第3話 狩人とヤマイヌ

「シナバー、大丈夫? シナバー?」

「大丈夫だって。わかったから背中を叩くのはやめろ!」


 イーダに手伝ってもらって、何とかツノシシの下から這い出る。


 一息ついて、俺は倒れたツノシシを見てぼやく。


「罠まで作ったってのに、結局、魔石を砕いちまったな。やっぱり親父のようにはいかないか」


 魔石のないモンスターの死骸。


 これだけでも確かに売れば金になるが、モンスター狩猟を生業にする、ハンターや冒険者として生活するほどの稼ぎにはならない。


「ねぇ、シナバー。魔石って何? そんなに大事なものなの? おじさんも、いつも袋いっぱいに詰めて帰ってくるけど」

「魔石は、魔力を扱うための器官だ。そこに魔力を蓄えて、モンスターは屈強な肉体を維持して、火を吐いたり、空を飛んだりする。人間なら、魔法を使ったりな。だから、魔力で体を維持するモンスターは、魔石を砕かれると活動できなくなる」


 そんなことを、親父が言ってた気がする。


「へぇ、わかんない!」

「だろうな。要は、魔石は生き物にとって大事だってことだ。それに、高純度の魔力の結晶でもあるから、売れば金になる。だからなるべく砕かずに倒すのがセオリーなんだがな」


 この世界には、モンスターを狩ることを生業にする職業がある。ハンターや、冒険者などだ。


 一箇所に留まって、自分の狩場で狩猟をするのがハンターで、四方を渡り歩くのが冒険者。


 俺たちの村も、元はハンターの集落だったらしい。


 だから今でも村にはハンターが多いし、俺の親父もその一人だ。


 普通、彼らはモンスターを、『魔石を残して』狩る。魔石が一番高価な部位だからだ。


 個体差はあるが、一般に魔石一つで、そのモンスターの体全部と同程度の額になる。そのため、体の方は捌かずに、魔石だけ持ち帰る狩人も多い。


 裏を返せば、俺のように魔石を砕かなきゃモンスターに勝てないうちは、いつまで経っても半人前扱いだ。


 ツノシシの皮を剥ぎながらそんな説明をしていると、近くで聞いていたイーダが急に立ち上がって手を叩いた。


「わかった! じゃあシナバーは魔石がないのね! それで魔法が使えないのね!」

「いや、俺にも魔石はあるし、魔力もあるぞ? 多分」


 昔、お袋が俺は魔力が多いから、体が丈夫なんだと説明してくれた記憶がある。


「じゃあなんで魔法の適性が一つもないのよ。そんなの聞いたことないって、ママも言ってたよ」

「さあね、知ったこっちゃないよ」


 まあ、思い当たる節がないわけでもない。


 俺の体が何かの実験で作られたものだとか、俺自身が転生者だからとか、理由になりそうなものはいくつかあるが、どれもイーダに話すべきことではない。


 話しながら、俺はツノシシから毛皮を剥ぎ取った。家に帰ったらお袋と一緒になめしておこう。


「よし、これで毛皮はとれたな。肉を持って帰るのは……ちょっと難しいか。でかすぎる。イーダ、帰るぞ」

「え? もう帰るの? シナバー、いつもは一日中森にいるのに」

「今日は収穫があったからな。腐らせる前に帰らないと」

「……はーい」


 イーダは少し不満そうにしながら、俺の後についてきた。


***


「シナバー、疲れた」


 日が傾き始めた頃、森からの帰り道で、イーダが急にただをこねはじめた。


「そうだな、疲れたな」

「……おんぶ」

「嫌だよ、俺ツノシシの毛皮まで持ってるのに」

「……おんぶ! 毛皮とかあたしいらないもん! 臭いし」

「イーダにあげるなんて一言も言ってねえよ。それにしても、やっぱ臭うかな。ツノシシごと引きずってきた方がよかったか? でもそれだと重いしな」

「ちょっとあたしの話聞いてるの? シナバー?」

「うるさいぞ、イーダ。もう少しで村だから頑張れ。……やっぱり自力で魔石を取れるようにならないと、自立は難しいよな。剣の稽古も本格的に始めないと……」

「ねぇ、シナバーってば! シナバー、シナバー!」

「わかったって! おぶってやるから、そのかわりイーダが毛皮持てよ」

「そうじゃないわよ! あれよ、あれ!」

「ん?」


 イーダの方を振り返ると、狼狽しているイーダのさらに後ろ、木々の間から黒い体毛に覆われた一匹の狼が、こちらに近づいてきていた。


「……ヤマイヌじゃないか」


 ヤマイヌ。犬といっても、日本にいるような、ペットとしての犬みたいな可愛らしいものじゃない。


 山や森を縄張りにして、他のモンスターや人間などの魔力量の大きい生物を好んで食べる、クラスCのモンスターだ。


 大きさだけでいうなら、犬というより馬に近い。この世界には、ヤマイヌを駆る技術もあるとかないとか。


 とにかくそれぐらいでかい。ツノシシなんか目じゃないぐらいの大きさのそれが、おもむろにこちらに近づいてきていた。


 普段ならもっと森の奥を縄張りにしているはずなのに。ツノシシの毛皮の臭いに引き寄せられたのだろうか。


「……イーダ、走れるか?」

「う、うん。大丈夫」

「いい子だ。俺が合図したら、イーダは走って村に戻るんだ。それから、大人のハンターを連れてきてくれ」

「シナバーはどうするの!?」

「それまでここで時間を稼ぐ」

「無理よ! 死んじゃう! それより、あたしが魔法を使うから、ツノシシの時みたいに——」

「クラスCのモンスターだ! 子供じゃ相手にならない」


 一般に知られているモンスターには、その脅威度に応じてクラスが割り振られている。


 クラスはAからEまでの5段階。一つクラスが上がるごとに、その脅威度はおよそ10倍に膨れ上がるという。


 ツノシシのクラスはD。どんぶり勘定でも、ヤマイヌはツノシシ10頭分だ。

 

 1頭を相手にあれだけ大立ち回りしたのだ。10頭分なんか、とてもじゃないが相手にならない。


「でもっ、でもっ!」

「イーダ……頼む」


 イーダを庇うように前に出ながら言うと、彼女は小さく頷いてくれた。


 短剣を抜きながら、イーダが後ろ髪を引かれないよう、目一杯に去勢を張る。


「来いよ、犬っころ。掻っ捌いてやる!」

「ヴゥゥゥーッッ、ヴァォオオーンッ!!」


 ヤマイヌが地に響くように遠吠えをする。


 狩りを始める合図だ。





 

 

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