第8話『エリカ様にバブみを感じて、アリスちゃんにオギャる』

目が覚めたらそこは……天国でした。


おそらくはベッドに寝かされているであろう私を心配そうに見下ろす、アリスチャンカワイイヤッターちゃん様と、アリスちゃんに気遣いながらも、やはり私を心配している様子のエリカ様が私の視界にはあった。


これが天国と言わずなんと言おうか。


本物の聖女はちげぇや!!


癒しの魔術ってこういう事だったんですね! 私、感激です!!


しかし、私は二人の事を知らない他国の人間なので、知らないフリをしていくぞ。


ぐへへへ。そして善良な一般人を装うのだ。


私の演技力に世界の命運がかかっている!!


私は上半身を起こしながら、何も知らないフリをしつつ二人の天使に話しかけた。


「……ここは」


「ここはヴェルクモント王立学院の私の部屋です。セシル様」


「私の名前……」


「セシル様は有名な方ですから、よく存じておりますよ」


うおぉおおおおお!! アリスちゃんの部屋って事は! アリスちゃんのいつも寝てるベッドって事?


マジか。


まだ体調が優れないフリしてもう少し堪能しよ。


「っ」


「あ、まだ横になっていた方が良いですよ」


私はエリカ様の柔らかい手に導かれて、横になり、掛け布団を上げて貰って、お腹の辺りをポンポンして貰った。


良い匂いが広がる。


やっぱり天国やん。ここ。


そして、横になっている私の手を握って、アリスちゃんがとても真剣な目で私を見つめた。


え? なに? 告白?


返事は勿論オーケーですけど?


「セシル様」


「……はい。なんでしょうか」


「私、セシル様の事を誤解していました」


「誤解……?」


「私、実はセシル様がとても悪い人なのだと思い込んでいました。人から聞いた話だけを鵜呑みにして」


ギクウッ!!


バ、バレテーラ。


マズい! マズイですよ!!


「でも、違ったんですね。恵梨香お姉様の為に、危険も顧みず! 武器を持った人達にも立ち向かってゆくなんて」


ん?


こ、これは、まさか。


「セシル様は、本当はお優しい聖女様だったのですね」


バレてない!!


バレてないぞー!!


天使ちゃんが私の事、聖女って認めてくれてる。


パチモンだけど、関係ねぇ! アリスちゃんやエリカ様が望むなら、私は聖女にだってなって見せるわ!


でも、ここで調子に乗ったら、やっぱりコイツ、カスじゃね? とバレる可能性もあるので謙虚にいこう。


あくまで謙虚にな。


「……私は、聖女などではありませんよ。そう呼ばれておりますし、呼ばれる以上は聖女として在ろうとは思っておりますが、本物の聖女様には程遠いです」


ジッと、エリカ様を見ながらそれっぽい言葉を並べる。


ついでも涙なんかも浮かべて見たりして。


どうですか? 母性本能にキュンキュン来たりしませんか?


「……セシル様。私は、セシル様に救われた事を心から感謝しておりますし。その姿勢を見習いたいと想います。いくつもの伝承に語られる聖女様。そのお姿が遠いのは分かりますが、今のセシル様に救われた方も多く居るでしょう。その方たちにとって、セシル様は間違いなく本物の聖女様なのだと思いますよ」


ニッコリと。


微笑むエリカ様に私は思わず手を合わせそうになった。


なんやこの女神。


何かゲームで見た時よりもずっと大人びている気がするけど、これはこれで最高や。


やっぱりエリカ様にバブみを感じて、アリスちゃんにオギャる。これが世界の真実って事か。


「……その様なお褒めの言葉を頂けるのは嬉しいです。あの、差し支え無ければ、お二人のお名前を聞かせていただけませんか?」


話も弾んできた所で名前を聞いて、そのままお友達作戦や! と思っていたのだけれど。


何か様子がおかしい。


私の質問に二人とも何だか困ったような顔をしているのだ。


なんだ。何をミスった!?


「あ! 申し訳ございません! そうですよね。私から名乗らないと失礼ですよね。私はセシルと申します。一応聖国で聖女と呼ばれておりますが、セシルと呼んでいただけるとありがたいです」


「あっ、丁寧にありがとうございます。私はエリカです。エリカ・デルリックと申します。私も、デルリック家の娘という事になっていますが、血は繋がってませんので、ただのエリカとお呼びください」


「私はアリス。アリス・シア・イービルサイドと申します。私もアリスと呼んでください。セシルさん」


よし! 挽回!!


まぁそうよね。人に名を聞くならお前から名乗れやって話だもんね。


危ない危ない。


「……ところで、セシルさん」


「なんでしょうか。アリスさん」


「あの、恵梨香お姉様の事、本当にご存じないのですか?」


「え?」


何? なになになになに!?


なんで疑われてるのー!?


怖い怖い怖い。


私、何やったっけ!?


「えと」


「予言されてましたよね?」


「予言、ですか?」


予言!? 予言って何!?


知らないんだけど!!


私が混乱していると、不意に部屋の端からよく聞きなれた声が聞こえてきた。


「聖女様方のお話に入る事をお許しください。セシル様の護衛騎士ニネットです」


「え? あ、はい。どうぞ」


「恐れながら申し上げます。セシル様の予言をセシル様はご存じありません。全ての予言はセシル様がお眠りになっている間に語られたものですから。そして予言をされた事自体、セシル様にはお伝えせず、我らで解決しようとしていた為、セシル様は予言の事を存じ上げていないのです」


「……なるほど、そういう事ですか」


ニナァアア!! 私の寝言を勝手に予言とかって言いふらしたんか!!


やって良い事と悪い事があるだろ!!


てか、私、何言ってたの? 変な事言ってないよね?


「それで、あの予言、ですか」


あの予言って何!?


「ですが、予言では世界の……その、私とセシル様にとっても大事な事ですよね? セシル様にはお伝えしないのですか?」


なになになに!?


私とエリカ様の大事な事ってなに!?


二人で幸せな結婚するとかそういう奴!?


絶対に違うって確信してるけど、二人で手を取ってお祈りしたら世界が平和になるとかそういう予言じゃないですか?


そうですよね? そうあってくれ!!


「私ではその権限がありません。もし予言を防ぐことが出来ずとも、セシル様には最後まで心穏やかに過ごしていただきたいというのが、聖国の総意ですから」


「そうですか。では仕方ないですね」


いや、お前! ふざけんな!!


私一人が私の寝言を知らない状況で、ハブられて! 心穏やかに過ごせるかい!!


今日もどっかで誰かに寝言の事で笑われてるかもしれないと思うと、少しも落ち着かないわ!


お願い。ニナちゃん! 教えて! 今度からなるべくいう事聞くからさ!


「あの、ニナ? 予言の事は」


「申し訳ございません。セシル様。先ほどの事はお忘れください」


「えっ、で、では! あのアリスさん。その予言とはどの様なものなのでしょうか?」


「ごめんなさい。セシルさん。私の口からは言えないです。セシルさんが……あ、いえ。これも忘れて下さい」


私が何なの!!?


私がどーなるの!!


うわああああああ、これが天罰なのか!? 邪な事ばかりを考えていたから!!


いや、まだだ。まだ私には希望がある!


私はすぐ近くで困った顔をしていたエリカ様の手を捕まえ、絶対に逃がさないとばかりに縋りついた。


「エリカさん!」


「あ、ぅ。だ、駄目です……そんな目で、見ないでください」


「恵梨香お姉様! 絶対に話しちゃ駄目ですよ!」


「聖女エリカ様!」


「ご、ごめんなさい!」


私は謝罪しながら顔を逸らしたエリカ様に絶望し、力なく縋っていた手を離した。


そして、やや起こしてた体をまたベッドに落とされ、手も掛け布団の下に入れられる。


「セシル様。お疲れの様ですから。今は休んでください」


「……」


「ではおやすみなさい」


ニナやアリスちゃん。そしてエリカ様の申し訳なさそうな声を聞きながら、私はその日、全員が出て行った一人きりの部屋で、うわ言の様に予言、予言と繰り返すのだった。

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