第11話 後始末
「よし、これで全員だな」
俺は気絶させた山賊一行を引きずって一箇所に集めた。
数は全部で15。改めて見ると随分な数だ。一度に相手取ればまず間違いなく勝てなかっただろう。
まだ誰一人意識は戻っていない。もうしばらくは目覚めないだろう。
『それで、どうするの? 彼ら』
彁が、影から頭だけを出して問う。
「どうするったって——」
捕らえた山賊をどうするかなど、狩人のうちじゃ常識だ。ほとんどの場合は、その場で殺す。
逃がしたところで、よその山賊の集団のもとに合流するか、腹いせに近くの村を襲うだけだ。生かしておくメリットがない。
おまけに今は人里へ向かう道もわからない。気絶させたまま引きずって村まで歩くなんてできるはずもない。
「……殺すしかない」
頭ではわかっている。だが、いざ口に出すと、言葉が重い。おもりでもついているかのように、喉から先は出て行かない。
それを無理矢理に音にして、覚悟にする。
最初からわかっていたことだ。
倒したのなら、殺さなければならない。それは俺が背中を狙われないようにするためでもあるし、後腐れを残さないためでもある。
わざわざ気絶させたのも、それを一箇所に集めたのも、ただの時間稼ぎだ。
そうすることで、どうにか、俺が手を下さずに済む、そんな都合のいい理由が降ってくるのを待っていたのだ。
それが無責任な行動であると、知っていながら。
『嫌なら、私が斬ってもいい』
彁が影から身を乗り出して言う。
「……いや、自分でやる。俺の役目だから」
少し、ほんの少しだけ早く彁が名乗り出たなら、俺は彼女にこの恐ろしい役目を譲っていただろう。
だが、自分が逃げていることに気づいてしまった。
時間稼ぎをして、誰か或いは何かが、この役を変わってくれることを待っていたことに、気づいてしまった。
逃げることが悪いことだなんて、偉ぶって思っているわけじゃない。
だけど俺は、このままこいつらを見逃して、その生き残りが、どこか俺の知らないところで、誰かに手をかけているかもしれないというのが、何とも夢見が悪いのだ。
それだけの理由で、十分すぎるくらいにこいつらを生かしておけない。
これは多分、俺のエゴだ。
だから、自分が背負うべきなのだと、そう直感する。
ここで殺さなければ、多分俺は一生、人を殺せない。
それは狩人を目指すなら致命的な欠点になるし、もしかすると人だけじゃなく、モンスターを殺すことにさえ躊躇うかもしれない。
俺はそうやってひとしきり、もっともらしい理由を考えに考え抜いて、横たわったままの山賊を見た。
これから屍になる彼らを。
***
「これで、——14」
横たわったままの山賊の胸に、刀の切先を強く押し付けると、パリンっとガラスが砕けたような音がする。
魔石が、命が砕けた音だ。
その残酷な音を聞きながら、この世界に魔石があって良かったと思う。
もしこれが前の世界ならば(いや、前の世界ならば人を殺める必要などなかっただろうが)、直接首を刎ねなければならなかっただろう。
そうなれば今のように、目を瞑って、魔石を刀で突いて殺すなんて逃げ腰な行動は取れず、死の光景を直に見なければならなかった。
そんなことを考えながらゆっくりと瞼を開けると、視界に胸から血を流した死体がうつる。
魔石が砕ける音を確かに聞いたからか、あるいは生き物としての直感か、それがすでに生気を持たない死体だとわかる。
命を奪う感覚というものは、意外なことに人を相手にしても、モンスターを相手にしてもさほどの差を感じなかった。
それは心の救いのようであり、かつ、底知れぬ恐ろしさを孕んでいた。
俺は死体から視線を外し、15人目、最後の一人を見る。
他の山賊と似たような浅緑色の衣装を着ていた。今から殺す相手だというのに、それ以上の情報が頭に入ってこない。頭に入れたくない。
なるべく顔を見ないようにしながら近づく。こいつを殺せば、やっと終われる。
だが、やっと終わりが見えたところで、俺は途端に冷静になった。
「やべ、服どうしよう……」
山賊の顔を見ないようにと努めたことで、自分の服が視界に入る。
そして当然だが、服は返り血でべっとりと汚れていた。
どうしよう。このままじゃ村に帰れない。
そもそも帰り道すらわからないのだが、それにしてもこれはどうしよう。
普段なら、森でモンスターを狩って汚れたと言って誤魔化すこともできたのだが、生憎、今はその森に入ることを止められている。
これじゃあ、無事に村まで帰れたってお袋から大目玉を食う。
参ったな、なんて思っていると、重ねて運の悪いことに、視界の端で何かが動いた。
「おい、どこ行くんだ」
「ヒッ!」
どうやら、山賊の生き残りが目覚めてしまったらしい。
周りを見て状況を察したのか、俺が自分の服に気を取られているうちに、こそこそと逃げようとしていたらしい。
匍匐前線のような体勢でその場を離れようとするのを呼び止めると、怯えたような高い声が帰ってきた。
「いいい、命だけはお助けください! 自分はこの者どもに酷い扱いを受けておりました。助けていただいた暁には、もう決して悪事には手を染めません! 何卒、何卒ご容赦を!」
「無理な相談だな。誰が山賊の言葉など信じる」
ものの見事にテンプレ通りのセリフを吐いて、頭を下げた山賊に対して、俺は努めて低い声で言い返す。
なるべく自分の覚悟が揺るがないように、だ。
だが、これまでは抵抗しない、意識のない人間を殺してきた。目の前で命乞いをする人間を眉ひとつ動かさず斬れるほど、俺も鬼にはなれない。
運が悪かった。どうせ大したことはできないだろうし、一人ぐらい見逃してもいいのではないだろうか。
そんな甘い考えが自分の中に浮かんでくる。
そして、返り血で汚れた服。
この山賊が着ているものと取り替えれば、とりあえずは村まで帰れる。
見逃す理由が、自分の中にできてしまった。
「そう、ですよね。自分のような山賊の言葉など、誰も信じては——」
「気が変わった。やっぱりお前を見逃してやることにする」
「へ? 今なんと?」
「見逃してやると言ったんだ。ただし、タダじゃない」
「ありがとうございます! ありがとうございます! 自分にできることならば、どのようなことでもお受けいたします!」
「お、おお。そうか。じゃあ服を脱げ」
「ふ、服をですか? それは——」
「いいから早くしろ。時間がない」
なるべく早く、村に帰りたいし、それ以上にこの場を離れたい。
「わ、わかりました。幼く見えますが、その、男の子なのですね。その、近くに川があります。先に水を浴びても?」
「なぜだ。多少臭くとも俺は気にしないぞ」
山賊が普段着ている服なら、そりゃあ綺麗ではないだろうが、それでも血の匂いが染み込んだ今の服よりはずっとマシだ。
「そ、それは自分が気にするのですが……。ですが、わかりました。そういうことなら」
そう言って、山賊は服を脱ぎ出した。
先程から、彁と初めて会った時のような、話の噛み合わない感覚がするのはなぜだろう。
「その、山賊という身ではありますが、自分は初めてですので、優しくしていただけると……」
『……最低』
衣擦れと、相棒の罵声が森に響く。
——女だったのか。
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