第2話 ツノシシ
「……いた」
「えっ、何かいるの? あたしにも見せて!」
「うるさい、大声だすなよ」
「むぐっ! ……何すんのよ!」
イーダの口を手で押さえながら、俺は目的の場所をじっと見つめる。
「もう、見せてったら見せてよ! って、ほんとに何かいる……ツノシシ! ツノシシじゃない!」
俺たちの視線の先には、一匹のイノシシ、もとい、ツノシシがいた。
イノシシよりも一回りが二回りほど大きい体躯に、鼻の頭に大きな角を生やしている。
角のあるイノシシで、ツノシシだ。
「すっごい。村で見たのより大きいわ」
「ああ、随分な大物がかかったみたいだな。三日もかけて用意した甲斐があったぜ」
よく見ると、ツノシシの前足のあたりには何か罠のようなものがかかっている。
俺が昨日のうちに仕掛けたくくり罠だ。
不恰好だが、それでも罠としての役割ぐらいは果たしているらしい。ツノシシが足を取られて、動けなくなっている。
「イーダ、今からあのツノシシを狩るぞ。お前も手伝ってくれ」
「えっ? いや、そんなことしたらシナバーが死んじゃう!」
「勝手に殺すなよ。てか、少なくとも自分の心配をしろよ」
「あたしは大丈夫だもん! シナバーこそ、そんなちっこい剣じゃ狩りなんて無理よ。大人のハンターは、みんな魔法で狩りをするの。知らないの?」
「知ってるよ。だから、代わりに知恵を絞って、罠を仕掛けておいたんだ。よく見てみろ、イーダ。ツノシシの足元に何か見えないか?」
「うーん……ほんとだ、何かついてる。シナバー、あれ何?」
「くくり罠だよ。ツノシシの足を、蔦で括ってるんだ。これであのツノシシはあそこから動けない」
「なるほど! そこをあたしが魔法で仕留めるってわけね。シナバー頭いい!」
「いや、ほんとは俺が仕留める予定だったんだけど……まあ、せっかくイーダがいるんだし、いいよ。魔法使っても」
「やった! シナバー大好き!」
イーダは小さく跳ねて喜んだ。
イーダは村ではあまり魔法を使わない。魔法は好きだが、まだ未熟な彼女にとっては繊細な扱いが難しいのだ。
だから、村の中では積極的に魔法は使わず、いつもはイメージを頭で作るぐらいにとどめているらしい。
ちゃんと魔法を使うのは、俺に新作を見せにくるときぐらいのものだろう。
だから思い切り魔法を使えるのは嬉しいらしい。
「見てなさい。お礼にとっておきの新作を使ってあげる」
言いながら、イーダはツノシシの正面に立つ。
「んーと、風と火をこうして……【バーン・バースト】ッ!」
魔法のイメージを固め、発動する。
発言から察するに、おそらく火と風の複合魔法。
それをほとんど詠唱もせずに行使できるのは、イーダの才能ゆえだろう。
感心しているうちに、ツノシシを中心に風と炎が渦を描きながら流れ込んでいく。
そのままツノシシの顎の下あたりの一点に集中すると、次の瞬間爆発した。
「おほほほほ! どう? すごいでしょシナバー! 褒めて褒めて」
「すごいよ、確かにすごいけど、あんな魔法使ってせっかくの罠が——」
——吹き飛んだらどうするんだ。
と言おうとして、その声が、別の獰猛な叫び声によって掻き消された。
「グゥアァァァーッ!」
ビリビリと、地面を揺らすような声に思わず耳を塞ぐ。
見ると、爆風の向こう側で、怒り心頭に発すといった様子のツノシシが、上体を起こして唸りを上げていた。
「ちょっと、全然きいてないじゃない! なんで?」
「ツノシシの毛皮は火に強いからな。上手く捌けばそれなりの値がつく。それに、今の魔法で罠が吹き飛んじまったらしい。こっちに来るぞ!」
「うそ!? それってあたしたちピンチってこと!? どうしよう、シナバーが死んじゃう!」
「だから、まず自分の心配をしろって。イーダ、とりあえず俺の後ろに下がってろ」
「う、うん!」
イーダを庇うようにして立ち、腰に下げていた短剣を抜いて構える。
正面にいるツノシシが、前足で地面を蹴り始めた。
突進の前にする動作だ。
剣を構えて、真正面から受け止める用意をする。
普通ならこの突進を避けて後ろから攻撃するが、今はイーダを庇っている。避けるわけにはいかない。
——来る。
そう感じた刹那、ツノシシが俺めがけて突進してきた。
ご丁寧に角を正面に構えている。俺を串刺しにするつもりらしい。
「——ッ!」
うまくタイミングを合わせて、その角を上に弾く。
ツノシシが再度、角で刺してこようとする。
今度は弾けず、受け止める形になる。
「イノシシと鍔迫り合いかよ」
モンスター、それも四足獣の角を剣をかちあって、鍔迫り合いというのが正しいのかは変わらないが、とにかく俺たちは正面からぶつかり合う形になった。
こうなると力押しの勝負だ。どうやっても俺の方が不利。
「ってワケでもないんだよな、これが!」
言いながら、俺はゆっくりとツノシシの角を上にずらしていく。
「どりゃッ!」
一気に力を加えて角を弾くと、一瞬ツノシシの前足が浮いて、小柄な俺が懐に入り込めるだけの隙ができる。
俺はすかさずツノシシの懐に潜り込んで、そして——
「これで、終わりッ!」
そこからツノシシ心臓——魔石のある部分に剣を突き刺した。
瞬間、ガラスが砕けるような高い音がする。魔石が砕ける音だ。魔石がなければ、モンスターは生きていけない。
ツノシシも例に漏れず、そこで完全に動きが止まる。
そして、そのまま俺を押し潰すように地面にどしんと音を立てて倒れた。
「うぐっ、重っ! イーダ、出るの手伝ってくれ!」
「大変だわ! シナバーが死んじゃう! 待ってて、今助けるから!」
「だから死なないって! でも、このままだとやばいから、なるべく早く助けて!」
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