眠る少女と新たな修行

「ふぁ〜、んん〜」


 何時も起きる時間より遅い夜がほのぼのと明け始める頃、俺は覇気の無い動作で目を擦りながら目を冷ますと欠伸をして変な声を漏らした。

 目を冷ましてから十数秒がたった頃、俺は漸く頭が働くようになり、部屋の窓へ視線を向けた。


「不味い! 完全に寝坊し「もう、たべれにゃいの〜」た?……」


 俺は窓から差し込む微かな光で寝坊したことを悟り、急いで着替えるためにベッドから降りようとしたが。

 俺の側で誰かの寝言が聞こえたため、動きを止めた。

 そして、左半身に誰かが抱きついているのに気が付き、寝言の聞こえる方に視線を向けると、

 

「れうりゅ〜おふろっちぇきもひいいねぇ〜」


 満面の笑みを浮かべながら、俺の左腕に抱き付いている少女エレナがいた。


「………………取り敢えず昨日の記憶を辿るか」


 俺は状況を理解すると、冷静に昨日の記憶を辿っていった。

 そして、風呂から出た後の出来事を思い出して「あっ」と、思わず声を漏らした。


「思い出した――確か二人同時に寝るのは嫌だと断って……それでエレナと寝ることになったんだっけ?」


 俺は風呂場を出た後、俺の部屋に突撃しようとする二人を説得することに成功し、エレナと一緒に眠りに就いたのだった。


「……にしても、心臓に悪いぜ。

 女に対する免疫がないってぇのに、俺はなんで女運が悪いんだよ、ハァッ」


 俺は自身の女運の悪さに溜め息を吐くと、眠っているエレナへ視線を向けたが。

 エレナはすやすやと赤ん坊のよう眠っていた。


「くはっ、ふふふ、可愛い顔で寝てるな、くくくくくく」


 ニヘニヘとだらしない笑みを浮かべながら寝言を呟いているエレナに俺は腹を抱えて笑った。

 

「はぁ、はぁ、相変わらずエレナは面白いな。

 さて、このまま寝ていてもいいのだが……」


 ひとしきり笑った後、俺はこのまま寝ていてもいいかもと一瞬思ったが。

 修行は一日でも怠れば意味がないと考え直し、エレナへ視線を向けた。


「どうしたものか……出来れば気持ちよく寝ているエレナを起こしたくはないのだが。

 ここまで綺麗に関節をめられていてはな」


 エレナは無意識にだろうが、俺の左腕を柔道や合気道で言う関節技を使って押さえ込んでいた。

 おまけに関節技は完全に極まっていて返すのは不可能ということを悟り、俺は溜め息を吐いた。


「仕方ない……エレナを起こすか、無理矢理返して骨折や脱臼をするのも嫌だしな」


 俺はエレナを起こすことを決めると、右腕でエレナの体を揺さぶった。


「エレナ〜もう朝だぞ〜〜起きろ〜〜〜って、うぉっ」


「れうりゅ〜」


 俺がエレナを起こそうと体を揺さぶりながら話し掛けたが、エレナは何故か関節を極めたまま寝返りを打った。


「ィ、イテェェェェェェッッッッッッ!!!!!!」


 俺は寝返りを打ったエレナに関節を逆方向へ曲げられ悲鳴をあげた。

 暫くそのまま叫び続けていたが、エレナが何かを呟いているのが聞こえて耳を傾けた。


「れうりゅ〜だいしゅき〜」


「なっ!」


 俺はエレナの言葉に顔を赤くして固まったが、直ぐに腕の痛みで我に返った。


「だ、だったら腕を放してくれェェェッッッ!!!」


 俺はエレナへ腕を放してくれるよう懇願したが、眠っているエレナへ届くことはなく、部屋中に俺の叫び声が響き渡るのだった。








「はぁっ、はぁっ、ぁ、後もう少しで腕を折られるところだった」


 数分後、俺は何とかエレナの関節技から逃れることに成功し、ベッドから離れた絨毯じゅうたん上に荒い息をしながら座り込んでいた。

 そして、自分自身がさっきまでいたベッドの惨状さんじょうを横目に捉えると顔を青くした。


「咄嗟に枕を生け贄にしなかったら、俺がああなるところだったのか……」


 俺が視線を向けるベッドの上には相も変わらず、すやすやと寝ているエレナと。

 そのエレナによってじ切られた枕の布と中身である何かの羽が散らばっていた。


「……この世界に柔道や合気道は存在しない筈なんだがな。

 何故、エレナは関節技をここまで完璧に扱えるんだ?」


 俺はエレナの関節技について不思議に思って首を傾げたが。

 やぶをつついて蛇を出すこともないと判断すると、クローゼットを開けて旅装束に着替えて急いで部屋を出た。


「ふぅ、何とか五体満足で部屋を出ることが出来たな。

 だけど、これからどうするか……」


 俺が頭を掻きながら外の様子を眺めるともう朝日が昇るのか、辺りを温かな光が包み始めていた。

 かなり遅くなってしまったようだったが、まだ修行するには間に合うと判断した俺は家の庭へ移動して修行を始めた。


 庭ではジョギングと剣術の訓練をした後に闘気の修行と、いつも通りのメニューをこなしていたが。


 ――ガサッ

 

 と、後ろから誰かの足音が聞こえ振り向いた。


「誰だ、って、父様じゃないですか」


 後ろにいたのはラグニスだったため、俺はほっと息を吐いた。


「どうしたんですか? 父様も修行中ですか??」

 

 ラグニスが庭にいる理由が思い当たり、確認のため質問するとラグニスは苦笑しながら答えてくれた。


「レウルの言う通り、さっきまで修行をしていたんだけど。

 レウルの姿を見かけてね、ちょうど伝えたいこともあったからレウルのところに来たんだ」


 ラグニスが庭にいた理由が予想通り修行だと聞いて、模擬戦をもう一度申し込もうかと思ったが。

 伝えることがあるというラグニスに首を傾げた。


「父様、伝えたいこととはなんでしょうか? 俺には覚えがないのですが……」


 俺がそう訊くとラグニスは悪戯っぽく笑った後。


「伝えたいことは”新しい修行を始めるよ”だね」


「本当ですか!」


 俺は首を傾げたままラグニスの話を聞いていたが、“新しい修行"の言葉を聴くとラグニスへと飛び付いた。

 ラグニスは俺のそんな反応に笑みを深めると、俺の頭を撫でた。


「あぁ、本当だよ。

 ただ、少し修行の順番が変わると思うんだけど、良いかなレウル?」


「順番が変わるって、どういことですしょうか? 父様」

 

 俺は新しい修行という言葉に聴いた嬉しさからニヘニヘとだらしない顔をしていたが。

 ラグニスに修行の順番が変わると言われ、再度首を傾げながら質問するとラグニスは一つ一つ丁寧に説明してくれた。


 ラグニスの説明をよると、そろそろ俺に爪竜刃を教えようかと思っていたが。

 あの男達との出来事で俺が怪我をしてしまったため、爪竜刃の後に教える予定だったことを、魔族対策も含めて先に教えることにしたらしい。


「分かりました。

 ですが、新しい修行とは何をするのでしょうか?」


 俺が新しい修行は何をするのかと、心を踊らせながらラグニスの返事を待っていると。

 ラグニスはそんな俺に優しく微笑んだ後。


「これからレウルに教えるのは五感強化ごかんきょうか魔力感知まりょくかんちの2つだよ」


 と、告げるのだった。







 数分後、俺は五感強化と魔力感知を習うため、目隠しをしたラグニスと木刀を持ちながら庭で向かい合っていた。


「さて、レウル。

 君に五感強化と魔力感知について教えてあげよう、好きに打ち込んでいいよ」


「分かりました! 師匠!!」


 目隠しをしているラグニスに好きに打ち込んでもいいと言われ、俺獰猛どうもうな笑みを浮かべた後。

 晴眼の構えをとると目隠しをしているラグニスへ木刀で切り下ろしを放った。


 目隠しをしているラグニスには交わせないだろうと思っていたが。


「なっ!?」


 ラグニスは目隠しをしているにも関わらず、正確に木刀の軌道を読み取り。

 木刀をてのひらで受け止めてしまった。


「クソッ!」


 俺は目の前の光景が信じられず、一瞬固まったが。

 直ぐに我に返えると、木刀で突きを放った。


「嘘だろ……」


 だが、ラグニスは俺の突きを意図も簡単に掴かみ取ってしまった。

 直ぐにラグニスから距離を取ろうとしたが、木刀は力強く掴まれていて動くことが出来なかった。


「だったら!」


 俺は闘気を纏うと、逆に掴まれている木刀を起点にして地面を蹴って空中に跳び上がった。


「おりゃっ!」


 そのまま空中で一回転するとラグニスへ踵落としを放った。

 今度こそ完璧に入ったと、確信したが。


 ――ガシッ


「えっ、うぉっ?!」


 ラグニスは素早く木刀を手放し、俺の足首と襟首えりくびを掴み取ってしまった。


「クソッ! この!」


 俺は暫くそのまま体勢でラグニスへ蹴りなどを放って抵抗を続けたが。

 ラグニスにそれらの攻撃を全て避けられ、もうこれ以上の抵抗は無意味だと悟り「こ、降参です! 師匠!」と、叫び声をあげた。

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