第8話 相棒

『私は鬼打おにうち。銘はせい。よろしく、相棒』

「は?」


 なぜだろう。いつまでたっても、目の前の少女が俺の話を理解してくれない。


 何か大事な部分が食い違っているような、噛み合っていないような気がする。


「いや、だから俺は刀を相棒にするって言ったんだよ。お前のことじゃなくてさ。とゆうか、銘ってなんだよ。聞いたことないぞ、そんな自己紹介」


 すると少女——彁はきょとんとした顔で首を傾げて


『だから、私。私があの刀』

「はい?」

『私は、あの刀の意思……というより、魂の、抜け殻。あなたが触れたから、私が目覚めたの』

「何だよそれ。ファンタジーだな。意思を持つ武器なんて聞いたことないぞ」


 この世界では、だが。


 ただ、モンスターがいて、魔法があるような世界だからか、今更剣が喋ったところで別段不思議ではない。


 だが、この世界は基本的に魔法主義だ。魔法という便利なものがあるから、当たり前だがそれに頼りがちだ。


 だからこそ、剣やら槍やらの武器に情熱がない。


 形だけ残っているものが大半で、歴史に残るような業物もなければ、お伽話でさえ剣より魔法の出番が多いのだ。


 だから、わざわざ喋る刀を作るような奇特な人間などいないと思っていたが。


「お前、本当にあの刀だって言うのか? どうやって喋ってるんだよ。てか、魂の抜け殻って何だよ。何で女の子なの? 猫耳はどこいったんだよ?!」

『うう、質問が多い……私、目覚めたばかりだからわからない』

「わっ、わからないじゃ困る! お前、なんか大事な情報を持ってそうなんだ、頼むよ。おい、耳を塞がないで話を聞け! よし、まずは深呼吸だ。それから、落ち着いてゆっくり説明してくれ、な?」

『刀に呼吸はいらない』

「そ、そうか。悪かったな……ってそうじゃない。結局、お前は何なんだよ。普通の刀じゃないってことはわかったけど」

『私は、魔石を打って作られた刀。あなたの魔力に反応して、目が覚めた……と思う』

「思うって、随分とふわふわしてんな」

『私は、抜け殻だから』

「何だよ、その抜け殻って」

『魔石に残った、意識の欠片。私がまだ私じゃなくて、生きていた頃の欠片』

「前世みたいなものか?」

『そう。でも、少し違う。私は、魔石はまだ死んでない。死なずに刀になったから』

「あー、わかるような、わからないような?」


 嘘だ。ちっともわからない。


 死なずに刀になるって何だ。というか、魔石で刀を打つってのも聞いたことがない。おまけに喋るし。


 情報が多過ぎて頭が痛くなってきた。


『まだ何か聞きたい?』

「うーん、そうだ。猫耳はどこに行ったんだよ? 一番重要だろ」

『あれは違う。あなたをここに呼んだときの名残。私に猫耳はない』

「ないのか、猫耳……てか、俺をここに呼んだって、あの猫もお前だったのかよ」

『猫じゃない、虎。がおー』


 彁が両手を前にもってきて、可愛らしく威嚇する。


 一見すると微笑ましいが、つい昨日ヤマイヌに殺されそうになった身としては、ちょっと笑えないな。


「まあ、別にどっちでもいいけどな。なんか疲れたな。今日は帰ってゆっくりしたい」


 帰ったら、今日の話をニナに聞かせてやろう。また親父が悔しがりそうな気もするが。


 そう思いながら、地面に刺さったままの刀の柄に手を掛け——


「……抜けないんだけど」


 抜こうとしたが、抜けない。


 何かが引っかかってるとか、そんな感じじゃない。ぴくりとも動かないのだ。


 俺はゆっくりと彁の、少女の方に視線を合わせる。


「おい、何で抜けないんだよ」

『私が許可してないから』

「何で許可してくれないんだよ。お前さっき『よろしく』って言ったじゃねえか」

『……』


 彁は俯いて何か言ったようだが、うまく聞き取れない。


「悪い、聞こえなかった。もう一回言ってくれ」

『……相棒。あなたは私のことを相棒にするって言った』

「う、うん。言った。言ったよ。それがどうしたってんだよ」

『それなのに、私のことお前って呼ぶ。それに』


 彁は俺の短剣を指差して


『私がいるのに他の剣を持つなんて、浮気。最低。今すぐ捨てるべき』

「浮気じゃねえよ! それに、これは親父からもらった大事な剣なの。そう簡単に捨てられるか」

『酷い。私を相棒にするって、あんなに熱烈にアピールしてきたのに。あの甘い言葉は、全部うそ?』

「そんな言葉をかけた覚えはねえ! お前、さっきからちょっと面倒くさいぞ!」

『また、お前って言った』


 あー、面倒くせえ。


 少しからかってやるか。


「わかった。そこまで言うならもういいよ。お前のことは諦める。ここで一人、いや、一振り寂しく勝手に錆びてろ」

『ま、待って』

「何だよ。まだ何かあるのか?」

『……そこまで言うなら、特別にその妾を許してもいい』

「ちょっと待て。妾ってまさか俺の剣のことか? なんでお前が正妻気取りなんだよ」

『だから、せめて相棒って呼んで。お前は禁止』


 こいつ、ついに俺の話を無視しやがった。


 だが、誘いには乗ってきたな。親父の短剣を捨てなくていいなら、悪い相談じゃない。


 刀ってのも、日本生まれの俺の心に響くものがあるしな。まあ、こっちの世界の物だから別物といえば別物だが。


「はぁ、わかったよ。その条件を飲もう。改めてよろしくな、相棒」

『うん。改めて、よろしく』


 今度こそ、刀は抜けた。


「ところで、相棒。帰り道わかるか? 俺、ここがどこか知らないんだけど」

『私も知らない』

「……」


 こいつ本当に面倒くさい。

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