第16話 ケチュア村

 書斎に、扉をノックする音が響く。


「入れ」


 言うと、扉から男が一人入ってくる。


「例の件のご報告にあがりました」


 部屋に入ってきた男は頭を下げて言う。


 それを聞いて、机の端をトントンと軽く叩くと、部屋全体が薄く光った。


 防音の結界だ。これが発動している間は、外に音は漏れないし、魔法的な手段でも盗み聞きは難しい。


 自分の屋敷であるにも関わらず結界を張るという行為が、この件の重要性を物語っていた。


「聞こうか」

「はっ。記録にあった実験体W-42の居所がわかりました」

「連中が強奪した賢者の石を使ったという、【パラケルスス・チャイルド】か。口ぶりからして、生きているのか」

「はい。領内のケチュア村にて、魔法適性のない状態ではありますが」

「ケチュア村……七光が出たという村か。自領で見つかったのは幸いだったな」

「確保いたしましょうか」

「いや、今は掃除に専念しろ。奴らに勘付かれないことの方が重要だ。石の回収は、その後でいい」

「御意に」


 男は報告を終え、部屋を出ていく。


「ネズミ退治から7年。ようやく見つかったか」


***


『踏み込みが甘い』


 彁の声と、刀が空を切る音が森に響く。


『力みすぎ。太刀筋がブレてる』


 言われた部分を修正して、また刀を振る。


『今度は踏み込みが大きい』

「じゃあどうしろってんだよ!」

『貸して』


 彁に言われて、持っていた刀を差し出すと、彁はしばらくそれをにぎにぎして視線を刀から外すと——


 ——次の瞬間には、刀を振り終わっていた。


「すごい。見えなかったぞ」


 思わぬ凄技に俺は小さく拍手した。


『はい。もう一回』


 刀を受け取って、また稽古に戻ろうとすると、彁が突然に影に潜った。


 彁は俺以外の人がいる前では姿を晒さない。誰か来たのかと思って獣道の方に視線をやると、木々の間から金髪の頭がちらちらと見えた。


「今日も稽古? 精が出るわね」

「イーダか。どうした、魔法の試し撃ちにでも来たのか?」

「違うわ。おばさんから言伝よ。もうすぐお昼にするから戻って来いって」

「もうそんな時間か」


 言いながら見上げると、日もすっかり高くなっていた。


「帰ろ、シナバー」

「ああ、そうだな」


 刀を置いて、イーダの隣を歩いて森を下る。


 道中で、ふいにイーダが言った。


「シナバー、また背が伸びたんじゃない?」

「そうか?」


 言われて、俺はイーダの頭を自分と比べるように見た。


 以前は二人の身長はさして違わなかったが、今は確かに少しイーダの頭の位置が低い。いや、俺が高くなったのだろう。


 彁と初めて出会ってから、三年が過ぎた。


 当時は小学校に入ったばかりぐらいの年だったが、今となっては10歳。小学校でも四年生だ。


 そう考えると、6年間ある小学校ってかなりの長いんだな。


 ともあれ、この三年間で俺は剣の修行に打ち込んでいた。


 以前までのような独学で、形だけの剣術もどきとは違って、実戦的で、より専門的なものだ。


 型や構えから技に至るまで、ついでに体内の魔力操作まで練習している。


 それもこれも、彁の影響が大きい。


 彁は戦い方を知っていた。


 それがどんな剣術なのかとか、どこの流派なのかといった細かいところは俺にもわからないし、彁に聞いても知らないと言われてしまったが、とにかく、彼女は何となく刀の扱い方がわかるらしい。


 それ自体は、彁と出会った当初、山賊と戦ったときから知っていた。


 あの時、俺は彁を通して戦い方を感じ取ることができた。


 どうやって、という理屈は今でもわかっていないが、ともかくとしてあの時感じ取ったものから、俺は彁の言う「戦い方」が、刀すなわち彼女自身を扱うための知識ではないかとあたりをつけたのだ。


 そうして、彁の中に蓄えられた刀に関する知識を教えてもらい、もとい稽古をつけてもらっているというわけだ。


 何せ魔法全盛の世の中だ。剣の道の先達など、彁以外にいない。


 また、加えて話すと、俺は彁を通して剣術を感じ取ることができるのだから、真面目に稽古をつけるより、そっちの方が効率的かもしれないが、俺はそれをよしとしなかった。


 原理のよくわかっていないものに頼るべきじゃないとか、他人の知識じゃいざというときに不安だとかといった考えもあるが、それ以上に意地というか、プライドがあった。


 人として彁の知識に頼って、刀としての彁を振るうのであれば、それが俺である意味がない。


 曲がりなりにも、俺たちは相棒だ。並び立つべきで、頼り切るべきじゃない。


 そんなことを彁に説いて、頼み込んで俺に剣を教えてもらっている。


 そこに、俺が漫画やアニメよろしく自作の技なんかを使えるようになりたかった、という魂胆があったことは内緒だ。


「じゃあ、私こっちだから」

「わざわざ呼んできてくれてありがとな」


 村に着いて、イーダと別れて家に帰った。

 

「ただいま〜」


 家に帰ると、今日は珍しく家族全員が揃っていた。


 お袋やニナはともかく、親父まで家にいるのは珍しいな。いつもなら終日森に篭ってモンスター狩りをしているはずなのだが。


「親父、今日は狩りに行かないのか? 朝方出かけてったから、てっきり森に行ったもんだと思ってたんだが」

「ああ、それなんだがな」


 親父は部屋から何かを取り出してきた。

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