感謝と才能の片鱗

「「レウル! お風呂場についたわよ!(ついたよ!)」」


「……はぁっ」


  応接間を出て数分がたった頃、俺達は風呂場の入り口に立っていた。

 俺は目の前ではしゃいでいる自身の母親と友達の姿に思わず溜め息を吐いた。


「レウルと一緒にお風呂♪ お風呂♪」


「……そんなに俺とお風呂に入るのが楽しみなのか?」


 俺はエレナの楽しそうな声が聞こえ、思わず話しかけた。


「うんっ! レウルと一緒にお風呂入るのすぅぅぅっっっごく楽しみ!

 ……それに助けてもらって、友達にもなって。私、とっても嬉しかったから、お礼にレウルの体を洗うの!」


「……そうか」


 俺は正直二人と風呂に入ることに乗り気ではなかったが。

 笑顔で可愛らしいことを言ってくるエレナのために、少しだけ付き合ってあげようと思って頭を撫でた。


「これ〜、気持ちよくて好き〜」


 エレナは俺が頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。


「二人とも仲良しなのはいいけれど、お風呂入らないの?」


「そうですね、早くお風呂に入りましょうか」


 俺はそのまま頭を撫でていたがミエールに話し掛けられて風呂のことを思い出し、二人と風呂場へと向かった。





 数分後、腰にタオルを巻いた俺の目の前には巨大な温泉広がっていた。

 温泉はレジャー施設のプール程の大きさがあり、天井へは大量の湯気が立ち上っていた。


「レウル! ものすごく広いね!」


 体にタオルを巻いたエレナが嬉しそうに石造りの床の上でジャンプしている。


「……あぁ、そうだな」


 俺はジャンプするたびにエレナのタオルが舞い上がるのを見ないようにしながら返事をした。


「――エレナちゃんはお風呂が好きだったのかしらね」


 広い風呂を見ながら喜んでいるエレナの姿を見ながら、悲しそうな表情でミエールは言葉を溢した。


「――さぁ、どうでしょうね。

 ……ひょっとしたら、記憶喪失になる前もあんな感じで風呂場で、はしゃいでたんじゃないですか」


 俺は楽しそうにしているエレナが記憶喪失だと言うことに、遣り切れない思いを抱きながらミエールへ話し掛けた。


「ねぇねぇレウル! 此方に来て!」


 俺とミエールがエレナのことでもの悲しげな表情をしていると、エレナが駆け寄って俺の腕を引っ張ってきた。


「ふふふ、分かった」


 そんなエレナの姿に先程まで考えていたことを頭から打ち払うと、俺はエレナに手を引かれて風呂場の中央へと歩いた。

 

「うん? ――エレナ、一体此処で何をするんだ?」


 俺が何をするのかと不思議に思っていると、エレナは俺から数歩離れると俺の方を向いて姿勢を正した。


「わ、私を助けてくれて、ありがとうございました!」


「えっ」


 俺はエレナが何を言うのかと首を傾げていたが、想定外の言葉が帰ってきたため驚きで固まった。

 エレナは俺が固まっているのも気にせず、俺の近くにくるとそのまま抱きついた。


「うわっ! エレナ、あぶな――ッ!」


「ほ、他にも、ぐずっ、記憶のない私をお家に連れてきてくれたり、ぐずっ、私を助けようとしたことに後悔ないって、ぐずっ、言ってくれて、ぐずっ、嬉しがっだ」


 俺は急に抱きついてきたエレナに注意をしようとしたが。

 顔を俺の胸板に擦り付けて泣いているのを必死に隠しながら、俺に感謝の言葉を言い続けるエレナに口を閉じるとエレナを抱き締めた。


「――エレナありがとう、こんなに嬉しいのは初めてだよ。

 誰かに感謝されるのってこんなに嬉しいんだな」


 俺はエレナの感謝の言葉に改めて目の前の少女を守れたことを実感すると頬に一筋の涙が流れた。

 

「エレナは、俺の大事な友達だ、例え何があっても守ってやる! 約束だ!」


  俺はその涙を腕で拭うと、エレナの目を見ながら大声で叫んだ。


「うん、私も約束、レウルのことは何があっても守るね!

 ――そ、それじゃあ、体を洗いに行こう!」


 エレナは俺と同じように俺の目を見ながら約束した後。

 恥ずかしそうに顔を赤くすると、俺の手を引いて風呂へと歩き出した。


「え、エレナちょっと待って、おけを持っていかないと」


「オケ? オケってな〜に??」


 俺は体を洗うための桶を持たずに直接温泉へと向かっていくエレナを慌てて呼び止めたが。

 再び想定外の言葉が帰ってきて混乱した。


「え、エレナ。

 桶って言うのは、彼処に沢山積んである木で出来た器のことだよ」


「これ?? どうやって使うの?」


 俺は混乱しながらも何とかエレナへ桶の説明をしたが、使い方も分からないようで更に混乱した。

 だが、一つだけおかしいことに気が付いてエレナへ話し掛けた。


「うん? そう言えばあの宿屋でエレナはちゃんと食器を使えていたよな?

  気にも止めなかったけど、どうして使えたんだ? 」


「あれはね〜レウルの見て真似っこしたの〜、すごいでしょ!」


 すると、また想定外の言葉が帰ってきた。

 エレナが言うには真似っこ、つまり俺の使い方を真似しただけの様だが、少なくとも俺が見ていた限りではエレナの食器の使い方は完璧・・だった。

 つまり、エレナは俺の仕草を完璧にトレースしたことになる。


(ッ!)


 はっきり言って驚いた、記憶喪失であるエレナは少なくとも食器の使い方は素人同然の筈だ。

 それを”真似・・るだけ”であそこまで“完璧に食器を使える"ことに、とてつもない才能の片鱗を感じて圧倒された。


 そのまま、暫く立ち尽くしていたが、


「レウル〜、早く体洗ってお風呂入ろうよ〜」


「ぁ、あぁ、そうだな。それじゃあ行こうか」


 エレナに話し掛けられたことで我に帰った。

 そして、再びエレナに手を引かれて歩き出そうと足を上げたが、


「うわっ!」「きゃっ!」


「エレナちゃんも、レウルちゃんも、私を忘れるなんて酷いわ〜」


 後ろからミエールに抱き抱えられた。

 そのまま二人ともミエールに体を洗われ、風呂に入った。

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