剣と魔法のファンタジーな世界で世界一の剣士目指します。

黒猫大和

プロローグ

 空が茜色に染まり、周りの建物から漏れだした光が町を照らす中、山野武流やまのたけるは自転車で赤信号待ちをしながら腕時計を一瞥する。


「随分遅くなったな、やっぱり自転車で帰ろうとしたのは失敗だったかな?」


 車のエンジン音が聞こえる中、自転車の後部座席にある、大量の景品を一瞥する。

 もう夜も近いからか、片付け始めた露店を見ながら溜め息を吐いた。


「この癖は何とかならないかな?」


 この台詞が武流の心中を明確に表しているだろう。何しろその癖と言うのは、浪費癖ろうひくせで有り体に言えば買い物依存症だからだ。

 この大量の景品も露店で必要以上に買いすぎたものだ。


「あーあ、何時もだったら買いすぎないように気を付られるんだけどな~」


 武流は今日、某県で開催されている高校最後の剣道大会で初優勝をして浮かれていたため、胴着と防具を父親に預け、そのまま自転車で帰ったのたが。

 自身の浪費癖を失念したのが、運の尽きだった。

 全国大会の会場と言うこともあり、辺りには少なくない露店が出ている。

 そんな所に 浪費癖を持った人間が行けば どうなるのか? その疑問の答えは手元にある軽い財布が全て物語っていた。


「はぁ~、この大量の景品見られたら詰むなー」


 このままでは父さん達に怒られると、どうにかお説教から逃れる方法を考えているうちに、信号が赤から青に変わったのに気が付き、再び自転車を走らせた。


「あ~、ヤバイな流石に家族全員に襲われたらアウトだな。

 最終的には元値より多少儲けてるんだから、見逃してくれてもいいと思うんだがな」


 武流は後部座席にある景品を見ながらそう呟いた。

 実はこれが浪費癖が無くならない理由である。

 武流は何時もこうして露店やゲームセンターなどで散財するのだが、クレーンゲームで高値の商品を捕ったり、 露店のくじ引きで当たりを複数出したりなど。

 最終的には散財した額と手に入った商品で相殺するため、本格的に治そうと思わないのである。

  ――その為に家族全員にしばかれるのはご愛嬌だろう。


「はぁ、しょうがない大人しく怒られるとするか……」


 家に帰った後、怒られる覚悟を決めて落ち込んだときだった。

 人の流れが変わったことに気が付いた。

 そして何の気なしにその流れの上流を見つめると、ナイフを持った男がサラリーマンにナイフを突き立てていた。


 ――その瞬間、辺り一面に悲鳴が広がった。










「……っ!?」


 周りを見回せば先ほどまで、普通に歩いていた人々が逃げ惑っていた。

 急な出来事で、思考停止寸前だった武流は、混乱した頭で訳も分からず立ちすくんでいた。


「――お母さん……お母さんっ!?」


 だが、聞こえてきた女の子の声で我に帰った。

 そして女の子にも、凶刃を向けようとしている男の元へと、竹刀袋から竹刀を取り出しながら走り出した。


(これ以上、殺させてたまるかっ!?)


 口元に笑みを浮かべながら、人を次々と殺していく男を睨み付けると、さらに走るスピードを上げた――。








「お母さん、起きてよ……これから里香りかとお買い物しにいくんでしょ、お母さん起きてよっ!!」


 ――母親の身体の下で必死に話し掛け続けている女の子に、ナイフを持った男が近付いていく。

 その姿は不気味なほどに自然体だった。ナイフからは血が滴り落ち、服には大量の血が着いているのにその佇まいはまるで散歩でもしているかのような雰囲気を感じさせる。

 唯一、この男が異常であることを示すのは、口元に浮かんだ歪んだ笑みだけだろう。


 ――男は女の子の泣き声を聞くたびに笑みを更に深くしていく、そして女の子の頭上で振り上げられたナイフは女の子に……


 ――キンッ!!


 当たらなかった。

 ナイフを弾き飛ばされ、男が驚き振り返ったの同時に……


 ――バキッ!!


 俺の蹴りが男の顔面に突き刺さった。


「大丈夫か……っ!?」


 男がぶっ飛ぶのを横目に捉えながら女の子に話し掛けたが、女の子の母親の身体が目に入ると余りの光景に怒りで奥歯を噛み締めた。

 ――母親の身体には数ヶ所の刺し傷や切り傷があり、女の子を庇うように抱き締めたまま事切れていた。


「……」


 俺はゆっくりと男の方へと視線を向けた。

 男は俺が怒っているのに気が付いたのだろう、不思議そうな顔をした後、母親に視線を向けて理由を悟ると更に笑みを深くした。


「この、クズヤロォォォォッッッッ!!!!」


 その笑みが目に入った俺はそう叫ぶと、男に向かって突っ込んだ。











 男は懐からもう一本ナイフを取りだすと、右手で俺に向かって横に切り払った。

 俺は竹刀でナイフを弾き飛ばすと、その勢いのまま男の顔面に肘打ちを食らわした。


「ッ!?」


 鼻の骨が折れ、顔に手がいった男を背負い投げせおいなげの要領でコンクリートへと投げ飛ばした。


「ゲホッ」


 顔からコンクリートに突っ込み男は口から血を吐いた、そのまま固め技で完全に動きを封じようと腕の間接をめた。


「っ、なっ!!」


 だが、男は肩の骨を外しながらも無理矢理関節技から脱出した。


「ハハハ、ハハハハっ!」


 そして、男は急に笑いだすとそのまま立ち上がり、懐から何かを取り出した。


「……ッ!?」


 俺は男が不気味に笑いながら取り出したのが拳銃だと気が付き、横に避けようとしたが。

 後ろから何かが立ち上った音がしたため、慌てて振り返った。


「クッ、」


 そこにはいつの間にか、母親の下から這い出ていた女の子が立っていた。


「クソッタレェェッッッ!!!」


 そして銃身が俺ではなく、女の子に向けられていることに気が付くと同時に走り出した。

 俺が女の子を覆うように抱き締めたのと、男が引き金を引いたのはほぼ同時だった。


 ――ドンッ!!、ドンッ!!、ドンッ!!、ドンッ!!、ドンッ!!


「ガッ!!!」


 俺は男に喉、右腕、左腕、右の太もも、胸の五ヶ所を撃たれ前のめりに倒れた――。











「容疑者確保ッ!?」


 そんな声が聞こえてきた、どうやら警察官が漸く駆け付けてきたようだ。


「君、大丈……」


 俺の方には医療関係の人が来たようだが。

 俺は五ヶ所も撃たれたんだ助からないだろう。


「ゲホッ、ゲホッ」


 俺は口から血を吐き、身体中から血を垂れ流しながらも、なんとか男の方に視線を向けた。

 男は駆け付けた警察官に取り押さえられていた。必死にもがいているようだったが、片腕しか使えない上に警察官三人がかりで組伏せられては逃れられないようだった。


「ぁ、」


 安堵から思わず声が漏れた。

 その時、身体が冷えてきたのに気が付き。あぁ……俺は死ぬのかと、他人事のように思った。

 鉛のように重くなってきた体を無理矢理動かして周囲に視線を向けると、霞んできた視界に必死に俺を治療する人達と、俺に泣きながら話しかけ続ける女の子が映る。


「よ、か、っ、た……」


 俺は女の子の顔を見ながら穴の空いた喉でそう途切れ途切れに呟いた。

 そして段々と意識が薄れていくのを感じながら俺は――この世を去った。

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