第15話 記憶

 もし、自分が空に輝く星だったなら、世界はどれほど暗く見えるのだろう。


 夜空に手をかざしてそんなことを思うたびに、自分も歳をとってしまったと感じる。


 まだ老いを感じるには早すぎるかもしれないが、後ろ向きな考えを抱くようになったことを、成長と呼んでいいのかわからない。


 だから、ただ歳をとったことを実感するのだ。


「イーダったら、こんな時間まで何してるの? 明日早いんだから、もう寝なよ」

「はーい」


 ルームメイトに生返事を返すと、彼女は「もう」と不満そうにしながらも自分のベッドに潜った。


 もう少しだけ、星を見ていたい気分だったが、彼女の言い分の方が正しい。


 明日は忙しくなるのだから、早く寝ないと。


「入学式の挨拶なんて、やな役まかされちゃったなあ」


 誰にも聞かれないよう、小さな声で悪態をついた。


 ルームメイトに聞かれでもしたら、「首席入学はのんきでいいね」なんて、また嫌味を言われるだろう。


 魔法が好きだっただけ。本当は、それしか取り柄がなかっただけなのに。


 それが、たまたま世の中で重用される能力だっただけに、私は生かされている。


 私も自分のベッドに横になって、かつての友人に思いを馳せた。


「シナバー」


 自分とは対照的に、魔法の才だけを持たなかった友人を。


***


 あれは多分、私がまだ四つか五つぐらいの頃。初めて街へ出かけた時だ。


 当時の私は元気な盛りで、窮屈な村での生活に飽き飽きしていた。変わり映えのない生活がもたらす退屈は、幼い私には耐えきれない苦痛だった。


 だから、父に無理を言って街まで連れて行ってもらったのだ。


 ちょうどその時期は、地域の冒険者とハンターとがモンスターの活動を報告する会議があって、村からも何人かハンターが出席することになっていた。


 そこで、私は彼らが街に行くのについて行きたいと駄々をこねたのだ。


 幸いなことに、私はそれで街へ行くことになった。


 ただ、せっかくだからということで、そこには私と同い年の村の少年も同行することになった。


 名前はシナバー・ブラウン。


 当時の私の彼に対する印象は、変な子ども、だった。


 村に子どもが少ないせいか、妙に大人びている子で、それ以上に何事にも興味がない様子だった。


 彼と話すのと、妹のニナと話すのとではまるで印象が違った。


 二人の年が一つしか違わないというのが驚きだった。


 年相応のニナを見て、私は彼が特殊なのだと結論づけた。


 街へ向かう道中の馬車の中でも、ワクワクしてしょうがない私とは対照的に、彼は興味なさげだった。

 

 それは街についてからも変わらなかった。


 私はそれが面白くなかった。シナバーが、私のワクワクを削いでいるような気がしたから。


「探検に行くわよ、シナバー!」

「駄目だ。会議が終わるまではここで大人しくしているよう、アンソンおじさんたちに言われただろ」

「つまんない!」


 宿屋の一室で、シナバーは不満を隠そうともしない私を一瞥して窓の外を眺めていた。


「なにみてるの?」

「別に」

「あたしにも見せて!」

「ちょっ、危ないから窓に乗り出すなって」

「あれなに!?」

「あー、屋台だな。何売ってんだろ」

「行きたい!」

「駄目だ」

「ぶー」

「ふくれたって無駄だ。会議が終わっておじさんたちが戻ってきてから連れてってもらえ」

「むー。じゃあ、あれはなに?」

「え、あれは……っておい!」


 そうして私はシナバーの目を盗んで、街へと繰り出した。


 私にとって、街では目に映る全てのものが魅力的だった。


 見知ったものなどほとんどない。立ち並ぶ建物や、通りを行き交う人さえ、村のそれとは違うように感じた。


「はぁー、すごい」


 一番人の多い大通りを抜けると、酒場が集まる飲み屋街があった。


「ここ、人いなーい」


 まだ明るいうちの飲み屋街は店も閉まっていて、人も少なく閑散としていた。


 それを退屈に思った私は、来た道を戻るのを嫌って、通りの奥へと進んだ。いつしか気分は探検家で、広い通りより、狭い道の先の方が気になりだした。


 そうして、先の細くなる路地を選んで抜けていくと、程なくして荒れた通りに出た。


 後から知ったが、治安の悪い外層地域だったらしい。


「ん? なんだこいつ。どっから湧いてきやがった」

「おじさん、誰?」

「おい、よそからガキが流れ込みやがったぞ」


 男が声をあげると、ゾロゾロと数人が寄ってきた。


「なんだこのガキ。どっから来やがった」

「さあな。だが、あまり上等ななりじゃねえ。よその村の流れもんだろ」

「こいつ、金髪に碧眼じゃねえか。ひょっとすると高く売れるんじゃねえか?」

「あ? 確かに面はいいが、ガキだぞ? あてがあんのか?」

「馬鹿、違えって。このガキ見ろよ。金髪碧眼は魔法がうまいやつが多いんだよ。魔石が高値で売れるかもしれねえ」

「さっきから何の話してるの? おじさん」

「……おい、誰かこのガキを縛って連れてけ。アイツらに上物が入ったって連絡しとけ」


 男がそう言うと、周りの男たちが私に近づいてきた。


 そこで、私はようやく怖くなった。


 踏み入るべきじゃない場所に踏み入ってしまったと、ようやく自覚した。


 言いようもない恐怖が襲ってきて、両親の顔を思い浮かべた。


 助けを呼びたかったが、声が出なかった。


 目をぎゅっと瞑って、男たちの顔を見ないようにした時、突然、通りの向こう側の建物のガラスが割れた。


 そうかと思えば、近くの建物のガラスが立て続けに割れ始めた。


 割れる音は徐々に私に近づいてきていて、すぐ隣の建物で止まった。


 全員の視線がその建物に向いたその瞬間——


「イーダ!」


 近くの路地から手を引っ張られて、私は路地裏に連れて行かれた。


「あっ、クソ! ガキが逃げたぞ! 追え!」


 後ろから男たちが追ってくる足音が聞こえた。それから逃げるように、私は手を引かれながら路地を走った。


 私の手を引いていたのは、私とそう背丈の違わない少年だった。


 その後ろ姿と声で、シナバーだとわかった。


 小柄な私たちの体格を活かして、大人たちが通れないような狭い路地を駆けていく姿は、普段の無気力な姿と同一だと思えなかった。


 ほどなくして、私たちは追ってを張り切って大通りまで戻って来ることができた。


 私は安堵から、その場にへたり込んでしまった。


「……怖かった」

「一人で勝手に歩き回るからだ。ほら、帰るぞ」


 シナバーが手を引くが、私は腰が抜けて動けなかった。


 それをシナバーは、私が帰りたくなのだと思ったようで、


「ちょっとだけ、屋台とか寄ってくか?」


 私は小さく頷いて、彼に手を引かれながら大通りを歩いた。


 彼の背中がとても大きく見えた。

 

 その日から、村の変わった少年は私の憧れだった。


 

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