賢者になり損なった俺、かわりに剣の道を往く

座敷アラジン

プロローグ

 目を開けると、SF映画に出てきそうなガラスポッドの中にいた。


 目を閉じるまでは、俺は確かにベッドの中にいて、たとえ俺の寝相がどれだけ悪くたってこんな場所にいるはずがない。


 まだ寝ぼけているだろう頭で、そんなことを考えていると、意識がはっきりしてくるにつれて体全体が浮遊感に包まれているのを感じた。


 どうやら、ポッド内部は液体で満たされているらしい。


 だというのに、苦しくはない。不思議な感覚に包まれていると、ポッドの外からくぐもった声が近づいてくる。


「こちらです。今し方、賢者の石の転生体が覚醒しました! すぐにご確認を!」

「ようやくだな。これで計画の遅れを取り戻せる」


 声は段々と近づいてきて、やがてポッドの前で止まった。


 声の主は二人。一人は若い女性のようで、もう一人は男性だ。それなりの年齢のように感じられる。


 ポッドのガラスが歪んでいるせいか、向こう側がうまく見えない。


 近づいてきた男女の話し声だけをただ聞いていると、やがてポッドが開いた。二人のうちどちらかが開けたのだろう。


 ガラス扉が開いて、ポッド内を満たしていた液体が流れ、俺だけが取り残された形になってから、やっと外の景色が見えてきた。


 薄暗い部屋の中には、見たこともないような置物? 機械? のようなものが散見されるのと、あとは先ほどの声の主であろう男女。


 男の方は少し白髪が混じった初老の男性で、その割に体つきはたくましい。随分と鍛えているのだろう。


 女の方は、ローブのようなものに身を包んでいて、フードまで被っているせいで顔も髪型もわからない。ただ、体つきから女性であろうということはわかった。

 

 少しすると男の方が俺に近づいてくる。


 やがて俺の顔を覗き込むように、男は上体を屈める。


 その姿が妙に大きい。三メートルぐらいあるんじゃないだろうか。


「錬成機の外に出ても異常はないな。おい、すぐに試薬の用意をしろ! 魔法適性を検査する」


 そういって、男は俺を抱き抱えた。


 おい、やめろ——と、言おうとするが、うまく声が出せない。


 呂律が回らず、意味のない叫び声だけが室内に響いた。


「うぅえぇぇーん! おんぎゃあー!」


 自分の声とは思えない程に高く、そして幼い声。


 そこでようやく、俺は今の自分の状態を認識した。


 ——幼いのだ。何もかもが。


 声だけではない。身長も、手足も赤子のように小さくなっていた。

 

 いや、“ように”ではない。実際に赤子になっているのだろう。それで、俺のことをつまらなそうに抱き抱えているこの初老の男が、妙に大きく見えたのも説明がつく。


 俺が信じがたい状況に愕然としていると、男がまた低い声で言った。


「正常に産声を上げたと思ったが、すぐに泣き止んでしまった。おい、どうすればいい?」

「知らないですよそんなの! こっちはまともな休暇もないせいで、婚期逃してるんですからね! これが終わったら、特別賞与は弾んでもらいますからね」


 ローブの女は、言いながら何か用意すると、一本の試験管と水晶玉を持ってきた。


 試験管の中には何か液体が入っており、女はそれを水晶玉にかける。


「これで、あとはこの魔石に触れれば適性のある魔法の色に光るはずです。伝承通りなら、おそらく白銀に」


 女が俺の方に水晶を近づけてきたので、言われるがまま水晶に触れてやった。


 我ながら、できた赤子だと思う。何の話をしてるのかさっぱりわからないけど。


「……光らんぞ」


 俺が手をおいた水晶は、これっぽっちも、何色にも光らなかった。白銀はどうした、白銀は。


「えっ、嘘? そんなはず……光らないなんて、そんなこと平民だってありえないのに」


 その後も女は困惑しながら、試薬を変えたり、水晶を取り替えたりしながら何度も俺に触らせたが、水晶は相変わらず何の反応も示さなかった。

 

 まあ当然といえば当然だ。ただの水晶玉だし。


「……失敗です。この錬成体には、魔法適性が……ありません」

「なんということだ……。やっと生命の安定にまでこぎつけたというのに」


 人のこと見て正面切って失敗だとか何だとか、失礼じゃないだろうか。


 というか、本気で誰かこの状況を説明して欲しい。早く家に返して欲しい。


 そんな俺の訴えも、全て赤ん坊の泣き声になって消えてしまう。


 俺がひとしきり泣き叫ぶと、やがて初老の男が口を開いた。


「…‥計画は失敗だ。この赤子の肉体をさっさと溶かして、賢者の石を摘出して再錬成しろ」


 男はそう言うと、俺をローブの女に渡して空になったポッドに腰掛けた。


 溶かすってどういことだろう。もしかしなくても、俺の体が溶かされるんだろうか。ちょっと待って欲しい。なんて命令するんだこのジジイ。


 俺が必死の抵抗として、大声で泣き叫んでいると、部屋の中にローブを着込んだ男が駆け込んできた。


「大変です! 主教様!」

「何事だ、騒々しい」

「軍が……騎士隊がこの施設を制圧しに! 既に施設内部の制圧を始めています。ここもじきに奴らが来ます。大至急お逃げを!」

「なっ、制圧だと!? 宮廷の古狸どもには大量に握り込ませてやったというのに、あの役立たずどもが!」

「ああもう! このクソガキ、こんな時に大声だして泣いてんじゃないわよ! 静かにしなさい」

「……裏の脱出路を使って郊外に出るぞ。お前は時間稼ぎをしろ。ウィッカ、ついて来い。脱出する」

「御意」


 ローブの男が来た道を戻っていく。


「脱出って、このガキはどうするのよ! 設備がないと石は取り出せないし、一緒に逃げたんじゃ軍をまけないわ!」


 男はしばらく考え込んで、


「ここを出てすぐの河に、なるべく暖かくして流せ。下流の教会施設で回収させる。この時期なら、運が良ければ生きているはずだ」

「運がよければって……賢者の石に傷でも付いたらどうするのよ!」

「煩い。嫌ならガキと一緒に捕まればいい」

「ちょっ、待ちなさいよ! ふざけんじゃないわよ!ジジイ!」


 そうして、男女と赤子は姿を消した。


 結局、俺は抵抗虚しく河に放流された。



 

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