第12話 裸の少女
木々のざわめきの中で、相棒の罵倒の声だけが無惨に響く。
『最低』
彁はそう言って、そそくさと俺の影の中に潜ってしまった。これはしばらく口を聞いてくれそうにないな。
「えっと、……脱ぎました、けど」
言われて我に帰ると、山賊はすでに一糸纏わぬ姿で立っていた。
どうしよう、これ。
外での活動を主にしていたからか、少し焼けた小麦色の肌をしていて、慎ましい胸を細い腕で必死に隠している。
肌と対照的に明るい銀髪は短く切ってあり、どことなく男性っぽい髪型だが、整った顔立ちには確かな女性らしさを感じる。
しまったな。顔まできちんと見ていれば、女性だと見抜けただろうに。
脱いだ服はいつのまにか綺麗に畳んで置いてあった。ありがたい、いや、それどころじゃないんだが。
「その、すいません。貧相な体で」
「いや、そんなことはない。魅力的だと思うよ」
「そう、ですか」
ってそうじゃない。体を褒めてどうするってんだ。
彁がどこからか冷めた目で見てくるのを感じながら、俺は冷静になろうと目頭を揉む。
どうしよう。今更、実は服だけ欲しくて、おまけに男だと思ってましたなんて言いづらい。
できれば言いたくない。超気まずい。
仲間の山賊を散々殺しておいて今更といえば今更だが、それでも気まずいものは気まずいのだ。
だが、言わずに状況を切り抜ける手立てが思いつかない。今は彁も助けてくれそうにないし。
「……うれしいです。体を褒めてもらったことなどなかったので」
ああ、言いたくない。そんなこと言われたら、余計に言いづらくなるじゃないか。
でも、言わないとだよなあ。
よし、言うぞ。傷が浅いうちに言ってしまって、さっさと服をもらって帰ろう。
さっきまで女の子が着てた服を着るのもどうかと思うが、もうこれ以上、四の五の言ってられない。
「その、……女の子、だったんだな」
「お、男がよかったんですか? すみません、ついてなくて。お若いのに、そっちのご趣味が」
「ねえよ! そっちの気は全然これっぽっちもないから! そうじゃなくて、その、そういう目的で服を脱いでもらったんじゃないってこと!」
大体、ついてないのはお前じゃない。今日の俺の方だ。運の方な。
「え? じゃあ、何のために脱がされたんですか?」
「あんたじゃなくて、服の方に用があったんだよ。ほら、このままじゃ村に帰れないだろ?」
そう言って、俺は自分の服を見せるように両手を広げる。
服は返り血でべっとりだ。それを見て、女も察したようで
「あっ、服……そういうことだったんですね。そうですか……ハハ、あたし、一人で勘違いしちゃって……」
何で残念がるんだよ。しょんぼりするな。とは言えない。俺だって気まずいから。
「えっと、そういうことだから、服もらっていいかな?」
「……どうぞ」
一応、許可をもらってから急いで着替える。早く着替えて早く帰ろう。
女の服を着ると、なぜだかわからないがほんのりといい香りがした。ひょっとして、この山賊どもは意外と金回りが良かったのだろうか。
「ハハ……そうだよね。こんな小さい子相手に、あたし何考えてたんだろう……」
女の方はまだ独り言を溢している。
全部聞こえてますよ、早いとこ切り上げましょうよ。とは、やっぱり言えない。だって気まずいから。
かわりに、何か別の話題を振って誤魔化そう。
「あの、お姉さん?」
「……ああ、もういっそ死にたい……はちゃめちゃに命乞いしたばっかりだけど、やっぱり死にたい……何かご用意でしょうか?」
「実は村までの帰り道がわからなくて、もし知ってたら教えて欲しいんですけど。ケチュア村ってわかります?」
「ああ、それなら多分、あの方角にまっすぐでつきますよ。案内しましょうか?」
「いや、それは結構です」
俺が裸の女を村まで連れてきたなんて知れたら大事だ。
「そう……あ、行くならあいつらの死体から魔石の欠片を取って行くといいですよ。砕けた破片でも、討伐証明にはなりますから、冒険者ギルドに持っていけば、多分金一封ぐらいは貰えますよ」
「お、おお。ありがとう。でも仲間だろ、いいのか? そんなチュートリアルみたいなこと教えて」
「ちゅーとりある? てのが何なのかはわからないですけど、言ったじゃないですか。自分、こいつらのとこでこき使われてたんで思い入れとかはあんまり……あ、でも死体はできれば残しといて欲しいです」
「いいけど、どうするんだ?」
土に埋めて供養でもするのだろうか。というか、それなら俺も参加するべきか?
「身ぐるみ剥いで、使えそうなもの持ってこうと思って」
全然違った。
「何と言うか、逞しいな」
「一人で山賊団を全滅させた人に言われましても」
「それもそうか。じゃあ、魔石の欠片はもらっていこうかな。後は好きにしていいぞ」
正直、あまり死体を見ていたくもないしな。
「ありがとうございます!」
元気のいい返事だな。
それから、俺は砕けた魔石の破片を全員分拾って、女に別れを告げた。
「じゃあ、俺は行くから。もう悪いことすんなよ」
「はい、このご恩は一生忘れません!」
嘘つけ。さっきやっぱり死にたいとか言ってたじゃないか。
まあ、口にはしないけど。
何故って? 気まずいからだよ。それに、この女さっきからずっと裸だし。
さっさと帰ろう。家族にも心配をかけるわけにはいかないしな。もう日も傾き始めている。
「あの!」
背を向けて歩き出そうとしたところを、呼び止められて振り返る。
「名前、聞いてもいいですか?」
「シナバー。シナバー・ブラウンだ」
「自分、キキリアっていいます。姓は——」
「いいよ、もう会うこともないだろうしな」
言い残して、俺はまた歩き出した。
別に、振り返ったら裸の女の子がいて、びっくりして話を早々に切り上げたわけじゃない。そりゃ、ちょっとはびっくりしたけど。
足早にその場を離れると、後ろからまた声がした。今度は、キキリアのものじゃない。
『よかったの? 見逃して』
「今更だな。しょうがないだろ、俺には殺せなかったんだ」
『私なら殺せた。スパって。一撃』
「そうかもな。でも、自分で殺せないような相手を押し付ける気はないぜ、相棒」
『そう』
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