第63話
ゆっくりとルルーシアの前に立ち、徐に跪くアマデウス。
「そのとおりだ。無知は誰のせいでもない。自分の罪だよ。僕もまず自分のしでかしたことに向き合うべきだよね」
「殿下?」
アマデウスがルルーシアの手を取った。
「ルルーシア、今回の騒動の原因は全て私の無知からだ。そのために君を酷く傷つけてしまった。本当に申し訳なかった。心から反省し、今後二度とこのようなことが無いよう、勉強をしなおすよ。それと謝罪が遅くなったことも申し訳なかった。うやむやにするつもりではなかったけれど、今の君の言葉で目が覚めた。僕はまだ君に甘えていたんだね……ホントにゴメン」
アランがアマデウスの後ろに跪いた。
「妃殿下、私からも心からの謝罪をさせてください。もっと早くに大人に相談すべきでした。後手に回ったのは全て私の慢心によるものです。どのような罰でもお受けいたします」
困ったルルーシアがキリウスの顔を見たが、ニコッと微笑むだけで何も言ってはくれない。
アマデウスが真っ赤な目をして続けた。
「許してほしい。どうか……許してください。ルルが許してくれるなら僕は何でもする。僕が好きなのは、初めて会ったあの日からルルだけだ。ルル以外はいらない……ずっと前にアランに言われたんだ。リセットすることはできないがリトライはできるってね。どうか僕にもう一度だけチャンスを貰えませんか。お願いします」
ルルーシアが口を開いた。
「わかりました。あなたを許します。でも条件がありますわ」
「何でも言ってくれ」
「これからは、もっとたくさんお話ししましょう。殿下の弱いところも情けないところも全部私に見せてください。私もそのようにいたしますので、それを受け入れてください」
「うん、わかった」
「それと、殿下はとても優秀でいらっしゃるのに、少し純粋過ぎるのですわ。もう少しだけ腹黒く生きる術を学んでくださいませ」
「腹黒く? 叔父上のように?」
「まあ! そこはなんとも……」
キリウスが笑いながら言う。
「アランは? 彼も罰して欲しそうだよ?」
「そうですわね……アランももう少し側近として裏の裏を読む程度のダークな部分が必要だと思うわ。殿下と一緒に学びなさい」
マリオが『裏の裏は表じゃないか?』と呟いているが、誰にも聞こえていない。
「ありがとうございます。一生をかけてお仕えいたします」
キリウスが跪くアマデウスを立たせた。
「アマディ、最愛の人に許してもらってよかったね。でも、まだ君の周りには魑魅魍魎がたくさんいるよ。心してかかりなさい」
「はい、叔父上」
「そして、ルルーシア。君は本当に優しい良い子だ。アマディにはもったいないくらいだけれど、君だからこの甥っ子を安心して任せられる。君が何か望むなら、私が必ず叶えよう。これは愚かな甥を許してくれたお礼だと思って覚えていて欲しい」
「ありがとうございます」
「じゃあ和解ってことでいいかな?」
それから数日、宰相の処罰はキリウスの主導で粛々と進んだ。
いきなりの退任は体調不良と発表され、降爵と領地の返還は申告漏れによるものとされた。
そして娘のカリスは辺境の修道院に併設された全寮制の女学園の中等部に転入し、6歳も年下の子達と共に厳しい淑女教育を受けている。
本人はとても楽しそうに通っていると聞き、アリアは少し複雑そうな顔をした。
「やっと落ち着いたね」
宰相不在でいきなり忙しくなった王太子の執務室には、アリアとカレンとアランが詰めている。
夕食もままならないアマデウスに同情したルルーシアが、アランを派遣したのだ。
会うたびに諭すようなことを囁いていた宰相がいなくなったことで危機感を覚えたのか、カレンの怪しい動きは鳴りを潜めている。
「殿下、そろそろ少し休憩しましょう」
「ああそうだね。君たちも疲れただろう?」
メイドに頼んで濃い紅茶にミルクと蜂蜜をたっぷり入れてもらう。
執務机から離れた四人がソファーに座り、ホッと一息ついた。
「そういえば、カレン。君の返済計画なんだけれど、そろそろ出してくれないか? それと借用書も一緒に頼むよ。こういうことはきちんとしないとね」
何気なく言ったアマデウスの一言が、カレンの心にどす黒い霧を巻き起こした。
「はい、わかりました」
「うん、なるべく早く頼むね」
アランとアリアが目配せをしたことにカレンは気付かないまま、じっと空になったカップを見つめていた。
そしてその夜、今日も残業している四人のもとにルルーシアから差し入れが届いた。
「まあ! 久しぶりのメリディアンスイーツだわ!」
アリアが目を輝かせた。
アランが笑いながら言う。
「旨いのは認めるけれど、腹の足しにはなりそうにないな。俺が何か作ってもらうように頼んでこよう。殿下は何が良いですか?」
アマデウスがクッキーを頬張りながら答える。
「僕はカツサンドが食べたいな」
「みんなもそれでいい?」
全員が頷いたのを見てからアランが部屋を出た。
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