第7話『どうやら聖女セシルは想定以上に厄介な人物の様ですわ』(ジュリアーナ視点)
(ジュリアーナ視点)
あり得ないという訳では無いが、奇妙な事が起きたのは確かだった。
もはや恒例行事となりつつあった、エリカさんを狙った他国からの刺客、それを排除しようと動いていた私やリーザさんが目撃したのは、影ながらエリカさんの護衛についていた者全員に気づかれる事なく、部屋の中に侵入していた聖国の聖女であった。
どうやって部屋の中へ侵入したのか。その経路すら分からない。
窓が割れていた事も含め、エリカさんには調査の為にアリスさんの部屋へ移動して貰ったのだが、どこをどう調査しても人が侵入できる場所は無かった。
そして当然ながら転移魔術の痕跡も見つからない。
つまり、あり得ないのだ。聖国の聖女がエリカさんの部屋へ侵入する事は。
しかし現実として部屋に突入した時、あの聖女は部屋の中に居た。
何故か侵入者に傷つけられ、エリカさんを護る様な形で……。
と、そこまで考えて私は嫌な可能性に気づいた。
「リーザさん。例の侵入者ですが、どこの国からの刺客かお分かりになりますか?」
「えぇ。おそらく武器の形状から考えても聖国かと」
私はその言葉に思わず舌打ちしそうになってしまった。
上手い演技を思いついたものだと。
そして私たちはまんまとそれにハマり、今……かの聖女はエリカさんと共にある。
エリカさんが信じたという事は、アリスさんもそれほどしないで例の聖女を信じるだろう。
そうなれば、エリカさんへの防壁が一つ完全に破壊されてしまう事になる。
これを修復する為には、聖女自身がエリカさんやアリスさんへの直接行動に出る事くらいだが、わざわざ信頼を得た状態でその様な事をする理由がない。
どこかに呼び出して、自分も被害者の様な顔をして連れ去るだけだ。
「……最悪ですわね」
「ジュリアーナ様?」
「リーザさん。どうやら聖女セシルは想定以上に厄介な人物の様ですわ」
「そう、なのですか? 麻痺毒で容易く眠ってしまうほどに脆かったですが」
「麻痺毒を受けて平気なのはヘイムブルの一族くらいですわよ。普通の一般人はすぐに意識を失いますわ」
「では何が厄介だと」
「リーザさんの苦手な分野。私やリヴィアナ様の得意な分野ですわね」
「それは、厄介ですね」
リーザさんはなるほどと言いながら、思考を投げ捨てた様だった。
まぁリーザさんらしいと言えばらしいですが、その分私が考えなければいけないのが例の聖女とは違った意味で厄介というか、何と言うか。
だが、その分悩んだり迷ったりせず、戦闘力は非常に高いのが悩ましいところだ。
「とりあえず例の聖女については私の方で調べますので、リーザさんは変わらずエリカさんの護衛を」
「はい。お任せを」
私との話を終え、さっさとエリカさんの所へ向かおうとするリーザさんを見ながら、何だか溜息を吐きたくなる様な気持ちになったが、それでも頼りになる人だ。無碍には出来ない。
しかしそんな立ち去っていく背中に、私は少しだけ意地悪な気持ちが沸いて、一つだけ質問をぶつけてみる事にした。
「リーザさん」
「はい。なんでしょうか」
「貴女と例の聖女の護衛。共に聖女を護る騎士の様ですが、いざ争いになった時、貴女は勝てますか?」
「当然です」
「す、凄い自信ですわね」
「その為に、日々修練を続けています。もう二度と、エリカさんに護られる訳にはいきませんから」
「……そう」
意地悪な気持ちで聞いたというのに、何だかこちらが申し訳ない気持ちになってしまった。
そして変わらぬ強い意思を持った背中を見守りつつ、私も己の仕事をこなすべく部屋に戻るのだった。
しかし、問題というのは次から次へと起こるものらしい。
私は自室で仕事をこなす前に、非常に面倒な客の相手をする事になったのである。
「邪魔するわよ」
「っ! リヴィアナ様。この様な所へ来られずとも、ご用事でしたら私が参りましたのに」
「構わないわ」
呼んでもないのに来るな。と嫌味をぶつけたが、リヴィアナ様はそれを無視し、近くのソファーに座って私を呼び寄せた。
ようやくたまった書類を片付けられると思っていたのに、それを邪魔され、苛立ちを感じながらもそれを笑顔で覆い隠し、椅子から立ち上がった。
「あぁ、仕事中だったのね。悪い事をしたわ」
「いえ。問題ありません。リヴィアナ様のご用事の方が優先すべき事ですから」
「そうね。当然だわ」
少しは嫌味を理解してくれないかしら。なんて思いながらもリヴィアナ様にお茶を用意する様にメイド達へ指示し、私も正面に座る。
「大変ね。武官ばかりの家というのは、貴女が領地経営しているんでしょ?」
「えぇ。そうなりますね。ですが私も武器を手に取るより、こちらの方が性に合いますし。父もこれで安心だと日々、軍事訓練を行っておりますわ。民衆の税で肥えた豚も一撃で仕留められる様にと」
「そ、そう……。ちなみに、忘れてるかもしれないけど、私は現王と血が繋がって無いからね?」
「存じておりますわ。ですが、それは内密の事。父も母も存じ上げませんわ」
「教えてよ!! 教えておいてよ!! 存じ上げてよ! 私の命に関わる事なんだよ!?」
「リヴィアナ様」
「な、なによ」
「リヴィアナ様も偉大なる英雄の血を引く王族の一人。いざという時の覚悟は出来ておりますわね」
「ちょっ! ちょっと待って!? もしかして、ジュリアーナさんってば私の事、嫌いなの!?」
「別に嫌ってはいませんわ。幼い頃からの付き合いですし」
「そ、そうだよねー。私たち昔からの友達だもんねー。ふぅー。安心した」
「ですが国の未来を想えば、個人的な感情で行動を定めるのは良くない事でしょう」
「ん?」
「その時が来れば、例え誰が相手であろうと、私は容赦なくこの手を振り下ろすでしょう。そう。人が忙しい時間に事前連絡もなく突然訪問してくる我儘姫殿下が相手でも」
「ねぇ! もしかしなくても怒ってるよね!? すっごく怒ってるよね!?」
「ご安心下さいリヴィアナ様。今年はまだ美味しいご飯が食べられますよ」
「まだって何!? 来年はもう駄目って事!? そんなに怒ってたのなら言ってよ! ねぇ!」
「リヴィアナ様。何かご用事があったのではないですか?」
「ここで話切る!? 不安しか無いんだけど!?」
「お話する気がないという事ですか。分かりました。皆さん。リヴィアナ様がお帰りになります。ご用意を。申し訳ございません。リヴィアナ様。私、領地の軍備増強について進めなくてはいけませんので、これで」
「待って待って待って! 話します! 話しますから! 予定を繰り上げるのは止めて!」
「分かりました。ではお話をどうぞ」
「……うぅ。これじゃどっちが上の立場か分からないよ」
「少なくとも私は対等のつもりですわ。昔、リヴィアナ様がそう望んだ様に」
「それは、ありがとう。なんか私が思ってた対等とは違うけどさ。そんな昔の約束を守ってくれて嬉しいよ」
「当然ですわ。それにそれはローズさんも同じでしょう?」
「まぁ、そうだね。これが仲良しとか友達って関係かは分からないけどさ。私なんかにここまで気を遣ってくれてるんだから、ありがたい話だね」
「それは良かったですわ」
「うん。じゃあ、そろそろ真面目な話をしようか。エリカさんが襲撃された件について」
私は今までの緩い空気から、一気に神経を研ぎ澄ました。
「犯人を捕まえる為に、転移阻害までして追い詰めてたんだけどさ。近くの森で見つかったよ。喋れない状態になってね。しかも黒焦げだったから、個人を特定するのも難しいね」
「黒焦げ。という事は火の魔術でしょうか?」
「いいや。近くの木や葉には焦げた跡だけで、火で燃えた感じじゃ無かった」
「という事は……まさか!」
「察しが良いね。そう、雷を呼んだんだよ。あの刺客を処理した奴は」
「しかし雷を呼べる者など」
「居るじゃない。深い森の奥にさ」
「……エルフ」
「自然魔術だっけ? 精霊ではなく世界に宿る力を使って現象を起こす、エルフ特有の魔術だよね」
「えぇ。ですが、彼らは滅多に森から外には出てこないですし。ましてや人と関わる事など……聞いた事もありませんわ」
「そうだね。でも、他には考えにくいのも確かだ。空は晴れてたし。森の中で雷に人間が当たるなんてのも聞いた事が無いよ。それに被害を受けたのがその襲撃者たちだけなら、余計におかしいね。偶然にしては出来過ぎだ」
「ですが、リーザさんの証言によれば敵は聖国と」
「うん。私も敵は聖国だと思ってるよ」
「……? 何を仰っているのですか? まさか聖国の大司教が自然魔術に目覚めたとでも言うんですか?」
「違う違う。あの魔術は間違いなくエルフの物だよ。だからさ。こう考えるのが自然じゃないかな。エルフが聖国に協力してるってさ。いや、敵対してるって可能性も一応あるか」
「どちらにせよエルフが人間同士の争いに介入するというのは聞いた事もありません。それに数年前聖国で起こった反乱も、聖都の大教会にまで侵入されているにも関わらず、エルフの介入は無かったではありませんか」
「そりゃーそうだよ。だってエルフは人間同士の争いになんて興味ないもん」
「リヴィアナ様。貴女はいったい何を」
「だからさ。人間同士の争いじゃないから、介入してきてるんだよ。ジュリアーナさん。今回の刺客、いったい誰が狙われて、誰が傷ついた?」
「それは、エリカさんが狙われて、聖国の聖女が……っ! まさか。聖女」
「そう。大いなる昔。始まりの聖女と呼ばれる光の聖女アメリアは、一人のエルフと深い交流があったという。友情か愛情か分からないけれど、エルフはアメリアが切っ掛けで森の外に出るくらいには、アメリアの事を想っていたみたいだね。その辺りでエルフに関する話が森から聖国までの国々で点在してるし、多分これは本当にあった事だ。そして、エルフは人よりも遥かに長い時間を生きる種族だ。アメリアと別れる事になって、でも、アメリアが愛した世界を、そしてアメリアと同じ様に、誰かの為に生きる聖女を、護ろうとしてる。とかじゃないかな?」
「……途方もない話ですわね」
「ま。この辺りは歴史から見る私の考察でしか無いけどね。でも、もしこれが真実なら相当に厄介だよ。何せ向こうは正義の為に動いてるんだからさ」
「そうですわね」
「という訳で、国内の結束を高めましょう。という話でした。結構本気でさ。内乱は少し待ってほしい。エリカさんが聖国に奪われたらこの国は終わりだ。例えジュリアーナさんやローズさんが王となってもね」
私はリヴィアナ様の話を聞きながら指を組んで考える。
しかし、考えたところで答えは変わらない。
内部については現状維持。
今大事な事は、外へ目を向ける事。
それ以外には無いだろう。
「そうですわね。分かりました。ではローズさんとも話をしておきます」
「ありがとう! じゃあ、私もやる事があるから、これで!」
「えぇ。また」
私はリヴィアナ様を見送りながら、これからのヴェルクモント王国について考えるのだった。
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