どうやら! 転生したようです

 目覚めると、思うように動けなかった。

 なんとか手先や足を動かすことはできる。

 だが、少し動かしただけで体中を脱力感が襲ってきたため、早々に身体を動かすのは諦めた。


 先ほどまでの出来事を思い出し、よく助かったなと他人事のように思うと、周囲の状況を確認しようとして、視界がぼやているのに気が付いて溜め息を吐いた。


(あれだけ派手に撃たれたんだから、後遺症の一つや二つ残るか)


 そう割り切ると、今度は耳を使い周囲の様子を探ると、頭上から女性の声が聞こえてきた。

 その声の方に意識を集中し、何を言っているのか聴くと――俺は固まった。


 何故かと言うと……


「レウル〜、お母さんですよ〜〜」


 と、明らかに自身の名前ではない名前で呼ばれたのと、その女性の声が日本ではなく外国の物だったからだ。


「オ、」

(どっ、)


 その事に気が付いた俺は、


「オギャアァァァーーーー」

(何処だ!? ここハァァァーーーー)


 力の限り叫んだ――。










 暫くそうして訳も分からず混乱していると、誰かに抱き抱えられた。


「あらあらレウル、急に泣いてどうしたの?」


 女性に優しい声でそう話かけられ、多少落ち着くと、女性の方に視線を向ける。

 女性が近付いたからか、ぼやけるが何とか顔を確認する事ができた。

 女性は黒髪黒目で、日本人に比べると目の辺りが多少堀の深く、肌の色も白いので日本人ではないと一目で分かった。


「ッ?!」


 女性の顔が綺麗で思わず見惚れてしまい、慌てて視線を反らした。


「まぁっ! かわいいっ!!♪」


 女性は俺のその姿を見つめると、そう言いながら俺を抱き締めた。

 ただ、俺は今女性に抱き抱えられている訳でして、抱き締められると女性の胸が当たるわけで、女性に対する経験がほとんどない俺がそんなことをされてどうなるのかと言うと……


(ちょっ、タンマ。えっと今どうなってるんだ!! とっ、取り敢えず素数を数えるんだ。

 2、4、6、8って、これは偶数だっ!!)


 こうなります。

 そして俺はそのまま、女性の腕の中で気絶した。










「……レウ…ル、レウル大丈夫っ!?」


 起きると、女性が心配そうな顔をして俺のことを見ていた。

 女性の話を聞くと、どうやら丸一日俺は熱を出して寝込んでいたらしい。えっマジで。


「もうっ! レウルったら具合が悪いんだったら、泣かなきゃダメじゃない。

 ……心配したんですからね」


 女性の泣きそうな顔が目に入り、申し訳なくなった俺は謝ろうと話し掛けようとして、「あぅ」と言う赤ちゃん言葉が自分の口からしたため驚いた。

 その時、視界に入ってきた自身の手を見つめたまま固まった。


(ハァッ!?)


 その手はとても小さくすべすべしていて、まるで赤ん坊のようではなく赤ん坊の手そのものだった。


「ミエール様、その様なお顔ではレウル様が驚いてしまいますよ。

 こちらでお顔をお拭きください」


 俺が手を見つめたまま固まっていると、女性の声以外の声が聞こえ、慌ててその方向へ視線を向けた。

 そこにはメイド服を着た青い髪と黄緑色の目の女性が、ハンカチの様なものを持って立っていた。


「あら、アイシャありがとう」


「いぇ、大したことではありません」


 この二人の女性の名前はどうやら、ミエールとアイシャと言うらしい。

 女性だとややこしいし、俺もミエールとアイシャと呼ぼう。


 俺はアイシャとミエールを見ながら、少し情報を整理する事にして記憶を振り返った。


 まず、朝から剣道大会に参加して優勝した。

 そのあとは大会からの帰り道であの男と遭遇し、女の子を庇って拳銃で撃たれ気が付いたらこの場所にいた。

 最初は何処かの病院かと思ったが、俺の名前がレウルになっていること、声や手が赤ん坊のようになっていることからして違うらしい。

 そして今更気が付いたが、女性達が喋っているのは日本語ではなかった。何故か意味が分かったため気が付くのが遅れた。


 ここまで考えて漸く気が付いたが、外国の何処かに俺は生まれ変わったらしい。

 何故、記憶を持ったまま生まれ変わったのかは分からないが、取り敢えずは疲れたので睡魔に従って俺は意識を手放した。








 生まれ変わったと気が付いてから三ヶ月がたった。


 食っちゃ寝てをこの三ヶ月繰り返してきただけだったが、俺の体は順調に成長していた。

 少し前までぼやけていた視界も今では普通に見えるし、体も多少は動かせるようなった。

 だが、食事のたびに顔を真っ赤にしながらミエールの母乳を吸うのは我ながら情けなかった。


 そして現在も食事中なのだが、


「レウル♪ かわいい!!」


 ……どうやらミエールはそんな俺の姿がかわいいらしく、毎回俺の顔を胸と胸でサンドイッチしてきて、そのたびに俺は気絶していた。


「あぅ……」

(もう無理……)


 今日も俺の気絶と同時に食事の時間は終わった。










 俺は起きると、また気絶したのかと溜め息を吐いた。


「あぅ……」

(ハァ、毎回毎回男として情けないな……)


 俺が先ほどまでのことを思いだし落ち込んでいると、足音が聞こえてきた。

 その方向へ視線を向けるとアイシャが立っていた。


「レウル様起きたんですね、よかったです。

 あれ? レウル様ひょっとして落ち込んでいますか??」


 アイシャは俺が落ち込んでいることを当てると、俺を抱き抱えた。


「レウル様、先ほどのことでしたら気にしなくても大丈夫ですよ。

 ミエール様も反省しておりましたし」


「あぅ…」

(はぁ…)


 アイシャは俺がまだ落ち込んでいることに気が付いたのだろう。

 困った顔をしたあとこちらを見てくださいと言うと、何故か呪文を唱え始めた。


「闇夜を照らす炎よ、出でよ『ファイヤ』」


「ッ!?」


 アイシャが呪文を唱え終わると、火の玉が現れた。

 驚く俺を他所にアイシャが説明を始めた。


「レウル様、これは魔法と言って呪文を唱えることによってこのように火の玉を出したり出来るのですよ。

 あと魔法はこんなことも出来ますよ!」


 アイシャがそう言ったかと思うと、ただ浮いていただけだった火の玉が急に動きだし、俺とアイシャの周囲を飛び回ったあと飛び上がり花火のように弾けて消えた。


「どうですか? これが魔法です。

 少しは元気に出ましたか?」


 唖然としていると、アイシャがそう言って小悪魔のように薄く笑いながら俺の頭を撫でてきた。

 その言葉で俺は先ほどまで落ち込んでいたのに、今は魔法に対する興味しかない自身に気が付いて現金なものだなと苦笑した。


「あ、やっと笑った、レウル様はかわいいのですから、笑っている方がいいですよ。

 まぁ、そのせいで毎回ミエール様に抱き付かれるんですけどね 」


「あぅっ!」

(言うなっ!)


「あら、すいません余計なことを言ってしまいましたね。

 申し訳ございません」


「あぅ……」

(うっ……)


 態態わざわざ元気付けてもらっておいて、この態度はないとばつが悪くて視線を反らすして気が付いた。


 あれっ? 魔法があるってことはここ……地球じゃなくね??










 生まれ変わったと気が付いてから半年がたった。

 

 首がすわり、ハイハイ移動が可能になった。

 漸く寝たきりのお爺さんのような状況から解放された俺は色々な所を見回り、情報を集めていった。

 その結果、俺が生まれ変わったのは外国何かではなく『異世界』だと判断した。


(この状況を確か、学校の友達が言っていたな『異世界転生』だっけ? まさか俺が体験するとはな)


 他にも調べたお陰で家族について、色々と分かった。


 俺のフルネームはレウル・クラインハルトと言うこと。

 そしてどうやらミエールの子供らしい。まぁ……何となく分かってはいたが。


 いつも俺の面倒を見てくれているミエール、本名ミエール・クラインハルトは俺の母親だ。

 ミエールは国の魔法使いとして働いている。

 今の時期は五年に一度あるモンスター達の大移動する年らしく、ミエールも魔法使いとして本来はそのモンスター達と戦う人達の治療をするためにその戦いに参加しないといけないのだが、俺の出産と時期が重なったために戦いへの参加は免除されたらしい。


 俺の所に来てミエールと一緒に俺の世話をしてくれるアイシャは何でも、この家にいるメイド達の上司に当たるメイド長だと言うことが分かり驚いた。

 見ていた感じは自分にも他人にも厳しい感じの人だ。

 だが、そんな厳しさも自分の仕事に誇りを持っているためで、以前俺にこの家に仕えられていることが何よりも嬉しいと俺に言った時の顔はとても綺麗だった。

 ――その顔を見てしまった俺は顔を真っ赤にしたが。


 そして俺が一度も見かけたことのない、父親の名前はラグニス・クラインハルト。

 剣帝という称号を持っている剣士で、現在はモンスター達との戦いに明け暮れているそうだ。


 そして今現在俺は……







「あぅぅぅ」


 泣いていた。


 何故なら、今日から遂に母乳を卒業し、離乳食になったからだ。


「レウル様、そんなにミエール様に気絶させられるのが怖かったんですか」


 若干アイシャが引いているのに傷付いたが、そのまま離乳食を全て食べた。


「あぃッ!」


 そのまま御代わりをアイシャに要求した。


「レウル様これっ、普通の物より多く入れたんですけど……」


 アイシャは俺が御代わりを要求すると、更に引きながらも御代わりしてくれた。

 そしてミエールは「そんなに怖かったのね」と、机に顔を伏せながら落ち込んでいた。


 御代わりを泣きながら食べる俺に、その姿を見ながら落ち込んでいるミエール、俺たちの様子を見ながら引くアイシャというカオスな食卓に一人のメイドが飛び込んで来た。

 一体何だと思いながらそのメイドを見ていると、メイドはこの状況に一瞬唖然としたあと俺達へ……


「ラグニス様がお帰りになりました!」


 と、言った。

 どうやら俺のお父さんが帰ってきたらしい。


「あぅっ?」


 えっ、マジで。

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