども人間と共存する様になっていた。

だが、それも昔の話だ。

時が進むごとに人間は傲慢になり、他種族に対して差別をするようになっていった。

そして、特に獣人たちの憎しみを強くしたのは、光の聖女アメリアを信仰する光聖教が、アメリアの名を騙りながら、多くの純朴な獣人達を食い物にしていたという事実だ。

コゼットとリゼットの両親も、人間どもによって殺された。

俺の家族も皆、殺された。

だから、俺たちは人間を憎んで……憎んでいた筈なのに、エリカに救われて、ただ治って良かったと笑うアイツの顔を見て、俺が憎んでいた物が何だったのか分からなくなった。

「……ジェイド」

「どうしたコゼット」

「おかしな奴が、来た」

「おかしな奴?」

「そう。見慣れない奴。多分人間」

「人間か。ならここがどういう場所か教えてやらねぇとな。コゼット。リゼットと一緒に隠れてな」

「私も一緒に行く」

「危険だぞ?」

「それでも。一緒に行く。リゼットは」

「わ、わたしも、いく」

「だって。ジェイド」

「ったく。しょうがねぇな。行くぞ。手を離すなよ」

俺は獣になると、イービルサイド領の獣人地区を駆けながら、コゼットが人間を見たという場所へと向かった。

そして、コゼットの言う通り、怪しげな男を見つける。

ソイツは複数人の男と言い争いをしている様だったが、その中で聞き捨てならない単語を聞いた。

「聖女様は、まだ眠っておられる。だから」

「おい」

ほぼ無意識に近かったが、俺は人間の姿になると、男たちの近くに飛び降りて、右手だけ獣の姿に変異させる。

「今、聖女がどうのって言ったか?」

俺の登場に動揺する男たちを見ながら、エリカの近くに居た奴かどうか確認する……が誰からもエリカの匂いはしなかった。

護衛をしているにしては、騎士らしい格好をしていないのも気になる。

「お、お前は、獣人!?」

「なんでここに!?」

「別に珍しいモンでもねぇだろ。ここは獣人地区だぜ? それよりもよぉ。質問に答えてないんだが、聖女がどうのってのはどういう事だ。説明しろ」

「まさか聖国が獣人と通じていたとは」

「オリバー! 聖女様をお連れしろ。ここは我らが」

「あくまで話さねぇってんのなら、潰す」

「ジェイド……! 殺しちゃ駄目だよ。アリスとエリカが悲しむ」

「分かってるよ」

俺は二人を下ろすとそのまま人間どもに向かって走った。

そして、一人また一人と戦闘不能にしてゆく。

一応殺してはいないが、当分動くことは出来ないだろう。

「ば、化け物!」

「化け物じゃなくて人間だよ。ちと、お前らとは違うがな」

なんて、エリカやアリスに言われた言葉を頭の中で繰り返しながら、最後の一人を昏倒させた。

手加減をするというのも中々に面倒だ。

しかし、それにしては大分弱かったような。

「エリカ!」

「おい! コゼット! 一人で行くな! 危ないぞ!」

男たちが守る様にしていた小屋の中へと向かうコゼットに小言を言いながら、俺も急いで小屋へと向かった。

一応小屋の中には寝ている人間が一人しか居ない。だから問題ないとは思うが……どうもこの人間、エリカと匂いが違う様な気がするのだ。

「っ!? あれ? ジェイド」

「どうしたコゼット」

「おねえちゃん?」

先に突撃したコゼットが不思議そうな顔をして、小屋の中を見ながら固まっていた。

俺はその様子に何か奇妙なものを感じながらも、リゼットと共に小屋の中を見て、固まった。

「……だれ? ジェイド」

「いや、分からん」

俺は箱を並べて布をかけただけの、簡易ベッドの上で寝ている女を見ながら首を傾げた。

見た事がない女だ。しかし聖女と呼ばれていたし。聖女なのか?

「……ジェイド。この人も。聖女?」

「らしいが、どうだろうな。俺には分からん。とりあえずアリスの所へ連れて行って」

「せ、聖女様は渡さんぞ」

俺たちが小屋の中に入って首を傾げていると、外で気絶させておいた筈の男が起き上がっていた。

そして、震える体で壁に手を付きながら支えると、俺に向かって敵意を飛ばす。

俺はとりあえずこのまま気絶させるかと考え、右手を獣にし構えた……のだが、後ろから誰かが俺の手を止める様に触っている事に気づいた。

「ジェイド。聖女、起きた」

「あん?」

「ジェイド、さんと仰るのですね? あの、申し訳ないのですが、小さい子も居ますし、ここは争いを止めていただけるとありがたいです。そちらの方も、どうか、お願いいたします」

その女は、まるでアリスの様な物言いで、深く頭を下げた。

元より俺は仕掛けられているからやり返しているだけだ。


小屋の外で聖女に対して地に伏せながら頭を下げている男を見て、とりあえず手を人間のものに戻すのだった。




エリカではない聖女は、起きたばかりで気分が良くないのかふらついていたが、小屋の外で転がっている男共を見て、倒れそうになりながらも、一人一人に癒しの魔術を使ってゆく。


その姿はいつかのエリカを見ている様で、俺は倒れそうになる女を支え、全ての人間を癒し終わってから、コゼットとリゼットが持ってきた椅子に座らせるのだった。


「わざわざ、ありがとう……ございます。お二人も優しいのですね」


「せいじょさま程じゃない」


「うん」


「私は出来る力を持っていますから」


「それならリゼットも、ちからもち」


「コゼットだって! 何でも持てる!」


「ふふ。凄いです」


エリカの様な笑顔を浮かべながらリゼットとコゼットの頭を撫でる姿を見て、聖女って奴はどいつもこいつも変わらないんだなと、何となく思った。


そして、そんな聖女に男たちは深く頭を下げながら叫ぶように謝罪を口にする。


「大変申し訳ございません!! 聖女様!」


「あ、いえ。私もこうして生きていますから。大した事ではありませんよ」


「いや、大した事だろ」


「……?」


「何妙な顔してんだ。薬か何かで寝かされて、誘拐されて、何が大した事無いだ。ガキ共が見つけてなけりゃ、お前、どっかに売られてたかもしれねぇんだぞ」


「でも、ジェイドさんに助けていただけましたし。コゼットちゃんやリゼットちゃんも、ありがとうございます」


「えへへ」


「撫でて。せーじょさま」


「えぇ。こんな事で良ければ」


気の抜けた笑顔を見ていると、本当にエリカとよく似ていると思う。


そして、リゼットやコゼットが獣人であると分かっても嫌がらず、抱き着かれても笑いながら抱き返しているのを見ると、真実善良な人間なんだなと分かった。


だからこそ、こういう奴を利用しようとした奴らが居る事に腹立たしさを覚える訳だが。


「で? お前らはこの世間知らずの聖女様を誘拐してどうしようってんだ? どっかの国に売るつもりか?」


「そ、その様な事を我らが行うはずが無かろう!!」


「我らは聖女様を御守りする為に、この国へ潜入したのだ」


「潜入って事は別の国から来たのか。ヴェルクモント聖女を狙うって事は聖国の手先か?」


「違う!! 我らは現在の腐りきった聖国を打倒し! 聖女様の理想を体現した聖国を復活させる為に集まった同盟だ!」


「……? お、思い出しました! 貴方、やっぱりオリバーさんですよね? あぁ、無事だったんですね。こんなに、やつれて」


「私の事を、覚えていて下さったのですね……! はい! 私も妻も、子供たちも、皆、皆無事に生きております!」


「そう、ですか。良かった。本当に」


聖女は椅子から飛び降りて、男の近くへ駆け寄ったかと思うと、男の言葉を聞いて、地面に座り込み、泣き出してしまった。


そんな聖女に俺も、男たちも動けずにいたが、コゼットとリゼットだけが、聖女に抱き着いて、頭やら背中やらを撫でている。


「私、私のせいで、おかしくなってしまったと思って、結局、聖国から逃がすくらいしか、出来なくて、良かった。良かったよぉ……」


「せーじょさま、よしよし」


聖女はそれから、二人に慰められながら、ずっと泣き続けていたのだった。


まるで迷子になった幼い子供の様に。

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