第9話 マスター
「森に入るなって言われたばっかりなのに……」
洞窟を抜けた先は鬱蒼とした森の中だった。
まあ、洞窟にいた時点で概ね予想はできたが、いざ森に出るとさすがに親父たちに対して申し訳なさが出てくる。
今更言っても仕方ない。
「てゆうか、ここ本当にどこだよ」
深い森の中では、ただでさえ方向感覚を失いやすい。
だというのに、来た道すらわからないのだから、帰り道を見つけるなんて絶望的だ。
正直少し泣きそうになりながらも、周囲の雑草を短剣で八つ当たり気味に切り払う。
雑草の背が高い。
人だけでなく、モンスターもこの辺りを縄張りにしていない証拠だ。それだけ森の奥にいるのだろう。
多分、ハンターや冒険者もこの辺りまでは来ないはずだ。人が出入りする気配がまるでない。
これでは、運良く誰かに見つけてもらうことも期待できないだろう。自力で森を出るか、少なくとも人の出入りがあるところまで移動しなくてはならない。
幸いなのは、今はモンスターの動きが活発で、村のハンターが出払っていることだ。誰かしらに見つけてもらえる確率は、いつもよりは高い。
「日が暮れるまでに戻らないと怒られちまう」
怒られるだけですめばいいが、最悪、森に入ることを禁じられかねない。
これまで俺が自由にやってこれたのは、あくまでそういったデリケートな部分に気を配ってきたからだ。
夕飯までに帰るとか、森の奥には行かないとか、そういう、超えちゃいけないラインを超えないからこそ、自由に過ごすことができている。
つまり、今の状況は割とピンチだ。
俺の第二の子供時代がこんなことで窮屈なものになったら笑えない。
「なあ、お前本当に帰り道わかんないのか?」
『相棒』
「……森から出る方法を考えてくれ……相棒」
相棒と呼ぶ、と約束したはいいが、どうにも口が慣れないな。この歳にもなって相棒とか、気恥ずかしくてしょうがない。
いや、今は7歳だから別に気にすることもないと言われればそうなのだが。
『声が小さい』
「ああ、面倒くせえ! いいから出てきてくれ、相棒!」
こんな森の中だ。誰が聞いてるわけでもないと思って大声で叫ぶと、背後から彁が姿を表した。
『わかった、あなた』
地面に伸びた俺の影から、少女の姿が浮かび上がる。
彁は刀だが、鞘がない。もともと存在せず、刀は持ち主の影の中で保管できるらしい。何とも便利な機能だ。
そしてそれに合わせるように、少女の方の彁も俺の影に潜んでいる。
だが、こっちの方は便利かどうかは疑問だ。
なにせ、先ほどのように、いちいち声をかけないと出てきてくれないし、声をかけても気が向かないと出てきてくれない。
刀の方は声をかけなくても念じるだけで出てくるのに。なんでおまけのこいつの方が手がかかるんだ。
ただでさえ面倒臭い性格に拍車がかかっている。
「なあ、相棒よ」
『なに? あなた』
「さっきから気になってたんだが、その『あなた』って何だよ」
『二人称』
「んなこたぁわかってんだよ! そうじゃなくて、その新妻みたいな呼び方を何とかしろって言ってんだよ」
『じゃあ、なんて呼べばいい?』
「普通に名前で読んでくれれば……待てよ? ご主人様って呼んでくれてもいいぞ、猫耳で」
『猫耳は嫌。そんなに好きなの? 猫耳』
「うーん、別に好きってわけじゃ……」
言われてみればなぜだろう。
特別猫が好きなわけでもないし、猫耳に思い入れがあるわけでもない。
まあ、コスプレとかじゃないリアル猫耳だ。はしゃいだって仕方ないじゃないか。
この世界にも、亜人と呼ばれる人と獣の中間のような存在はいるにはいるが、数が少なく会う機会がないのだ。
「猫耳じゃないなら、別に何でもいいかな。好きに呼んでくれ。ただし、そのあなたってのはなしで」
『ん。じゃあマスター、はどう?』
「おっ、いいんじゃないか。ちょっとかっこいいじゃないか、マスター」
自分が扱う武器にマスターと呼ばれるとか、厨二心をくすぐる設定だ。
俺が相棒と呼んでるのに、その相方がマスターと呼ぶのは何か変な感じもするが、まあ格好いいのでよしとしよう。
『マスター、マスター』
「おっ、気に入ったのか? 相棒。俺も悪い気はしないから、もっと呼んでくれてもいいぞ」
『そうじゃない。マスター』
「え?」
『囲まれてる。私たち』
「は?」
ガサガサと雑草をかき分ける音がして、そっちの方を振り向くと、雑草から火の玉が飛んできた。
「うおっ」
間一髪のところで避ける。
「おい、もっと早く言えよ。ちょっと髪が焦げたぞ!」
畜生、無視かよ。
文句を言いながらも、慌てて刀——彁を構えると、雑草の奥から小汚い格好の大柄の男が出てきた。
モンスターかと思ったが、人だったか。
「チッ。避けやがったか。貧乏そうだが運のいいガキだな。幸運ついでに、さっきの女を出しゃあ見逃してやってもいいぞ?」
周りから、ケタケタと薄気味悪い笑い声がする。本当に囲まれているらしい。
普段誰も近寄らないような森の奥深くにいて、いきなり魔法を撃ってくるような奴らに知り合いなんていない。
心当たりがあるとすれば——
「……山賊か。全くもって随分なご挨拶じゃねえか」
「運だけじゃなく察しもいいらしいな。ついでに聞き分け良くしてろよ? クソガキ」
拍手を送りたいほどに、テンプレ通りの山賊たちだった。
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