第11話『とんだ役者だよ。聖女セシル』(アルバート視点)
(アルバート視点)
かなり無理を言うような形になってしまったが、無事茶会へ入る事が出来た事に安堵する。
アリス嬢には後で礼の品を送っておこう。
なんて事を考えながら、私は茶会に集中するべく、アリス嬢から視線を外し前へ向けた。
そしてやはりというべきか、聖国の聖女と視線がぶつかる。
まぁ、当然だろうな。私の訪問は不意打ちに近い。聖国としても想定していた事では無いだろう。
我が国の聖女も呆けた顔をしているが、これはいつもの事だ。特に気にする事もない。
「さて、私がここへ来た用ですが。聖国の聖女殿に是非とも礼を伝えたく、アリス嬢に無理を承知で頼みました。申し訳ない。そして、聖国の聖女殿。悪しき刺客からエリカ嬢を救っていただき感謝しております。この様な蛮行を行った者たちは特定し、必ずや罪を償わせると約束しましょう。貴殿もかの刺客によって傷を負ったという話ですし」
なんて、とりあえずは軽く触れてみようか。
我が国の聖女殿はなるほどなんて頷いているが、この言葉をそのまま受け取っては駄目だぞ。
後でしっかりと教えておこう。
「いえ。感謝されるような事はしておりませんよ。私は学院内を走る怪しげな影を見ただけの話ですから。確かに私が居なければエリカさんは何者かに攫われていたかもしれませんが、私は人として当然の事をしただけです」
ふむ。かの刺客は聖国からの者だと聞いているが、表情にも変化はなし。
初めから切り捨てる予定の者たちという事かな。
しかも問題をさりげなくこちらに押し付けてきたな。
お前が居なくても、刺客はこちらの護衛によって全て排除される予定だったから、特に必要のない行動だったのだが、嫌に恩を着せてくるな。
「人として当然。ふむ。良き言葉ですね。私も心に刻みつけておきましょう。流石は聖女様のお言葉という所でしょうか。ところで聖女殿。何か礼をしたいのですが、どの様なものが良いでしょうか。……あぁ、そうだ。つい先日、学院で面白い発明品が出来ましてね。そちらなどは如何でしょうか。何でも嘘か真か言葉から判断する魔導具だとか。聖女殿が嘘など吐かれる筈はございませんが、全ての者が聖女殿の様に潔白では無いでしょうからね。便利かと」
「あの、大変申し訳ないのですが、嘘を白日の下に晒すというのは良くない事かと私は考えておりますので、その様な発明品は受け取れません。私が持てば、使いたくなる方が多いでしょうから」
「ほう? 聖女殿は嘘を肯定されるのでしょうか? 人を騙す行為ですよ?」
「騙すと言っても、それで不幸になる方が居ないのならば、私はその行為を否定できません。父や母を失ってしまった幼き子供に真実を伝える事が正義なのだとしたら、私は遠くへ行ってしまいしばらく帰ってこない、という嘘を伝える悪で構わない。そう思うのです」
聖女の言葉にアリス嬢とエリカ嬢が何度も頷いていた。
そして、さらに聖女の猛攻は続く。
「それに、おそらくこの世界で最も嘘を吐いているのは私です。私は未熟な聖女ですから、エリカさんの様な素晴らしい聖女様ではありません。この手で救えなかった人達は数多く居ます。ですが、私はそんな彼らに、大丈夫助かりますよ。なんて嘘を吐いて、痛みを取り除き、眠らせる事しか、出来なかったのです。私は罪人です。人を騙し、人の命を奪い、聖女を騙っている。愚かな人間なのです」
「そんな事ありませんよ! セシルさん!!」
「……エリカさん」
「セシルさんに救われた人だって多く居るはずです。私だってセシルさんに救われました。それに、セシルさんのお気持ちを想えば、例え世界中の人がセシルさんの事を悪く言っても、私はセシルさんの事をとても素晴らしい人なのだと訴えます」
「ありがとうございます。私、エリカさんにそう言って貰えて、きっと世界中のどんな人よりも幸せです」
よく回る舌だな。
さながらよく出来た劇を見ている様な気持ちになる。
しかし、分からないのは目的だ。
いくらエリカ嬢やアリス嬢が大きな影響力を持っているとはいえ、国を管理する立場には居ないし、精々が有力貴族に嫁いで、家の中で僅かな権力を手にする程度だろう。
もしくは二人を聖国へ連れて行くのが目的か?
いや、エリカ嬢もアリス嬢も国や友人、家族を捨てて聖国へ行くとは考えにくいし、彼らが止める。
それに、もし二人が聖国へ行ってしまう様な事態になれば、我々も黙ってはいない。
だからこそ、聖女セシルの行動は限りなく無意味な訳だが……待てよ?
違うのか?
そもそも前提が違う可能性がある。
そうだ。もし、だ。
もし真実聖女セシルがエリカ嬢を襲った刺客の事を知らず、ただこのヴェルクモント王国へ逃げてきたのだとすれば、どうだろうか。
私の問いに動揺しない事も頷けるし、エリカ嬢やアリス嬢に近づこうとするのも納得できる。
聖女だ天使だと言われる彼女たちならば、自分の事も助けてくれるのではないかと考えたのではないか。
しかし、聖女セシルは聖国で聖王よりも重要な立ち位置に居る。何を助けて欲しいというのだ……そうか!!
彼女は聖国の闇を知っているのではないか?
刺客は知らなかったのではない。敵なのだ。彼女にとって。
彼女は聖国の民が苦しめられている現状を嘆いていて、隣国のヴェルクモント王国に救いを求めてきたのでは無いか?
だからこそ、エリカ嬢やアリス嬢に近づこうとしている。
エリカ嬢を刺客が狙っていたのも事前に知っていたからこそ、自分が傷ついても助けようとした?
一応、探ってみるか。
「……時に聖国の聖女殿。聖国は如何ですか? 気候は落ち着いているという話ですが」
「聖国ですか? 良い所ですよ。とても住み心地が良いですし。あ、エリカさんやアリスさんも機会があれば、是非来てください。あまり大教会の外を出歩けないので、詳しくはないですが、ご案内させていただきます!」
「それは」
「それは困るな。聖国の聖女」
なるほど。私とした事が危うく騙される所だった。
とんだ役者だよ。聖女セシル。
あくまで正当に、エリカ嬢とアリス嬢を奪い取る目論見も考えてはいた様だな。
「アルバート殿下……?」
「アリス嬢。忘れているかもしれないが、聖国は武装の持ち込みが禁じられている。その様な場所では、何かあった時エリカ嬢を守れないが、それでも構わないのか?」
「っ! そ、それは、そうですね!」
私はアリス嬢の目を覚ます為に一つ言葉をこの場に投げ込んだ。
そして、アリス嬢へ向けられた言葉はそのままエリカ嬢にも向かっていく。
二人はハッとした顔になり、申し訳なさそうに聖国の聖女を見た。
「そ、その様な事はご心配なさらずとも! 聖国は安全な国ですから」
「ほう。数年前に聖国では反乱がおき、聖都の中心部まで攻め込まれたというが、それでも安全な国かね」
「それは……その、確かに、そうですけど」
「観光がしたくば、ヴェルクモント王国内部でも良いだろう。エリカ嬢やアリス嬢が見た事の無い場所も多いだろうしな。王都もゆっくりと見て回った事も無いだろう。ふむ。そうだな。ガーランド卿。三人を案内してやってくれ。ついでに護衛だ。可能だろう? 貴殿なら」
「無論です。どの様な者であろうと、お三方には傷一つ付けませんよ」
「という事だ。楽しみにしていたエリカ嬢、アリス嬢には悪いが、最低限の安全は確保させてくれ。良いな?」
「はい」
「承知いたしました。アルバート殿下」
「……ご配慮、ありがとうございます」
酷く悔しそうに、しかしそれを表情にまでは出さない聖女セシルに私は関心しながらも、とりあえず第一波は防げたかと安堵する。
そして今回の茶会で確信した事項については、リヴィ達にも共有しておくかと茶を飲みながら頷くのだった。
そう。やはり。聖国の聖女、セシルは敵だ。
だが、それでも、一応という可能性はあるからな。言葉は残しておこう。
「あぁ、例えばだが、聖国の聖女殿。君が聖国ではなくヴェルクモント王国に永住を希望するなら、私が最大限協力すると約束しよう」
敵として処理しても良いが、アリス嬢やエリカ嬢にとって聖女セシルは友人の様だからな。いざという時の保険は用意しておくべきだろう。
二人の悲しむ顔は見たくないからな。
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