第13話 月光
山賊の少女——キキリアのおかげで、俺は何とか日が暮れるまでに村に帰ることができた。
非日常からやっと解放されたような、肩の荷が降りたような感覚。
それと同時に、確かに人を殺したと言う感覚が、冷静になったために襲ってくる。
結局、俺は家に帰ったあと、ろくに家族と会話もせず、夕食を無理矢理にかきこんで足早に部屋に入った。
夕食は、味がしなかったように感じた。
とにかく、早く眠りたかった。寝て、起きて、朝が来て、当たり前の日常が早く戻って欲しかった。
だが——
『眠れない?』
「……ああ」
ベッドの中で寝返りを打つと、彁が俺の顔を覗き込むように問いかける。
『もうずっとそうやって横になってる』
彁が指摘する。
本当に、もうどれぐらいこうしているのだろう。
自室に入ったときには、まだ他の家の明かりもちらほらあったが、今は月明かりが窓から入るばかりだ。
寝静まった村の中で、一人、俺だけが寝付けない。
取り残されたような、弾き出されたような、孤独感。
今日の罪と、今日までの嘘が、余計にその孤独の影を強くする。人殺しで、よそ者。こんな人間が、いつまでも村にいるべきじゃない。
いっそ、この夜闇に紛れて村を出て行こうか。
これまでは、俺の実力では自立は難しいし、それ以上に一人で村を出ることすら危ういために村を出ることはできなかったが、今なら可能性がある。
今は彁がいる。彼女——かの刀は強い。
原理はよくわからないが、持つだけで使い方がわかるし、技も使えた。
ちゃんと練習を積めば、もっと強くなることもできるだろう。戦い方は、彁がなんとなくわかると言っていたし、教えてもらうことだってできるかもしれない。
今なら、冒険者としてやっていけるかもしれない。
村のみんなに、これ以上迷惑をかけずにすむ。
両親なら、拾った子である俺が急に家出をしても察してくれるだろう。二人が察してくれれば、村の人たちも何とかしてくれるはずだ。
『どこか行くの?』
「ああ、寝付けないからな。ちょっと夜風にあたりに」
ベッドから立ち上がった俺に、彁が後ろをついてきながら問う。
その質問に、俺は咄嗟に嘘をついた。
なぜかはわからない。どうせ一緒に村を出ることになるなら、誤魔化す意味なんてないはずだ。
ただ、なんとなく、怒られるような気がした。
子供が親に対して後ろめたいことを隠すときみたいだと、自分でも思った。
どうせすぐにバレる嘘を、必死になってついている。それが、幼稚で愚かに思えた。なのに、やっぱり胸の内を晒すのは憚られた。
俺は彁に自分のことをほとんど話していない。前世のことも、この体の出自のことも。
いつか話す時が、話さなければならない時がくるのだろうか。
いや、村を出たら一度ちゃんと彁と話をするべきだろう。曲がりなりにも、相棒なのだから。
秘密は村に置いていこうと思う。
流石に、罪まで忘れようとは思わないが、村を出て、それでこの7年の心の内を全部洗って、心機一転しよう。
そうしたら、日本のこととか、戻るための方法なんかを探して見るのもいいかもしれない。これまで半ば諦めていたが、この際、とことん突き詰めるべきだろう。
少しだけ前向きになった考えをまたしまって、俺は寝室で寝ているだろう3人を起こさないように注意しながら家の外に出た。
振り返ると、彁がそのあとを歩いてついてきていた。
彁は何かを察したのか——
『どこに行くの?』
俺は、すぐに答えられなかった。
彁がまた問う。
『どこに行くの?』
「……村を出る」
『どうして? 私、ここにきたばかりなんだけど』
「ここは、俺のいるべき場所じゃないから」
ややあって、彁が答える。
『そう』
そのあとは、彁は何も言わなかった。
俺も、何かを言えるような状態じゃなかった。
ただ、夜に沈み込むような沈黙は、いつもより深く感じられた。
しばらくして、俺の方が先に口を開いた。
「行こう」
彁に言ったのか、それとも、自分に言い聞かせたのか、わからなかった。
もっと言うと、それが言葉になって口から出ていたのかすら定かじゃなかった。
もうすでに、彁の姿は影に溶けてしまっていて、見えない。俺のこれからの行動に、何も言うつもりはないみたいだった。
俺は、村から街の方まで続く街道を目指して歩き出した。
田舎だし、日本のように科学が発展しているわけでもないから、街道と言っても、荷馬車が通れるように開けた道をならしただけで、照明の一つもないような道だ。
それでも、大きな道にはモンスターもあまり近寄らない。この街道を通るのが一番安全だろう。
街道の周囲は開けていて、しばらくは木々の中に入ることもない。そうなると活動するモンスターは少ないし、クラスも低い。
俺の目が明かりのない夜に慣れたのか、あるいはこの世界の月が前の世界のものより明るいのか、街道は月光の下でずっと向こうまで続いているように、その道筋がはっきりと見えた。
徒歩だと、少し骨が折れそうだな。なんて何気ないことを考えようと努める。
「行くか」
また、一人で呟いた。
今度は誰に聞かせるわけでもない。ただ、俺が一人で、自分自身に言い聞かせたのだ。
だが、そんな俺の呟きを聞いたのは、俺一人だけじゃなかった。
「どこ、行くのよ」
振り返ると、小さな少女の髪は金色に煌めいていた。
爛々と輝く瞳は、俺のことを強く見据えていて——
「イーダ」
幼馴染は一等星のようだった。
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