第6話 虎の猫

 翌日。俺は朝食をとった後に、1日の予定を頭の中でぼんやりとたてていた。


 本当なら今日も森に行きたかったが、生憎、親父に止められている。


 何やら、森のモンスターの活動が活発になっているらしい。ヤマイヌのような、普段は自分の縄張りの外に出ない高クラスモンスターと俺が運悪く出くわしたのも、それが原因らしい。


 そのせいで、親父は朝早くから狩りに出てしまった。


 今日はすることもないので、一緒に着いていきたいと言ってみたが、親父は


「今日は俺が大活躍して、それをニナに話すんだ。そして、次こそパパって呼んでもらうからな。だから、お前の出る幕はないぞ、シナバー」


 と言って、そそくさと出て行ってしまった。


 俺は、ニナが親父のことをパパと呼ばない原因は、手柄が足りないんじゃなくて、一緒に過ごす時間が足りないからだと思っているが、このことを親父に話すべきだろうか。


「まあ、わざわざやる気を削ぐようなことを言う必要もないか」


 そうやって一人で結論づけて、行く宛もなく村を散策していると、横道から豪快な声で呼び止められた。


「おお、シナバー! 元気そうじゃないか! 昨日は大変だったって聞いて心配したぞ」


 声の主は、赤みがかった髪の男性。背はあまり高くないが、その代わりに横幅があり、体は岩のようにがっしりとしている。


 隣には、見慣れた金髪の少女の姿。イーダだ。


「アンソンおじさん!」


 昨日、ツノシシを村まで引きずっていた人だ。


 おじさんも、親父と一緒でハンターをやって生計を立てている。


 名前を呼ぶと、アンソンおじさんは俺の方まで寄ってきて、肩に手を置いてきた。


「イーダから聞いたぞ? 昨日、ヤマイヌが出たそうじゃないか」

「ああ。でも、親父が助けてくれたから何とかなったよ。危うく死ぬとこだった」


 俺が冗談めかして言うと、おじさんは豪快に笑って


「相変わらず元気いっぱいだな、シナバーは。てっきり怖い思いをして、家で震えてるかと思ったのに」

「そんなにやわじゃないよ」

「そうか? そりゃあいいことだ。うちのイーダなんか、昨日はずっと怖がって泣いてたんだぞ、なあイーダ」

「なっ、泣いてないもん! シナバーが死んじゃうかもったら、ちょっと、ちょっとだけ、涙が」

「泣いてたんじゃねえか」

「うっ、うるさい!」

「イーダ。シナバーに言うことがあるだろう」


 おじさんはそう言ってイーダの背中を片手で押した。


 イーダは揶揄われたあとだからか、少しばつが悪そうにしながら


「シナバー、……昨日は、その……まもってくれて、ありがとう」

「どういたしまして、かな」


 珍しくしおらしいイーダに、俺が反応に困っていると、アンソンおじさんはニカッと笑ってイーダの頭を撫でた。


「よし! ちゃんとお礼を言えて偉いぞ、イーダ」

「ちょっ、お父さん、やめてよ。髪が乱れちゃう」

「おっ、なんだ。一丁前なことを言いやがって。このっ、このっ」

「ちょっ、やめ、頭ガシガシしないで!」


 その様子を微笑ましく思っていると、今度はアンソンおじさんが、俺の方に腕を伸ばしてきた。


「シナバー、お前もだ!」

「うわっ、ちょ、おじさん!?」


 おじさんが力強く頭を撫で回してくる。


 左手でイーダを、右手で俺の頭を力強く撫で回される。


 アンソンおじさんはとにかく豪快な人だ。一度こうだと思ったら、なかなか意見を曲げない。


 なので、俺は未だに抵抗を続けるイーダと対照的に、大人しく撫でられていると、そのうちおじさんは満足したのか手を止めて、


「じゃあな、シナバー。俺たちはこれから森にモンスター狩りに行くからな。しばらくは大人しくしてるんだぞ」


 と言ってその場を去ろうとした。


「俺たちはって、イーダも?」

「そうだ。昨日のことがこたえたんだろう。狩りを教えてくれって頼まれたんだ。なっ」


 イーダの方に視線をやると、少し恥ずかしそうにしながらもそれに答えた。


「だって、あたしがちゃんと強くならないと、シナバーが死んじゃうし……」

「だから、死なないって」

「そうだぞ、イーダ。シナバーはお前よりよっぽど逞しいからな」

「そんなの嘘よ、お父さん。あたし強いもん」

「泣いてたのにか?」

「うるさい!」


 俺が揶揄うと、イーダは顔を真っ赤にして叫んだ。


「ハッハッハ、じゃあ俺たちは行くから。行くぞイーダ」

「はーい」


 俺は二人の小さくなっていく背中を見送った。


「さて、これからどうするかな」


 結局、大した予定も立てられなかった俺は、村の外れで剣を振ることにした。


***


 村の外れの広場。


 たまに、村民全員が集まる集会や収穫祭なんかで使う場所だが、普段は誰も立ち寄らないし、何もない開けた場所だ。


 人通りはなく、開けているためモンスターも出てこない場所で、俺は剣の稽古をしていた。


 昨夜、家の裏で使っていた丸太、もとい木剣ではなく、ちゃんと刃のついた短剣だ。


 ここでなら、森と同じように思う存分剣を振ることができる。


 呼吸を整えて、目を閉じ、想像する。


 もう一度目を開けると、視界に昨日のヤマイヌが映る。


 体に魔力を流し、力を加え、そしてヤマイヌの動きを思い出す。


 その俊敏な動きに合わせるように剣を構え、攻撃を弾き、喉元をめがけて振り抜く。


 だが、当たらない。


 ヤマイヌが、俺の想像だから当たらないのではない。想像の中のヤマイヌにさえ、歯が立たない、刃が届かないのだ。


 そうして、勝利のイメージを掴めないままに戦い続ける。


 何度目かの死を想像して、俺はまた最初の動作からやり直す。


 体に魔力を流して、戦闘の用意。ヤマイヌのイメージ。


 その時、ふと視界の端に何か生き物の影が映った。


「……虎柄の、猫?」


 虎のような毛並みの、猫くらいの大きさの動物——というより、モンスター。


 この世界、動物とモンスターは同義だ。


 全ての生き物が魔石を持ち、魔力を操り、他の生き物と空気中の魔力の素——魔素を取り合う。


 故に、馬一頭だろうと手懐けるのは難しい。どの種も基本的に気性が荒いのだ。


 そんな中で、猫のような愛玩生物が誕生するというのは考えづらい。十中八九モンスター。


 だが、俺は目の前のモンスターを知らなかった。


 村の周辺に生息する種は、低クラスから高クラスまで一通り覚えているはずなのに。


 警戒して剣を構えると、その虎柄の猫もどきは、これまた猫そっくりの声で鳴いて、するすると俺に背を向けて歩き出した。


 その背中は、なぜか俺に「ついてこい」と言っているように感じた。

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