くすぐり地獄と嵐の予感

 ラグニスは宣言した次の瞬間、加速ブーストを使って姿を消した。

 俺は急な出来事焦りながらも闘気を纏うと、言われたとおりに魔力を目、鼻、耳に集中させた。


「ッ!」


 すると、微かにラグニスの姿を捉えることができ、その姿を頼りに左に跳んで避けた。

 ――だが。


「よっと!」


「なっ?!」


 ラグニスは避ける方向を分かっていたかのように、俺の目の前に姿を現した。

 そして、再び俺の額に右手を差し出すと、


 ――ビシッ


 強烈なデコピンを放った。


「痛ッ~~!! クソッ」


「甘い甘い」


 俺は額の痛みで一瞬動きを止めた後、再びラグニスの微かに見える動きを頼りに後ろへ跳んで避けたが。

 何故か後ろからラグニスの声が聞こえてきた、そして次の瞬間、


 ――ビシッ!


「痛ダッ!?」


 宙で身動き出来ない俺の後頭部へラグニスのデコピンが放たれた。

 俺はラグニスのデコピンによってふらついたが、何とか持ち直してラグニスの方へ意識を向けた。









「ハァ、ハァ――や、やっと避けれた」


 修行を始めて五時間程経った頃、俺はようやくラグニスのデコピンを避けることに成功した。

 地面に倒れ込み体に纏い続けていた闘気が揺らめきながら消えていくのを感じ、俺は満足感から大きく息を吐いた。


「レウル、大丈夫かい?」


「ふふふ――はい」


 ラグニスは優しく微笑みかけながら、地面に倒れ込んでいる俺に右手を差し出した。

 俺は修行中の真剣な表情とは違うラグニスの笑顔に苦笑しながら、差し出された手を取った。


「レウル、すごいよ! 本気ではないとはいえ、修行を始めたばかりで僕のデコピンを避けるなんて!!」


「いえ、父様そんなことはないです。

 デコピンを避けれたのは一回だけ、その一回も残像しか捉えられない中を直感で避けたものですし……」


 ラグニスは微笑んだまま俺のことを褒めたが、俺はその賛辞を素直に受け取れなかった。

 何故なら、ラグニスに使った加速ブーストという技術はあの男達を裏から操っていた魔族と同じ技術だと聴き、修行の中で何としても攻略しようと意気込み五時間程粘ったが、デコピンを一回避けるのが精一杯だったからだ。

 このままでは魔族に出会ったとき際に抵抗すらできずに殺されるのではないか? と、顔を曇らせていると、


「ていッ」


 ――ギュウッ


 ラグニスに頬を両手で引っ張られた。


「ほうちゃま、ひふぁいへす。

 へほははひてふははい」

(父様、痛いです。

 手を放してください)


「ははは、レウルがなんて言っているのか分かんないな、どうしたんだい?」


「ふぉ、ふぉの~~!!」

(こ、この~~!!)


 俺はラグニスに頬から手を放してくれと頼んだが、肝心のラグニスは俺が何を言っているのか分からないとそのまま頬を引っ張りつづけた。

 ラグニスの態度に苛立ち、足を折りたたんで俺とラグニスの立っている間の狭い隙間に押入れ顎を蹴り上げようとしたが。

 ラグニスが同じように足で迎撃したことで失敗に終わった。


「ぃ、いちゃ~~!! こにょぉぉっっ!!」

(痛ッ~~!! このォォッッ!!)


「ふふふ、危ない危ない――もうそろそろいいかな。

 それじゃあ、手を放すよ」


 俺が足をぶつけ合った際の痛みに声をあげて悶絶していると、ラグニスは俺の頬から手を放した。

 数分後、足の痛みが大分引いてくると、ラグニスへ咎めるような視線を向けた。


「父様、どうして急に頬を引っ張ったのでしょうか、きちんと説明して欲しいのですが!」


「いやぁ~~、レウルが悩み過ぎていたようでしたから、リラックスしてもらおうと思ってやったんだけど。

 レウルの頬が柔らかくてとてもさわり心地だったからついテンションが上がちゃってね……」


 ラグニスはそこまで説明したところで気まずそうに口を閉じた。

 そして、俺が視線を鋭くすると首を傾げながら口を開き、


「ちょっと、やりすぎましたかね?」


「やりすぎですッッ!!」


 と言ったため、俺は怒りの叫び声をあげながら仕返しをするためにラグニスに跳び掛かった。

 だが――


 ――バシッ


「へっ?」


 ラグニスは逆に空中で俺を受け止めると、脇に両手を差し入れてくすぐり始めた。


「く、くはははははっ、と、父様、やめ、ははははははっ」


「う~ん、やめてもいいけど、レウルの声が可愛いからもっとやりたいんだよね! そういうことだからごめんね♪ レウル♪」


 俺は脇をくすぐられて笑いながらラグニスにやめてくれるように頼んだが、ラグニスは止める気が全くないようでくすぐり続けた。

 俺は何とかくすぐりをやめさせるために闘気を纏おうとしたが、くすぐられているせいでイメージに集中することが出来ず失敗した。


「ははははははっ、く、クソ、おらぁッ! ははははははっ」


 それでも、諦めずに足でラグニスの鳩尾みぞおちを蹴り上げたが、闘気で強化していない三歳児の蹴りが鍛えているラグニスに効く筈もなく、ポカポカと情けない音が響くだけだった。


「ははは、そ、そんなぁ、あはははははっははははははっ」


 俺が目の前の現実に絶望していると、ラグニスのくすぐりが更に激しくなった。


「ははははははっ、だれ、ははははははっ、か、はははっ、たす、けて、ははははははっ」


 俺とラグニスの二人しかいない庭で俺は助けを求めたが、その声は自身の笑い声にかき消された。











「ははははははっははははははっ、ハァハァ、と、とう、さま、ハァハァ、もうやめ、ははははははっははははははははっ」


「だ~め、レウルの声が可愛いからまだ止めない! 」


 三十分後、俺はまだラグニスにくすぐられ続けていた。

 そして更に数分経ち、もう笑い声をあげる力もなくなってきた時、ラグニスは漸くくすぐるのをやめてくれた。


「ケホッ、ケホッケホッ、ハァハァ――」


「あははっ、またやりすぎてしまったようだね、大丈夫かい?」


 俺が息を荒げながら身動きすら出来ずにラグニスの腕にぶら下がっていると、ラグニスが心配そうな表情で話し掛けてきた。

 俺は一瞬「あんたのせいだよ!」と、怒鳴ろうと思ったが、そもそも喋ることが出来てないし、何よりも言って再びくすぐられるのは嫌なので口を噤んだ。


「――あぁッ! そう言えばレウルに言い忘れたことがあった」


「ハァハァ――言い忘れたこと、ですか?」


 ラグニスはぶら下がったままだった俺を抱きかかえて、家の方向に歩いていると突然大きなに声をあげた。

 そして、言い忘れたことがあるというラグニスに、俺は笑いすぎで息切れしながらも質問をした。


「そうなんだ、レウルのおじいちゃんである、糞爺おとうさまから連絡があってね。

 今から半年後に王都にいくことになったんだ」


「は、半年後に王都へですか、た、楽しみです」


 俺は今世のおじいさんへ会いに行けると聴いてとても楽しみに思ったが。

 ラグニスの放っている空気が明らかに"おとうさま"と言った時に険悪なものに変わったため、戸惑いながらも再度質問をした。


「えぇ~と、父様。

 お爺様はどんな人なのでしょうか?」


「う~ん、そうだね。

 糞爺おとうさまは僕と同じ剣士でね、王都で重職に就いている方なんだ」


「ははは、そ、それはすごいですね」


 ラグニスはおじいさんのことについて話している間ずっと”笑顔だった”が、目は全く笑っていなかったため逆に恐ろしかった。

 俺は笑顔のラグニスを見ながら、これは一波乱ありそうだと現実逃避気味に空を仰ぎ見るのだった。

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