第17話 手柄

 親父は、家の奥から布に包まれた杖のようなものを取り出した。


「開けてみろ」


 と言う親父からそれを受け取り、布を丁寧に取り払う。


「親父、これって——」


 布に包まれていたそれは、刀の鞘だった。


 刀身に合わせた反りのある鞘は黒塗りで艶があり、余計な装飾はない。ただ、そのかわりに下緒の先に同じく黒い宝石のようなものがついていた。


 花より実をとった寡黙な外見から、その質の高さを感じとれた。


「前に剣を拾ったって言ってただろ? あれ、鞘がなかっただろ。あった方が勝手がいいと思ってな」


 そう言って、親父は照れくさそうに頭をかいた。


「……高かっただろ」


 この世界、剣はメジャーな武器じゃない。刀ともなればなおさら知名度が低い。


 それは、刀匠や鞘師の数も少ないということでもある。いい鞘を作らせようと思えば、下手をすれば上等な魔法杖を買うより金がかかる。


 おまけに、この鞘は魔石つきだ。


 おそらく、下緒の先の魔石は形状変化の魔術を刻んだものだ。


 俺は刀を親父に貸した覚えはないから、おそらくそれしか刀に合う鞘を作る手段がなかったのだろう。


 相当な無理をしたことは容易に想像できた。


 おそるおそる親父の顔を見ると、親父は意外にも胸を張ってみせた。


「いや、ちょっと値は張ったが、魔石をこっちで調達することで格安で作ってもらったんだ。……本当はお前の誕生日に合わせてたんだが、珍しい依頼だったらしくて思ったより時間がかかっちまった。遅くなって悪かったな」

「そんなことない。ありがとう、親父。すごく嬉しいよ」

「改めて、10歳の誕生日おめでとう」

「おめでとう、シナバー」

「おめでとう兄様」

「……ありがとう、みんな」


 家族のあたたかさを目の当たりにして、つい照れてしまう。


 この光景で、村に止まったことは間違いじゃなかったと思える。

 

「それと、おめでとうついでにもう一つ伝えたいことがあるんだが」


 親父がこれまたもったいつけて言う。


「何?」

「実はだな、……お前のギルド登録をしようと思ってな」

「ほんとか!?」


 ギルド——冒険者ギルドのことだ。


 俺は前々から冒険者に憧れていた。異世界を冒険するという生き方そのものにも憧れがあるが、それ以外にも、自分の出生の秘密や日本との繋がりを調べるためにも、冒険者という職業はうってつけだ。


 一応、他にも魔法研究を専門にする魔法学者にも興味があるのだが、そっちの方はほとんど貴族の趣味で、実体がない。


 おまけに、魔法の使えない俺にとっては絶望的な進路だ。


 俺が冒険者になりたいと思っていることは、以前から家族に話していた。


 もちろん、いくつかの秘密を伏せた上でだが。


 その志は今も変わっていない。


 いつかは、と思っていた冒険者。その第一歩となる機会がこんなにも早く訪れるとは。


「マジか。いいのか親父!」

「わかったから落ち着け。登録と言っても、あくまで仮登録だぞ」

「仮登録?」

「ああ。実は冒険者やハンターを志望する子供を対象に10の頃からギルドに仮登録できるんだ。まあ、あくまで仮でモンスター退治なんかの本格的な依頼は本登録後にしか受けられないがな」

「じゃあ、本登録はいつになったらできるんだ? なるべく早く、飛び級とかないのか?」

「本登録は、確か成人後だったから……15じゃないか? 飛び級に関してはたまに街で話を聞くが、よっぽどのことじゃないと厳しいぞ」

「よっぽどのこと……」


 親父の言葉に何か引っ掛かりを覚える。


 何だったか、大事な事があった気がするんだが——。


 まあ、思い出せないうちはしょうがない。


「じゃあ、手柄を立てればいいんだな? 親父、明日から——」

「駄目だ」

「……まだ何も言ってないじゃないか」

「言ってるようなもんだ。言っとくが、森の奥に行くことは許可しないぞ。最近は数年前よりずっとモンスターが活動的だからな」

「じゃあ——」

「狩りにも連れていかない。遊びじゃないんだ。そう簡単に連れて行くわけにいくか。とりあえず、今度仮登録に街のギルドまで連れてってやるから、それで満足しろ」

「……わかったよ」


 ……手柄。手柄か。


 功績さえあれば、冒険者の本登録ができるってのに。


 ——何か引っかかるんだよな。


***


 明くる日。


 俺は森のいつもの稽古場で、昨日親父からもらった鞘を試していた。


「おおっ。すごいなこれ」


 刀と鞘は明らかに大きさが合っていなかった。具体的に言えば、鞘の方が大きすぎたのだが、刀を鞘に収めると、鞘が刀身に噛みつくかのように吸い付いて形を変えた。


「魔法ってのはつくづく便利だな」


 俺が言うと、それを隣で見ていたイーダが訂正してきた。


「なるほど、この魔石で形を変えてるのね。シナバー、こういうのは魔法じゃなくて魔術って言うのよ」

「どう違うんだよ」

「魔術は魔石を加工して特定の術式を刻むの。だから、適性のないシナバーでも使えるのよ」

「へえ。詳しいな」

「えっへん。このあいだ、魔法教会の人がうちに来たから、いくつか本をねだったの。今度、領主様もくるって言ってたわ」

「すごい待遇だな」


 街の教会に呼ばれるんじゃなくて、あっちから来るのか。さすがは七光。


 ちなみに、魔法協会ではなく、魔法教会だ。


 理由は発足にかつての勇者の伝説が絡んでるからとかだった気がするが、正直あまり興味がなかったので覚えていない。


 どこの世界にも御伽話ってあるんだな、とかそんな感覚だ。


 だが、今は勇者みたいな手柄が欲しい。


 伝説とまでは言わないが、冒険者ギルドが納得するような、そんな——


「そういえば教会の人、この辺で山賊狩り? を領主さまが探してるって」

「————それだ」

「ん?」

「思い出したああああああああああ!!!!!!」

「うわっ、どうしたの?! 急に大声出さないでよ!」


 


 

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