曇った心

「イタッ」


 薄暗いまどろみの中、体からの痛みで目を覚ました。

 先程までのことを思い出し、周りを見回してみるとラグニスとエレナがいた。


「レウル! 大丈夫、何処か痛いところはないかい」


 そう言って体中を手で触るラグニスの姿に思わず苦笑していると、エレナが俺の目の前に移動した。


「ぁ、あの、その……」


 エレナは俺に何かを言おうとしたが、口籠くちごもると俯いて黙ってしまった。


「エレナ、どうしたんだ?」


 そんなエレナの様子を不思議に思い話し掛けると、地面へと一滴の涙が零れ落ちた。


「えっ」


 俺はその涙を見つめて混乱し、思わず声をあげた。


「わたじの、ぐずっ、ぜいで、ぐずっ、じんじゃっがどおもっだ」


  急いで視線をエレナへ戻すと、エレナは嗚咽を漏らしながら青い目から止めどなく涙を流していた。


「え、エレナ。

 ほ、ほら俺は全然平気だよ〜〜」


 俺は慌ててエレナを泣き止ませようと体を動かして平気だと伝えたが、全く泣き止まず困り果てた。


「エレナ!」


「ひゃうっ! ……え?」


 俺は泣き止まない様子のエレナの歩み寄り、優しく抱き締めた。


「エレナ、俺は生きてここにいるぞ!

 しっかりと俺の鼓動が聞こえるだろう!」


「ッ! ぅ、うん、ぐずっ、ぶじでよがっだ」


 俺が話し掛けるとエレナは嗚咽を漏らしながらもしっかりと返事をし、俺の体を強く抱き返した。

 

「心配してくれてありがとう、エレナ」


「ぅ、う、あ……ああああああああああ……」


 俺はエレナへと感謝の言葉を言うと、まだ涙が止まらないエレナの頭を優しく撫でた。









 どれだけ時間が経ったのか。

 エレナは泣き疲れて俺の腕の中で眠りについていた。


「ふぅ、寝たか」


 俺は安堵からそう呟くと脱力し、痛む背中を無意識の内に撫でた。


「レウル、そろそろ僕も喋ってもいいかい?」

 

 そうしてエレナのことが何とかなって安堵していると、エレナと俺が話している間。

 目で任せてくれるように訴えた俺にエレナのことを任せ、ずっと黙っていてくれたラグニスが話し掛けてきた。


「はい、父様。

 エレナも眠りにつきましたし大丈夫です。

 俺にエレナを任せて頂きありがとうございました」


 俺はラグニスにお礼を言うと頭を下げた。


「嫌、役に立てたのらよかったよ。

 それにその子にはレウルの怪我を治して貰った恩もあるしね」


「え、本当ですか父様!」


 俺はエレナが背中の傷を治したと聞き、思わず大きな声でラグニスに話し掛けた。


「本当だよ。

 僕は治療魔法が苦手でね、レウルの怪我を治すことが出来ずかなり慌てたんだ。

 幸い、その子が治療魔法を使えたから大事にはならなかったけどね」


 俺はラグニスの話を聞き、もしエレナが治療魔法を使えなかったらと考えて顔を青くした。


「まぁ、そんなことよりもレウル――君は何か僕に訊きたいことがあるんじゃないかい」


「えっ――どうしてそう思うんですか?」


 俺が最悪の事態を想像していると、ラグニスはそんな俺の考えを切り捨てた。

 そして、その後に言われた確信を付いた問に思わず疑問の声を漏らした。


「ふふ、レウル。

 それは殆ど認めているようなものだよ」


「あっ」


 俺はラグニスに認めているようなものだと指摘され、思わず声が漏れてしまい。完全にラグニスの言葉を肯定してしまった。


「質問に答えるとね、レウルの雰囲気が微妙に暗かったから鎌をかけたんだけだよ」


「……ハァ」


 俺はラグニスが言った内容に溜め息をついた。

 そして、ラグニスの方に観念して視線を向けると口を開いた。


「父様、俺は本気で人を殺すつもりであの男達と闘いました。

 エレナを守れたので、その事に後悔はありません」


「……」


「男達との闘い終わった後は無性に悲しかった。

 だけど――俺には何故悲しいのか分からないんです」


 俺はラグニスへ正直に思っていたことを打ち明けた。

 ラグニスは俺の話を聞き少し考えた後、俺の頭を優しく撫でた。


「と、父様!?」


  俺は急に頭を撫でられ驚きの声をあげたが。


「レウル、それはとても大事なことなんだよ。

 どんなに悪いやつや憎いやつでも生きている命なんだ、だからその気持ちは大事にしなさい」


「……ぁ」


 その後、ラグニスに言われた言葉が心に響き目から一筋の涙を流した。


「はい! これからもこの気持ちを大事にしたいと思います!」


 俺はその涙を服の袖で拭いながら、ラグニスへと頭を下げ感謝の言葉を告げた。


「……そうか。

 さてと、もう夕方だし家に帰るのは諦めて宿を取るか」


 ラグニスは俺の言葉を聞き、悲しさと嬉しさが混ざった表情をした後。

 エレナを抱き抱えると宿を取るために歩き出した。


「?」


 その表情が目に入った時、何故かラグニスが小さい子供に見えた。

 何でそんな風に見えたのかと不思議に思ったが、遠ざかっていくラグニスの背が目に入ると慌てて追い掛けた。









 俺はラグニスがとった宿の個室の窓から、空が茜色に染まっていくを見ながら俺はあの男達について考えていた。


(……一体あの男達は何だったんだ、姿から明らかにエルフなどの亜人ではなかったが)


 俺はあの男達の姿を思い浮かべがら、アイシャから教えられた亜人達についての知識を思い起こした。

 ――亜人。人間以外の人形の生物の総称、エルフ族や獣族などが亜人に当たる。

 黒の神が剣士によって討たれる以前に存在した教会という組織が主導となり、人間は亜人を迫害していたが。

 黒の神を打倒した初代剣神により亜人を迫害していた教会は解散し、事実上の廃教となった。

 そして、初代剣神によって亜人達は人としての権利を獲得した。


 だが、少なくとも知る限りではあの男達のような亜人はいなかった。


(どういうことだ。

 少なくとも実在している以上、必ず文献か何かに残っている筈だ。

 流石に全く正体が分からないなんてありえな――まてよ)


 俺はあることに気が付き、考えを変えてみた。


(もしかすると残っていないのではなく、文献・・えてさなかったのか。

 あの男達のような存在が露見すると何か不都合なことがあるから)


「……まぁ、これ以上考えても意味はないか」


 そこまで考えた所で思考を打ち切ると背伸びをした。


「はぁ、それにしても父様無理しすぎでしょう……」


 ソファーに座りながら俺は溜め息を吐き、部屋を見回した。

 部屋には二つ大きなベッドとソファーがあり、此方の世界だと殆どないお風呂が完備されているとても大きな部屋、そこに俺とエレナの二人で泊まっていた。

 勿論犯人はラグニスだ。一応、もっと安い宿にしようと説得したのだが。


『もし警備の殆どない安い宿に泊まって、僕が寝ている間に襲われたらどうするんだい!』


 と、自信の浪費癖わるくせと男達に背を斬られた負い目から言いくるめられてしまった。

 ちなみにラグニスは元々俺達の部屋の隣に泊まっいたお客と賄賂おはなしをして移動してもらい、俺達の隣の部屋に泊まっていた。


「ふぁ……さてと、もうそろそろ寝るか」


 俺は軽く欠伸をすると、エレナが寝ているベッドとは別のベッドへ移動して横になって眠った。

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