魔に魅入られし者達

「ハァ、ハァ、ちくしょう。

 まだ追ってきやがる」


 カフェから逃げ出して二時間たった頃、俺は建物の屋根を走っていた。

 そして、後ろから追ってくる男達の姿に悪態を付きながら走る速度を上げた。


「……」


 後方へ一瞬だけ視線を向けると、男達は機械の様に息一つ乱れることなく俺を追い掛けてきていた。


「クソッタレ! このままじゃ追い付かれる、どうにかしないと」


 俺はこのままだと男達に追い付かれることを悟って考えを巡らせた。

 俺達は相手を振り切れず男達もまた俺達に追い付けないという早さな為、本来・・ならどちらも相手に手を出せないのだが。

 男達は息切れをする様子すらなく、此方は息切れに加え闘気が後一時間しか持たないため、この追いかけっこが一時間以上続いた場合はジ・エンドだ。


「なっ!」


 俺がこの状況を何とかしようと考えながら、次の屋根へ移ろうと屋根を蹴った時だった。

 目の前から更に男達が現れた。


「チッ」


 男達の中の一人が剣を構えて飛び上がると、空中で身動きが取れない俺へ切り下ろしを放った。


「ガハッ!」


 エレナを咄嗟に斬撃から庇ったため、俺は切り下ろしを避けられず人の居ない歩道へと落ちた。


「ゲホッ、ゲホッ」


 幸い、闘気のお陰で致命傷を避けれたため、何とか意識を保っていた。

 だが、どうやら内臓を幾つかやられたようで、俺は口から血を吐いた。

おまけに平衡感覚へいこうかんかくがおかしくなり、体を起こすことが出来なかった。


「……」


「だ、大丈……」


「ッ! 敵を焼き尽くす地獄の業火よ、出でよ『ヘルファイア』」


 倒れた俺を起こそうと手を差し出したエレナへ、男達が近付いて来ているのが視線に入った瞬間。

 俺は男達へ向けて無我夢中むがむちゅうで攻撃魔法を放った。

 発動した巨大な炎は男達を飲み込んだ。


「なっ」


 だが、攻撃魔法を放って闘気が解けた俺へと、男達の一人が剣で切り掛かってきた。


「クソガァァァッッッ!!!」


 俺は雄叫おたけびをあげ、腰に付けていたサーベルを火事場の馬鹿力で抜くと男の首を貫いた。


「ハァ、ハァ」


 男の首からサーベルを抜いた後、やっと平衡感覚が戻って立ち上がった。

 そして、先程攻撃魔法を放った男達の方を一瞥すると、男達のフードが焼けていく所だった。


「……」


 男達は自分の体と衣服が燃えているというのに声一つ漏らさなかった。

 流石に気味悪く感じて男達を観察していると、男達のフードが完全に燃え尽きた。


「なっ!」


 俺はあらわになった男達の姿に声をあげて固まった。

 そこには口からは牙を、頭には捻れた角を生やし、手には長い爪があり、体をどす黒く変色させた男達が立っていた。


 ――ズリッ


 俺が男達の姿に固まっていると、足元から何かが這いずってくる音がした。


「ッ!」


 その時、まるで底無し沼に引き摺りこまれるような嫌な予感が過った。

 俺は直感に従って地面を蹴り、エレナの方へと移動した。

 その数舜後、俺はその判断が正しかったことを悟った。


 俺が先程まで立っていた場所では、サーベルで喉を貫いた筈の男が石でできた歩道を歯でっていた。

 俺はラグニスの闘気ならば兎も角、俺の未熟な闘気で防げないことを理解して頬がひきつった。


「……クソッ、まさかこいつら全員こんなことが出来るのか。

 ――冗談だろう」


 俺が思わず弱音を吐くのと同時に男達は再度襲い掛かってきた。


「チッ、こうなっ……」


「敵を焼き尽くす地獄の業火よ、出でよ!『ヘルファイア』」



 俺が玉砕覚悟で闘おうとした時だった、後ろに居るエレナが先程俺の使った攻撃魔法を発動した。

 ただ、数が違ったエレナの周りに数十の巨大な炎が広がると、俺達を取り囲んでいた男達を焼き尽くした。


「うぉっ、凄いな! エレ――! 危ねぇぇぇッッッ!!!」


 俺は凄い魔法を発動したエレナへお礼の言葉を言おうと振り向いたが。

 エレナへと男達の一人が斬り掛かろうしているのが目に入り、エレナを庇うように抱き締めた。


「ガァッ!!」


 男の剣は、闘気を纏っていた俺の背中を容易く切り裂いた。

 俺はあまりの激痛に声を荒らげると、再度の斬撃に備え体へと力を入れた。


「……?」


 しかし、何時まで経っても斬撃が来なかったため、後ろへと振り向いた。

 すると、そこには、


「……!」


 剣を振り上げた姿勢で固まっている男と。


「ねぇ、僕の大事・・宝物・・になにしてるのかな? ゴミ虫君」

 

 男の剣を”人差し指と親指”でんで止めているラグニスがいた。


「ふんっ」


 ――バキッ


 ラグニスは鼻を鳴らすと男の剣をへし折った。


「ハァッ!」


 そして、左手に持ったサーベルを振るった。

 すると、男が六等分に斬れた。


「ハァァァッッッ!!!」


俺は自分がてこずっていた男の呆気なさ過ぎるやられ様に驚いて大声をあげた。

 慌ててその”男”を斬ったラグニスへ視線を向けると、サーベルを鞘に納めながら此方の方に歩いてきていた。


「うぅっ」


 俺はその姿にラグニスと逸れた時のことを思い出し、気まずく立っていると。


「あぁ、無事でよかった。

 背中の傷は大丈夫かい! 今すぐ治療の出来る場所に行くからね!!」


 ラグニスはかなり慌てた様子で俺の肩を掴みながら早口で捲し立てた。


「と、父様。

 俺の治療よりもエレナを……」


 俺はそんなラグニスの様子に安心し、エレナのことを頼もうとしたが。


「あれっ?」


 体の疲労が溜っていたためか、緊張の糸が切れると同時に倒れた。


「なっ、レウル大丈夫か! レウルゥゥッッ!!」


 慌てた様子で叫んでいるラグニスを見ながら俺は意識を完全に失った。









 ――ラグニスがレウルに向けて叫んでいた時、ファスタリトから少し離れた山の上からその様子を確認・・している3つの影があった。


「あちゃー、どうやら失敗したようだよ。

 あの死体達・・・つまんないの」


 そのうちの一人である女がラグニス達の足元に転がっている肉片へ視線を向けると、不満そうに唇を尖らせた。


「まぁ、仕方ないでしょう。

 所詮は影の一族を捉える片手間に造った物ですからね。

 また造ればいいじゃないですか」


「それもそうね! 次の死体おもちゃはもっと面白いといいのだけど……」


 もう一人の男が不満そうにしている女の機嫌を直そうとまた同じものを造ればいいと話し掛けた。

 女も男の話を聞いて機嫌を直すと、次の死体おもちゃのことを思い浮かべ愉悦ゆえつに浸った笑みを浮かべた。


「おい、貴様ら死体おもちゃにご執心なのは結構だが。

 仕事はきちんして貰わないと困るぞ!」


 話し続けている男女に痺れを切らしたのか、最後の一人の男が叫ぶと女はわずらわしそうに耳を塞いだ。


「わかってるよ〜ーだ。

 お仕事はお仕事、遊びは遊び、きちんと分けてるわよ!」


「それならばいい。

 ……だが、今回影の一族の者を逃がしたのは失敗だったな」


 男は女の返事を聞くと直ぐに視線をエレナへと向けた。


「とは言え、現段階であれ程の実力者の相手をするわけにはいきません。

 ここは後回しにするべきでしょう」


「まあいい、幸い記憶・・えた。

 我らのことが露見することはあるまい」


 男はエレナの方を向き残念そうな顔をしていたが、もう一人の男からの意見を聞いて視線を反らした。


「だが、あの歳で死体達あいつらの相手をできるとはな。

 ……面白い、成長したあの者と何時か闘いたいものだ」


 男は遥か遠くのレウルを一瞥し、愉快そうに笑うと二人を連れて次の目的地へと歩きだした。

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