第20話 審判の飴

 



「アンジュ!」


 一度見たら忘れようのないボリュームのある長いピンク色の髪を二つに束ねた少女が、口の中でころころと飴を転がしている。


「やっほ〜♪ ジンガくんの様子は……っと。な〜んだ、またハズレだったか〜」


「……ハズレ?」


 アンジュから不穏な雰囲気を感じとって、紫苑が後退りをする。


「まさか、アンジュは何があったのか知っているの?」


「ん? 失敗しちゃった子達のこと〜?」


 大して興味もないといった様子で、アンジュが身体を大きく傾けた。今はその無邪気な笑顔すら、アンジュの不気味さを際立たせていた。


「ジンガに何をしたの!?」


「別に? アンジュはな〜んにもしてないよ?」


「そんなの信じられるわけ……!」


「適性ない癖にポッピングキャンディをたっくさん食べたんでしょ? そんなの、あーなちゃうに決まってるじゃん♪」


「ポッピングキャンディがなんで……」


 そこまで言いかけて、紫苑は気がついた。

 元の世界でも若者をターゲットとした薬物は、お菓子のようなポップなパッケージで売られていたことを。


「あの飴の本当の名前は『審判ジャッジメントの飴キャンディ』っていうの♪ アンジュ達を幸せにしてくれる素敵な飴なんだよ♪」


 にっこりと微笑むアンジュの後ろから、藍色の長髪を後ろで束ねた眼鏡の男が現れた。


「アンジュ、喋りすぎです。ジンガが失敗作だったのなら、もうここに用はありません。さっさと行きますよ」


「紫苑ちゃん、ごめんね〜。アンジュ、もう行かなきゃなんだって! 紫苑ちゃんとはまた会える気がするな〜。じゃあ、またね♪」


「ねぇ、ちょっと待ってよ!」


 アンジュは一方的に話すと謎だけを残して、紫苑達へと背を向けた。


「あれ? その子も適性なかったんだね〜。残念♪」


 去り際にジンガの横のベットで意識を失ったままのフリージアを見ると、アンジュは不思議そうに人差し指を顎に当てた。


「フリージアが、何だって……?」


 ジェイドが慌ててフリージアの側へと駆け寄った。


「ジンガくんの首の後ろにも、その子の首の後ろにも痣が出来てるでしょ」


 アンジュに言われてフリージアの首の後ろを見ると、天秤のような模様の痣が浮かび上がっていた。


「それって適性がなかった人に出てくるんだよね〜。魔力が弱い人って、たった一個食べただけでも駄目なんだね。可哀想〜♪」


 意識のないフリージアに憐れんだ視線を送ると、藍色の髪の男に連れられて、アンジュはスキップをしながら保健室を後にした。


「くれぐれも追ってきたりしないで下さいね。貴方は腕が経つでしょうけど、ここで戦いになったら生徒達は生きていられませんよ。それに、私達を追う時間なんてないんじゃないですか? 痣の出来た生徒達のこと、早くしないと手遅れになりますよ」


 じりじりと牽制しあっていたエクレール先生に向かって、藍色の髪の男が忠告をした。

 この場で戦ってしまえば、全員を守りきることは出来ない。それが分かっているからこそ、迂闊には動けなかった。


「では、失礼しますね」


 恭しくお辞儀をすると、男とアンジュは黒い霧のようなゲートの中へと消えていった。


「エクレール先生! このままじゃフリージアが……!」


 フリージアの目が覚めないのは、暴走に巻き込まれて気を失っていたせいではなかった。

 紫苑の顔に焦りが滲む。


「……俺が、俺の分の飴もあげたりしたから……」


「そんなこと知らなかったんだから、ジェイドのせいじゃないでしょ! 今は落ち込んでる場合じゃないよ、一刻も早くフリージアを助ける方法を考えなくちゃ……!」


 紫苑の問いかけに何やら考え込むと、神妙な面持ちでエクレール先生が言った。


「……あの国なら。……魔法を研究しているあの国に連れていけば、何かわかるかもしれない」


 紫苑とジェイドは藁にもすがる思いで、顔を見合わせると力強く頷いた。


「「行こう!」」


 助かる為の手がかりがない今、直接フリージアを検査してもらう他なかった。


 すぐにでも出発しようと焦る紫苑の服の裾をジンガがぐいっと引っ張った。


「……僕も、連れていけ。魔力の高い僕だから、あれだけ食べても意識があるんだろう。この身体も検査して貰えば少しは役に立つだろ……」


「……ジンガ」


「……勘違いするな。僕もこの身体をどうにかしたいだけだ」


 ジンガが気まずそうに顔を背けた。


「うん、それでいいよ。フリージアを助ける為に行こう! 探求者の国、シャルムに!」


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