第1話 森の子と七光り

「じゃ、行ってきまーす!」


 言いながら、俺は玄関扉を開けて外へと駆け出した。

 

「シナバー、森に入るならくれぐれも気をつけてね! 夕飯までに帰るのよ!」

「わかってるって」


 後ろからお袋の声が聞こえたので、振り返らずに、いつものように返事をする。


 俺——シナバー・ブラウンは、つい先週七つになったばかりの、ありふれた田舎の村の子供だ。少なくとも、表面上は。


「おお、シナバー。また森に入るのか。気をつけるんだぞ!」

「わかってるよ、アンソンおじさん」


 村から近くの森に向かう道中で、狩りから帰ってきたアンソンおじさんとすれ違う。

 

 おじさんは一人で村に戻ってきたようで、でかい猪みたいな生き物——モンスターの死体を担いでいる。


 あの日、俺は謎の施設で赤子として目覚め、程なくして生みの親(おそらく本当の意味での肉親ではない)に河に捨てられてしまった。


 桃太郎よろしく、どんぶらこどんぶらこと河を流れる俺を、今の両親が拾ってくれて、今も育ててくれている。


 二人と、優しい村の人たちに囲まれて、俺はこの村で今日までの7年間を過ごしてきた。


 ただ、俺はそんな優しい彼らに、二つ隠し事をしている。


 一つは、俺の、というよりこの体の生まれのことだ。


 俺はただの捨て子じゃない。詳しくは俺自身もよくわからないが、それでも、当時のことを思い返す限りでは、俺は何かの実験の産物。それも失敗作らしい。


 俺を捨てた奴らの話では、あのあと回収にくるようなことを言っていたが、いまだに奴らの仲間が俺の元に来たことはない。


 どうやら、俺は奴らに回収される前に両親に拾われたらしい。


 奴らが俺を見失ったのか、あるいは計画そのものがお蔵入りになったのかは、俺にもわからない。


 もう一つは、俺の、俺自身の生まれに関することだ。


 俺には前世の、というより、日本で社会人として暮らしていたときの記憶がある。


 前世、といってしまうとまるで俺が日本では既に死んでしまったかのように聞こえるかもしれないが、そういうことではない。いや、生きているのか、死んでいるのか、それすらわからないのだ。

 

 ともかく、俺の中には便宜上、前世と言って差し支えない人生経験が残っているのだ。


 俗にいう、異世界転生というやつなのだと思う。


 こんな風に自分の状況を俯瞰で見ると、我ながら落ち着きすぎじゃないかと思ったりするが、そりゃあ俺だって、最初のうちは絶望したり、自暴自棄になったりもしたのだ。


 ただ、どれだけ暴れたところで、悲しいかな、肉体の方が生まれたての赤子なのだ。


 誰も俺のことを変だとも思わなければ、ましてや精神を病んでしまったのかなどと心配してくれるやつなんているはずがない。


 そうして、この世界の言葉を覚える頃には、俺はある程度自分の状況を受け入れてしまっていた。


 俺はこの二つを、両親に対して、ひいてはこの世界に対して秘密に、ひた隠しにしていた。


 結局のところ、俺は肉体的にも精神的にも、両親の、この村の子供とは言い難かった。

 

 そんな引け目もあって、いつしか俺は近くの森で一日を過ごすのが当たり前になっていた。

 

 幸い、うちは親父がハンターをやっていることもあって、その子供が森に入り浸ることを誰も咎めなかった。

 

 たった一人を除いて。


「ちょっとシナバー、あんたまた森に入るつもり?」


 噂をすれば、何だったか——などと思いながら振り返ると、村の入り口の方で仁王立ちしている少女が目に入る。


 肩口あたりまである金髪をツインテールにし、気の強そうな吊り目気味の瞳でこちらを見ている。


 上背は俺と同じくらいか、少し大きいくらい。


「……イーダか。そうだよ、今から森に入るところだ」

「また!? この前怪我して帰ってきたばっかりじゃない。ダメ、行っちゃダメ!」


 子供らしい高い声と、少し舌足らずな発音で俺を叱る少女。


 名前はイーダ。同じ村の子供で俺と同い年の七歳だ。端的にいってしまえば、こっちの世界での幼馴染ということになる。


「大丈夫だって、そんなに大きな怪我じゃなかったし。それにほら、剣も持ってくしさ」


 そう言って、俺は腰に下げている短剣の柄を握ってみせた。


 七歳の誕生日に親父から貰ったものだ。


 子供用の刃渡りの短いものだが、それでもちゃんと物を切れる。護身用には十分だ。


「剣なんて対して役に立たないわよ。シナバーは魔法も使えないし……それにあたし、シナバーを頼むって、おばさんに言われてるんだから!」

「魔法ぐらい使えなくたって何とかなるって。それじゃ、俺もう行くから」

「ま、待って!」


 歩き出そうとして、またイーダに呼び止められる。


「あたしも一緒に行く。シナバー一人じゃ心配だもん。それにあたし、七光りだから!」

「ふーん、足引っ張るなよ」

「そんなことしないわよ! レディに向かって失礼だわ」

「どこで覚えたんだよ、そんな言葉」

「この間おばさんが言ってた!」

「お袋も余計なことを……」


***


 森までの道を歩きながら、俺はイーダの言葉を思い出していた。

 

 イーダは自分のことを七光りだと言った。たが、別にイーダの親が特別偉い人、というわけではない。


 七光りというのは、文字通り、七色に光ったから七光りなのだ。


 一月ほど前になるだろうか。


 俺とイーダが七歳になって、街の教会で魔法適性の検査をしたのだ。


 水晶玉に何か液体をかけてそれに触る。そうすることで、触れた者の魔法適性に応じて水晶が光るのだ。


 その検査で、水晶玉を七色に光らせた天才少女がイーダだった。


 というのも、魔法の適性はほとんどの人が2つか3つの属性しか持たず、多くても五属性くらいのものらしい。


 それを7つの属性に適性を示したのだから、イーダは魔法においては天才だったのだ。


 まあ、思えば昔から妙に魔法の扱いがうまかったし、時折見たことのない複合魔法を「新作が出来たわ」といって見せてくれたりもした。


 ちなみに、俺の方はまるでダメだった。一度経験があったので何となくわかってはいたのだが、やっぱり、水晶はこれっぽっちも光らなかった。


 おかげで、今年の教会はてんやわんやだったらしい。


 何せ、七つの属性を操れる少女と、ただの一つも操れない少年。過去に類を見ない事案が二つも転がり混んできたのだ。大騒ぎにもなる。


「……かわいそうに。骨は拾ってやるからな」

「何言ってるの?」


 思わず前世の職場の繁忙期を思い出して同情してしまった。

 

「何でもない。それより、この先が目的地なんだ。はぐれるなよ」

「シナバーこそ気をつけなさいよ。もしはぐれたら大声で泣いて場所を知らせてね? わかった?」

「はいはい、気に止めておくよ」

「はいは一回!」

「はーい」


 そうして、俺たちは森に入っていった。


 

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