精霊魔法

「ぅ、ううう」


 ミエールに体を洗われてから数分後、エレナは体を洗われた際に俺に体を見られたためか。

 風呂の中で泣きそうな顔になりながら俯いていた。


「………………母様、エレナは女性なのですよ? なのに、男性の俺と一緒に洗うなんて何を考えているんですか」


 俺はそんなエレナの様子を見ながら眉を潜めると、ミエールへと咎めるように視線を向けた。


「……確かに私の配慮が足りませんでした、次からは気を付けますね」


 ミエールは俺に注意されてエレナへ謝ったが。

 俺とエレナへ視線を向けると、微笑ましい光景でも見たかの様に目を細めた後、


「だけど、エレナちゃんは満更でもなかったんじゃないかしら?」


 エレナへそう言って首を傾げた。


「……ぁ、ぇ、あ、う」


 エレナはミエールの言葉を聴くと、顔をだこのように赤くして固まってしまった


「母様!」


「レウル、冗談よ。

 そんなに怒らないで頂戴」


 俺は反省してない様子のミエールを睨み付けたが、ミエールは軽く謝るだけで受け流されてしまった。


「エレナ、大丈夫か? 母様はエレナをからかっただけだから気にするなよ」


「う、うん、分かったけど……」


 俺がミエールに注意するのを諦めてエレナへ謝ると、エレナは俺へ何かを言いたそうに口をもごつかせた後。


「レ、レウルと、ぃ、一緒に体を洗うの、ぃ、嫌じゃないもん……」


 体に巻いてあるタオルを少しはだけさせながら、上目使いで俺にそう言った。

 俺はそんなエレナの姿に見惚みとれて固まった後、


「ぅ、ううう、ウォオオオオオオオオオッッッッッッッッ!!!!!!!!」


 ――バシャンッッ!!


 絶叫しながら顔を思い切り湯船に叩き込んだ。








「プハッ」


  俺は湯船に顔を叩き込んでから暫く経ち、冷静になると顔を湯船からあげた。

 そのままエレナへ謝ろうと視線を向けて、


「レウル、ごめんね。

 私なんかと一緒に体を洗うなんて、嫌だったよね……」


「ちょっ、エレナそんなことないよ。

 うん、…………ちょっと全身でお風呂に浸かりたかっただけだよ。

 あぁ、キモチヨカッタナー」


 落ち込んでいるようでかなり慌てた。

 だが、エレナへ見惚みとれたと正直に言う恥ずかしさから咄嗟とっさに嘘をついたが。

 自分でも呆れるほどにバレバレな嘘だったため、失敗した! と、再度言い訳を考え始めたが。


 ――バシャン!


「えっ?」


 隣からお湯が跳ねた音がして思考が一瞬止まった。

 音のしたほうへ視線を向けるとエレナが湯船に顔を浸けていた。


「プハッ、レウルッ! 本当にとっっっても、気持ちがいいね!!

 レウルは記憶のない私と違って色々なことを知ってるんだね! すごいよ!!」


 エレナは湯船から顔をあげると俺へ、まるで向日葵ひまわりのように微笑みかけた。


「………………うん、そうだね」

(……ごめん、エレナ。

 エレナの笑顔に見惚れたって、正直に言うのが恥ずかしくて嘘をついたんだ。

 ――本当にごめん)


 俺はさっきのバレバレな嘘をエレナが信じたことに気が付くと。

 目の前の純粋な存在を騙したことに言い知れぬ罪悪感を感じて心の中で謝った。

 そうして暫く嘘をついたことを後悔していたが、


「……」


 ――ギュッ


「うぉッ!? ……エレナどうしたんだ。

 急に抱き付いて」


 エレナが無言で俺に抱き付いてきたことで我に返った。


「なっ、ぇ、エレナ。

 た、タオルが……」


「……レウル、悲しそうな顔をしてたから」


 俺はエレナのタオルが更にはだけたのに気が付き、慌ててエレナを放そうとしたが。

 心配そうに俺のことを見つめてくるエレナを放すことができず、溜め息を吐きながら天井を仰ぎ見た。


「エレナ、少し考え事をしていただけだよ。

 心配を掛けてごめんな、もう大丈夫だよ」


「そう! 良かった!」


 俺はエレナへ考え事をしていただけだと伝えると、心配を掛けたことを謝った。

 その後は暫くの間、互いに無言で湯船に浸かっていた。


「…………あぁ、そういえばエレナ」


「な~に?」


 俺は無言の空間に耐えられずに話題を探していたが。

 あることを思い出してエレナに話し掛けると、エレナが抱き付いたまま俺へ視線を向けた。


「いや、たいしたことじゃないんだが。

 ――あの時、エレナの使った魔法は『ヘルファイア』の筈なのに、何で数十の炎が出てきたんだ」


「何でって………………う~ん、攻撃魔法を使っただけだよ??」


 エレナは俺の質問に困った顔をした後考え込んだ末に、俺に“攻撃魔法を使っただけ"と告げた。


「攻撃魔法ってどんな感じに?」


「どんな感じって言われても……普通に攻撃魔法を使っているだけだよ?? 本当に」


 俺は詳しく訊いてみたが、何度訊いてもエレナは攻撃魔法を使っただけと答えるだけだった。

 俺はエレナの攻撃魔法について考え始めた。


「……」

(エレナは男達を『ヘルファイア』を使い数十の巨大な炎で焼き付くした。

 本来、あれほどの数の炎を放つためには卓越した魔力の制御が必要だ。

 何故なら魔力の制御がおざなりでは魔法そのものが暴走し、術者の身が危険に曝されるからだ。

 そして、あんな数の魔法を操るとなると、どうしても魔力の制御に時間を掛け隙だらけになるため、一般的に一度に使う魔法は”単発または数発”だ)


 そこまで考えたところでエレナが男達に自分自身が魔法を放ったのと、それほど変わらない時間で魔法を放っていたことを思い出して更に考え込む。


(だが、エレナは短時間で数十の魔法を使うと言うことをしたにも関わらず、“魔法を使っただけ"と言う。

 ……これはどういうことだ、エレナのしたことは三十分程時間を掛ければ俺でもできる。

 しかし、短時間となると無理、か……分からない、どうやって、それこそ複数人でやりでもしなければ出来るわけが……!? “一人ではなく複数"。

 そうか! 分かったぞ、エレナが使った魔法は……)


 俺は魔法についてある程度の予想が纏まると、確認のためにエレナへ話し掛けた。


「エレナは小さい空を飛ぶ人間の様なものを見たことはあるかな?」


「あるよ、何時私とお話ししてくれるお友達なの♪」


 俺はエレナが予想していた通りのことを告げたため、エレナへ魔法のことを話すために口を開いた。


「……ハァッ、エレナがあの時使った魔法はどうやら攻撃魔法じゃなくて『精霊魔法』のようだね」

 ――精霊魔法。精霊と呼ばれる意思を持っ魔力生命体まりょくせいめいたいに魔力の制御を手伝ってもらうことで、数十の魔法を効率よく同時に操ることの名称。

 ――魔力生命体。人間やモンスターなどの肉体を持つ者とは違い、肉体を持たず魔力と魂だけで生きている生命体の総称。


「精霊魔法? ってどんな魔法??」


 俺はエレナが精霊魔法を知らないようだったので、精霊魔法について詳しく説明した。

 エレナは精霊魔法について聞き、自分の友達が魔法を使う際に助けてくれていたと知って自然に笑顔になった。


「精霊さーん! 何時助けてくれてありがとう!!」


 エレナは視線を風呂の一角へ向けると、笑顔でお礼の言葉を言いながら手を力一杯振った。

 俺はそんなエレナの姿を見ながら、


「……」

(エレナ、笑顔でお礼をするのはいいよ、うん。

 たださ――俺に抱き付きながら手を降ってるせいでタオルが更にはだけてるですがッ!? いや、もはやはだけているというか、大事なところ以外全部見えてるのですが!

 これはあれか、前世でも今世でも女性に対する免疫のない俺への新手の虐めか! くそ、今世は赤ん坊の時のミエールからのサンドイッチハグといい、女運が悪すぎるだろうが!?

 後、ミエールは微笑んでいないなで助けてくれ! 頼むから!)


 内心で大絶叫していた。

 俺は先程まで後悔して落ち込んでいたのが嘘のように、心の中で絶叫しながらエレナを体から放す方法を考え始めた。


「エレナ、ちょっとタオルがはだけてるから一旦離れようよ」


「うん! 分かった」


 俺は考えた末に普通に話し掛けるのが一番だと、出来る限り普通の態度で話し掛けた。

 エレナは俺の言葉を聞くと元気よく返事をして俺の体から離れた。

 だが……


「なっ!?」


「えっ?」


 俺の体から勢いよく離れたせいで辛うじてエレナの大事なところを隠していたタオルは完全にエレナの体を離れ浴槽の底へと沈んでいった。


「「……」」


 俺とエレナは沈んだタオルを見つめた後、視線を交わすと互いに顔を赤く染め上げた。

 暫く、互いに顔を赤くしたまま固まっていたが。


 ――バシャッ


 と、音をあげながらエレナが浴槽の底からタオルを拾い上げ、拾ったタオルを体に巻いて俯いた 。


「……………………あァ~、エレナ。

 そ、そのなんか、ごめん……」


「う、うぅん、私が急に離れたのが悪いんだから、謝ることないよ」


 俺は未だに俯いているエレナが見るに絶えず、思わず謝罪をしたが。

 エレナも俯むきながら俺に謝罪をしたことで、風呂場の空気がなんとも言えないものに変わった。

 そして、そのまま互いに喋ることなく湯船に浸かっていたが、


「エレナちゃん、レウル。

 そろそろ上がりましょうか、このままだと逆上せそうですし」


「「分かりました」」


 ミエールに話し掛けられたのを切っ掛けにその空気から解放され、俺とエレナは風呂場を後にした。

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