【改稿前】第3話 三人の転生者
《
真っ赤な提灯が連なっており、高低差など構いもせずに所狭しと密集している建物の壁が、石造りの階段が、辺り一面怪しく照らされている。
「夜だってのに……ここは明るくて適わないな……」
「そりゃあ、ここは夜の街だからねぇ。毎日がお祭りみたいなもんさ」
「この国の連中ときたら、赤が好きだよな。幸福の象徴、だっけ?」
「この色は王家の権威の証でもあるのさ。こんな所にも、王家の目は光っているぞ、って威嚇してんだろうねぇ」
そう言うと、妖艶に着物を着崩した女は、煙管をくゆらせて、外にある看板を指さした。
「アンタなら知ってんだろう? あの虎の紋章が入ってる店は、王家のお墨付き……なんて噂もさ。ねぇ、フジの旦那?」
フジと呼ばれた男は、煙草のカスをトントンと灰皿へ落とすと、何でもなさそうに生憎だけど知らないねぇ、と言うと肩を竦めてみせた。
緩やかに毛先がくるくると巻かれている灰色がかった栗色の髪に、伏し目がちな赤色の鋭い瞳が、やる気のなさそうに煙草を吸う姿とあまりにアンバランスで、男をより一層気だるそうに見せるのだろう。
「商人に、遊郭。闇市場に裏取引。ここの奴らにとっちゃ、情報なんて形のないもんでさえ、飯のタネになっちまうのさ」
「そんなこと言ってるアンタがここら辺で一番、情報を扱うのが上手いらしいじゃないか」
ずずいと近寄り、指を絡ませてくる熱っぽい女の視線をぬらりくらりと躱すと、フジはおもむろに立ち上がった。
今日は新しい情報は無いみたいだな、と帰ろうとするフジに、遊女は小さくため息を吐いた。
「
(――心にもないことを……)
このやり取りが楽しくて仕方ないという女の視線を適当にあしらって、儀式のようにいつも通りの会話を繰り返す。
「アンタは最高の女だよ……」
髪を掬ってそっと口づけを落とすと、また来ると言って、こちらも振り返らずにひらひらと手を振って、フジは人混みへと消えていった。
「――アンタって、ホント。煙みたいに掴み所のない人だね」
◇ ◇ ◇
《探求者の国 シャルム》
しんしんと振り続ける雪が、街中に見えている機械の歯車を覆い隠そうとしている。
石造りの塔が幾つも建てられており、要塞のような高い壁の上を飛空挺が飛んでいるのに、騒音などは聞こえない。
魔法によって機械による騒音問題を解決しているのだろうが、まるで雪が世界から音を消しているようだ。
「――この世界の魔法は、いつ見ても美しいな……」
難しそうな本やフラスコ、謎の数式と魔法陣のようなものが書かれている黒板に囲まれた研究室の窓際で、イオン・ククリは佇んでいた。
本を片手に外を見つめているイオンの姿は、傍から見るとその容姿もあって完成された芸術品のように絵になっている。
「イオン。体調は大丈夫か?」
プラチナブロンドの肩につくつらいの透き通る髪に、エメラルドの宝石のような瞳。
いつも自分を心配してくれるその声の主に気づくと、その瞳が薄く細められて優しく微笑んだ。
その表情は消えてしまいそうなほど儚くて、まるで王子様のようだと噂になる程だった。
「ありがとう、ネージュ。おかげで随分調子はいいよ」
ネージュと呼ばれた女性は、この国でも一際美しい白い髪を短く整えており、碧い瞳は星空のように輝いている。
黒のタートルネックから覗く肌は雪のように白く、白衣を身に纏う姿はどこか冷たい印象を与える。
「それならよかった。今日は特に冷えると聞いたから……くれぐれも用心はしてくれ。君は長い眠りから目覚めたばかりなのだから」
「ふふっ、ネージュは大袈裟だね。目が覚めてから五年も経ったんだよ? もう大丈夫だよ」
「そんな訳ないだろう。君は何年かも分からない長い時間、植物状態だったんだ。どこに不調が隠れているかわからない」
「それでも……。僕に何かがあったら何とかしてくれるんでしょう? ネージュ先生」
イオンはいたずらっ子のように、にこりと微笑んでみせた。
「私以外の女性がいたら、悲鳴が上がっているところだよ」
「ネージュは僕の見た目になんて興味無いでしょう? 君のそういう所、僕は好きだよ」
「私は君のそういう所が苦手だよ」
(こんな軽口の冗談でも嫌いだ、と言えない所が優しくて好きなんだけどな――)
「冗談は置いておいて、記憶の方はどうなんだ?」
「んー……ここで研究させて貰えてるけど、この世界の事も、魔法の事もまだまだ分からない事ばかりだよ」
「思い出せるといいな……。分からない事ばかりといいながらも、君のその頭脳は天才としかいいようがない。たった五年で常識で有り得ない論文を幾つも書き上げたのだから」
ネージュに深く伝えている訳では無いが、記憶喪失という訳では無い。
ただ、この世界と魔法の知識が無いだけなのだから。
それでも、イオンにとって知らないことや初めて見るもので溢れているこの世界は楽しくて仕方がなかった。
「分からないことは調べないとね」
そう言うと、イオンはプレゼントを貰った子供のように、無邪気に微笑んだ。
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