報告と凶報

 レウル達が風呂場へと移動した数分後。

 先程まで和気藹々わきあいあいとしていた応接間は静寂に包まれていた。

 使い終わった食器を片付け終えると、アイシャはラグニスへ視線を向けた。


「ラグニス様、食器の片付けが終わりました」


「アイシャ、ご苦労様」


 ラグニスは食器の片付けを終えたアイシャへと労いの言葉を掛ける。

 アイシャはラグニスの言葉に軽く会釈した後、真剣な表情になるとラグニスへ話し掛けた。


「 それでは、”報告の続き”をしましょう」


「――あぁ、分かった」


 アイシャはラグニスが真剣な表情で返事すると。

 先程報告した時と同じように、ラグニスへと報告を始めた。


 一つ違うのは話している内容だった。

 レウルやミエールのいた時には、魔族の配下である魔物が各地で暴れたり、各地で増え続ける魔族の目撃情報などが主だったが。

 今のアイシャの報告には漆黒しっこくやみという、魔族達を裏で支援している組織のものが大半を閉めていた。

 ――漆黒の闇。黒の神が倒され間もない頃。剣神によって廃教となった教会の中でも、亜人を嫌悪していた強硬派と教会に雇われていた生き物を殺すことしか考えていない狂った傭兵団が魔族と手を組んだ組織。


「――と、いうことです」


「クソッ」


 ――ガンッ


 アイシャからトライデント王国の一部の重鎮や大商会などの大規模の組織が漆黒の闇に与している可能性があると、報告を受けたラグニスは思わず悪態を付いて机を蹴った。

  ――トライデント王国。黒の神と闘った剣士の一人である、ガイオス・トリントスが黒の神が倒された後。

 建国した王国。王国にはガイオスの武器であるトライデントの名前がつけられた。


「予想よりも漆黒の闇の影響力はこの国の深くまで及んでいるらしい。

 ――魔族が活発に動いていることも考慮すると、かなり警戒したほうが良いかもしれないな……アイシャ、その旨を他のメイド達にも伝えておいてくれ」


「分かりました。

 ラグニス様、これで報告は以上です」


 ラグニスは考えを纏めると、アイシャに指示を伝え報告は終わった。


「……報告を終えた所で一つ、訊いても宜しいでしょうか?」


  報告が終わるとアイシャは、ラグニスへ質問する許可を求めた。


「あぁ、いいぞ」


 ラグニスはアイシャへ質問する許可を出すと、アイシャの言葉に耳を傾けた。


「はい、それではラグニス様に訊きたいのですが――」


 アイシャは一瞬だけ、獲物・・捕捉・・した捕食者・・・のような目をするとラグニスへ訊ねた。


「レウル様が魔物擬・・・と闘っていた際に、ラグニス様は”既にレウル様を助けられた”筈なのに何故? ラグニス様は傍観・・していたのでしょうか?」


「なっ?!」


 ラグニスはアイシャから言われたことに驚愕して固まった。







 ラグニスは固まってから数瞬経って冷静になるとアイシャへ話し掛けた。


「……あの時、お前は漆黒の闇について調べていた筈だが、どうしてその事を知っているんだ?」


「ふふふ……」


 アイシャはラグニスの言葉聞くと薄く笑い、


「――簡単なことです。

 ミエール様とレウル様には私が不在の際には、”何時も”召還獣をつけているからですよ」


 そう言い放った。


「何!?」


 ラグニスはその言葉を聞いて再び驚いたが、今回は固まることなくアイシャへ話し掛けた。


「……はぁっ、アイシャがあの時のレウルの状況を知っていた理由は分かった。

 それから僕が傍観していた理由だけど、単純にレウルが成長する機会だと思ったからだよ」


「――その結果、レウル様は怪我をしたのですよね」


 アイシャはラグニスの言い分を切り捨てて睨み付けた。


「もし、レウル様が死んでしまったらどうするつもりだったのですか?

  まったく、召還獣からレウル様が怪我をしたと聴いた時は肝を冷やしましたよ」


 アイシャは汗を拭うように手を動かした後、呆れて溜め息をついた。


「――そうだな、はっきり言ってあれは僕も肝を冷やしたよ。

 だが、レウルは“エレナを庇わなければ"怪我をすることは無かったと思うよ」


 ラグニスはアイシャの言葉を聴いて同意した後、追憶しながらラグニスはそう吐き捨てた。


「……剣士が、それも剣帝がそんなことを言って良いんですか?」


「あぁ、良いんだ。

 僕にとってはレウルとミエールが一番だからね、二人以外はどうなろうが知らないよ」


 アイシャはラグニスの言葉を咎めたが、ラグニスは意に介さずに己の意思を伝えた。


「……ふふふ、そうですか」


 アイシャはラグニスの言葉を聞くと薄く笑い、


「――私もです」


 ラグニスへと同意を返した。


「ふ〜ん、アイシャこそ仮にもクラインハルト家のメイド長がそんなことを言っても良いのかい?」


「これは失礼しました。

 一介のメイドのごとと思って見逃してくれると嬉しいです」


 ラグニスは先程までの異種返しをしようとアイシャへ話し掛けたが。

 綺麗に流されたため、不満そうな表情になって溜め息を吐いた。


「何が”一介のメイドの戯れ言”だ。

 アイシャ、”今は”をつけ忘れてるぞ」


「……」


 アイシャはラグニスの言葉を聴くと、視線を鋭くして睨み付けた。


「分かってる、レウルには言わないよ」


 アイシャはラグニスからそう言われると視線を和らげ、睨むのを止めた。


「さてと、これで話は本当に終わりだ。

 アイシャはメイド達に魔族のことを伝えた後、仕事に戻ってくれ」


「はい、失礼しました」


 アイシャはラグニスの指示を聴き、片付けた食器を持つと応接間の扉の取っ手に手を掛けた。


「あ、そうでした」


 アイシャは取っ手に手を掛けた状態であることを思い出すと、ラグニスへ視線を向けた。


「ラグニス様、トライデント王国へ行った際にフラッド様から伝言を預かりました」


「…………えっ」


 ラグニスは予想外のことを言われたのか、アイシャの言葉を聞くと再び固まった。


「”いい加減、孫の顔を見せにこい”とのことです。

 これで報告は以上です、失礼しました」


 アイシャは言うことを言うと応接間から出て、メイド達へ魔族のことを伝えるために廊下を歩き出した。






 一方、応接間では言われた言葉を漸く理解したラグニスが、


「な、何ィィィィィッッッッッ!!!!!!!!!」


 大絶叫していた。

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