第5話『べべリア聖国という国をどう思うか』(テオドール視点)
(テオドール視点)
かつて、従妹……いや妹であるリヴィアナに問われた事がある。
『べべリア聖国』という国をどう思っているかと。
リヴィアナの言葉はあくまで地理的に、商業的に、政治的にどう思うかという質問だと私は認識した為、その様に回答した。
しかし、私は今この時に改めて自分に問うていた。
べべリア聖国という国をどう思うか。
まずは理性に問うてみる。
こちらはさほど難しくはない。
リヴィアナに問われた時同様。今すぐにでも滅んだ方が良い国だ。と私は答えよう。
理由はいくつかある。
だがその理由を考える前に、かの国の成り立ちについてもう一度資料を確認しよう。
そもそもべべリア聖国なる国は、人類史の始まりともいえるアルマの奇跡の後に、残された聖剣を護ろうとして始まった光聖教を中心とした宗教国家だ。などと彼らは言っているが、これは大嘘である。
彼らの始まりは、アルマが去った後の世界において、人類を守護する唯一の存在である聖剣を独占しようとした者たちの集まりであり、自分たちの欲にまみれた行動を、宗教というベールで隠しただけの卑怯者であった。
それ以降も自分たちの行動を批判されぬ為に、アルマとの繋がりを訴え、光聖教の素晴らしさとやらを全世界に発信しつづけた。それがべべリア聖国の真実だ。
さて。この上で、かの国が世界において必要ないと私が思う理由についてだが。
まず一番問題となるのが、かの国は自国の領土を通る者に対して高額の金銭を要求しているという事だ。
対外的にはアルマの奇跡に対しての感謝を受け取っているだけというが、この金は殆どが聖国上層部の懐に消えている。
そして、それをよく思わない者たちも当然ながら居る。
しかし彼らが皆、魔物の森への追放処分になってしまったという事を考えると、かの国の上層部にはもはやまともな人間は居ないのだろう。
腐りきっている。
我が国になんとか逃げる事が出来た者の証言や、かの国に紛れ込ませている間者からの報告から考えても、この情報は確かな物だ。
そして二つ目はかの国の身分制度と法律にある。
かの国において最もおぞましい悪法は、身分が下の者に対するあらゆる行動は罪とならない。という物だ。
この法律の存在を知った時、私は自分の耳を疑い、次に報告者の記憶を疑い、最後にかの国の正気を疑った。
確かに我が国にも身分制度はあり、上の者が下の者に違法行為をしてしまう事もある。
しかし、違法行為は違法行為だ。我が国において、これらの行為は罪となり、身分に関係なく正当に裁かれる。
まぁ、裁判において不正がまったくないかと問われれば、その様に監視しているとしか答えられぬのが苦しい部分ではあるが。
だが、それでも限りなく不正は取り除いているはずだ。そしてその為の努力をしている。
しかし、聖国はどうだろうか。
考えるまでもない。そもそもからして法など働いていないのだ。
何があろうと身分が上の者が正しく、下の者が訴えても、それは通らず、逆に破滅させられてしまう。
妻を誘拐され、それを訴えたオリバーという男が、娘たちを聖女見習いという名の人質として教会に奪われ、息子は魔物の森へ追放され、本人も残された娘たちの命を護る為に自らの罪を聖都で告白し、自決した。
というおぞましい事件を聞いた事があるが、あれすら聖国ではごく普通にありふれた事件なのだ。
そして一度でも聖国に住めば、出国する為に多くの金銭が必要である以上、貧しき者たちは逃げられず、聖国上層部の玩具になって死んでいくだけだ。
考えているだけで腹立たしい話だと思う。
だが、そんな聖国であっても良い点はある。
それは聖女という存在への行動だ。
こればかりは本当に謎なのだが、彼らは彼らが聖女と認めた存在に対して決して無法を行わない。
それどころか、あの欲深い聖国の上層部が誰も彼も、聖女の事に関してだけ一切の不正を働かず、己が汚い手段で溜め込んでいた私財すら惜しくないとばかりに使うのだ。
しかも我先に。
そして聖女に対しては、例え聖国の最高権力者である聖王だとしても、触れる事も話す事すら許可はされていない。
もはや狂気すら感じるこの聖女への異常な信仰は、歴代最も偉大であったと聖国内では呼ばれている先代聖王が、まだ幼い少女であった聖国の聖女に、聖女の許可なく触れたというだけで、拷問の末に処刑されたというのだからおぞましい。
いったい何が彼らをそうさせるのか。聖国の人間ではない私には分からないが、もしかしたら聖都の選ばれた聖職者のみが入る事の出来る部屋に何かあるのかもしれない。
が、あの狂気を知った後では知りたいとは思えないな。
しかし……聖女か。
私は窓から、楽しそうに学院の説明を聞いている聖女を見下ろした。
聖国の聖女セシル。
彼女への評価が私は一番難しい。
何故なら彼女という人物が出自も性格も考え方も、その何もかもが謎に包まれているからだ。
そもそも、聖国は彼女をいつ見つけたのか。どうやって保護したのか。
何も分からない。
ある時、聖国が聖女が予言をしたと発表して、彼女の存在を世界が知る事となった。
ただそれだけだ。
いや、それだけなら別に何てことはない。
聖国の行動を考えれば、聖女に対して異常に過保護なかの国が、自国で生まれた聖女を一歩だろうと外に出したくないという気持ちも理解出来る。
しかし、しかしだ。
例の予言もそうだが、聖女セシルのエリカへの執着は常軌を逸しているとしか思えない。
イービルサイド家に居た頃も、デルリック公爵家に居る現在も、聖女セシルは使者を送り、刺客を送り、何度もエリカを連れ去ろうとしているのだ。
聖女が二人いるという状況が許せないのだろうか?
いや、それならば誘拐ではなく暗殺すればよいだけだ。
わざわざ面倒な誘拐なんてする必要は無いだろう。
つまり、彼女はエリカを自分が完全に支配する聖国に連れてゆきたいのだ。
エリカの意思も無視して。
ならばその行為が善か悪かなど考えるまでもない。
ただ一点。私の庇護下よりエリカを奪う行為。それ自体が私への敵対行為だ。
「コンコーン。テオドールお兄様。居ますかー?」
「あぁ。居るよエリカ」
私は窓の下へ向けていた目を閉じ、息を大きく吐いてから入り口の方へと視線を向けた。
なるべく穏やかに見える様な笑顔を心掛ける。
「お仕事中でしたか?」
「いや。ちょうど休んでいたところさ。どうぞ。中に入って。お茶を入れようか」
「あ、でしたら甘くない奴をお願いします」
「了解だ。とっておきの茶葉が手に入ってね。それを飲もうじゃないか」
「ありがとうございます! 実はですね。ちょっとしたお菓子を作ってみまして! お兄様もどうかなと思ってきました!」
「それはありがたいね。いただくとしようか」
「はい!」
エリカの用意した甘さが控え目の焼き菓子を口にしながら、紅茶を飲んで心から安らいだ気持ちになった。
先ほどまでの苛ついた気持ちが嘘のようだ。
そしてこのまま、エリカと二人で過ごす時間が永遠に続けば良いのにと思ってしまう。
「そういえば、お兄様は知っていますか?」
「何をだい?」
「聖女様についてです。聖女セシル様」
最も愛する者から嫌な名前を聞いた。
それだけで眉をひそめたくなるが、そこを何とか抑え、彼女を安心させる笑顔を浮かべ続けた。
「無論知っているよ。聖国の聖女で、今この学院に来ているのだろう?」
「そう! そうなんです! 私、まだご挨拶はしていないのですが、とても素晴らしい人だと伺っております」
「そうか。では機会があれば話をしてみるのも良いかもね」
なんて、心にもない事を言いながら微笑んだ。
本心は今すぐにでも、公爵家に連れ帰って部屋にでも閉じ込めたいと考えているというのに。
我ながら嘘が得意だなと心の中で嗤う。
「はい!」
あぁ、いつか。
いつか君は何処かへ消えてしまうのかもしれない。
あの日、突然私の前に現れた時と同じように。
しかし、それまでは……。
そしてそうならない様に、私はただ抗うだけだ。
と、私はエリカの笑顔を見ながら思うのだった。
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