第5話 家族

 苦戦しながらも魔石を取り出すことに成功し、親父と村に帰った後——


「——そこでブスッと魔石を一突きして、俺はツノシシに見事勝利したわけだ」

「兄様、すごい!」


 俺は家族で夕飯をとりながら、昼間の出来事を得意げに語っていた。


 俺の話を聞いてくれているのは3人。


 持て囃してくれているのが、妹のニナだ。俺とは違い、本当に両親の血を継いでいる。


 「また危ないことをして」と小さく呟いて、それから困ったように笑ったのが、お袋のシーラ。


 俺のことを心配しているが、止める気はないようだ。


 これは何も、俺が腹を痛めて産んだ実の子じゃないからというわけではない。両親は、俺のことをそれはそれは大事に育ててくれている。


 それならばなぜ、という気もするが、これはこの世界の人間が、元の世界のそれと異なることが原因だ。

 

 この世界では、人間を含めた全ての生き物が心臓に魔石を持つ。そして、生まれながらに魔力を扱って生きるのだ。


 この点において人間も例外ではないし、俺ですら例外に当てはまらない。


 肉体を魔力で強化できるからだ。


 人間は後天的に魔法を習得することができるが、それ以前に魔力が流れる肉体そのものが強力なのだ。


 勿論、モンスターもその魔力に物を言わせて、巨大な肉体を維持したり、その巨体で空を飛んだりするため、人間が最強の種というわけではないが、それでも相当に頑丈だ。


 少なくとも、元の世界からどんなアスリートを連れてきたって、こっちの世界の成人には敵わない。それぐらい理不尽な能力差がある。

 

 だからこそ、この世界で、俺は子供にしては比較的自由に過ごすことができている。

 

 少し話が逸れてしまったが、俺の冒険譚らしきものを聞いていた最後の3人目は、親父だ。


 何やら不服そうな表情で俺の方を見ているて、がっしりとした体つきに短い茶髪。日に焼けた肌は、ハンターという仕事柄ゆえだろう。


 名前はグラウ・ブラウン。家族は皆ブラウン姓だ。まあ、特殊な家柄というわけではないが。


 ニナが後ろに束ねた茶髪を揺らしながら、話の続きをねだってくる。その髪色は、親父によく似ている。


「ねえ、兄様。そのあとは? そのあとはどうなったの?」


 俺は何となく、自分の黒髪に手を触れながら続きを話す。


「そのあと? ああ、帰り道でヤマイヌが出たんだよ。それでそいつと——」

「ああっと、ニナ。続きは俺が話そう」


 言葉を続けようとしたところで、親父に遮られた。


 ここから先はどちらかと言えば親父の手柄だ。自分で話したいのだろう。


 さては、自分の活躍が聞こえて来ないから、さっきから不服そうにしていたのだろうか。


「で、ヤマイヌがでて、それでどうなったの?」

「俺が魔法で頭をズドン! だ。それでヤマイヌはあえなくお陀仏だ」

「それだけ?」

「ああ、そうだ。どうだ? パパはすごいだろう!」

「……親父つまんない!」


 ニナはばっさり言い切った。


「ええっ!? いや、でも、俺はシナバーより強いモンスターを倒したわけで」

「でも、お話がつまんない」

「うっ、シナバー! 助けてくれ!」


 助けようがない。事実なのだから。


「大丈夫。俺は親父はすごいって知ってるよ」

「ありがとう! ってそうじゃない。こう、俺の活躍をかっこよく語ってくれよ! そしたら、ニナも俺をパパって呼ぶはずなんだ。お前が親父って呼ぶから、ニナにうつったんだぞ。自分は兄様の癖に」

「俺が仕組んだんじゃないよ。それに、お袋のことはちゃんとママって呼ぶもんな、ニナ」


 声をかけると、ニナが元気で容赦のない返事をする。


「うん! ママはママ、兄様は兄様! 親父は親父」

「ぐはっ」


 親父が机に頭から突っ伏した。


「うう、なぜ我が子は二人して俺をパパって呼んでくれないんだ……」

「はいはい、お皿片付けちゃうからそこどいて、お父さん」

「……はい」


 お袋が食べ終わった食器を片付けていく。


「ご馳走様。俺ちょっと外で剣を振ってくるよ」

「もう暗いから、あまり遠くに行かないのよ」

「行ってらっしゃい! 兄様!」

「うう、パパって呼んで……後生だから」


 親父が少し気の毒に思えた。


***


 家の裏で、一人剣術の稽古をする。


 使っているのは、刃のない木剣だ。無理やり重くしているせいで、形は不恰好で、剣というより柄の付いた丸太のようだ。


 剣術も独学だ。


 村に剣を使える大人はいないし、そもそもこの世界じゃ剣術自体が発展していない。


 せいぜい、儀礼用に貴族が習う風習が残っているぐらいだ。


 戦いを学びたければ、魔法を学んだ方がよほど効率的に強くなれる。


 最も、使えればの話だが。


 俺は魔法が使えない。魔力を使って、肉体強化の真似事をするのが関の山。


 だからこそ、自分自身で剣の鍛錬していた。


 だが実際のところは子供の遊びだ。


 俺は剣に詳しくないし、振り方どころか、握り方すらわからない。


 日本で、漫画やゲームで見たようなものをうろ覚えで再現するのがやっと。


 それでも、強くなるにはこれしかなかった。


 強くなりたかった。


 強くなって、早く一人前になって、村を去りたかった。


 いろんなことをひた隠しにしたまま、両親のもとに、この村にいるのが忍びなかった。


 そしてその思いは、日を追うにつれて強くなっていた。


 


 

 


 

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