第2話 水中都市エストラル
「すごいすごい! 何これ! 水の中に街がある!」
紫苑は窓へと駆け寄ると、夢中で窓の外の世界に意識を向けた。
水中に建てられている街灯も特殊な物なのか、辺りを包み込むように照らしており、水の中とは思えない程に明るく遠くまで見える。
水中を歩いている人は居ないようだが、よく見ると透明の筒が家と家を繋いで道のようになっていた。
「ねぇ、セバスチャン! あの透明な筒はどこまで繋がってるの? どこへでも行けるの?」
「あちらや……そちらにも、同じ大きな建物が見えますか? 個人の家の間には、エントランスと呼ばれる大きな建物が用意されておりますので、エントランスより公共施設へ移動するのですよ」
「なるほど、地下道みたいなものって事ね」
個人の家が繋がっていたら困るもんね、と紫苑はふむふむと納得したように頷いた。
「あれって人魚!?」
驚いて遠くの方を指で指す紫苑に、セバスチャンはくすりと微笑んだ。
色鮮やかな魚とくるくると泳いでいるのは、おとぎ話で読んだような人魚の尾びれに、ひらひらとドレスのような服を着た少女だった。
「あれは、簡単に説明させて頂くと、『人魚になる魔法』ですね。足を魚の尾びれに変えて、首に簡易的なエラを出現させる、変身魔法の応用ですね。若い方の間で流行しているようですよ」
興味があるようなら是非やってみるといいですよ、とセバスチャンはつけたした。
「…………本当に、魔法の国なんだ……」
見えるもの全てが壮大なファンタジーで、見た事ないくらい美しい景色が広がっていて、言葉を失ってしまう。
「水中都市エストラルはその名の通り、海の中に広がる国なのです。あそこに陸が見えるでしょう? あれは『瑞穂の国 オルテンシア』と言って、紫陽花が国花の美しい国なんですよ」
一番近い国というのがその国のようで、陸に上がれば、四つの国がそれぞれの文化を育んでおり、全ての国はエストラルにあるゲートで繋がっている為、手続きさえすれば簡単に行き来出来るのだという。
「紫苑様は、この世界のことも、魔法のことも初めて見聞きするものばかりだと思いますので……まずは学校に通ってみてはいかがでしょうか」
学校、という聞き慣れた単語に拍子抜けしてしまう。
世界を救うだとか、予言だとか、もっと過激な旅をさせられるのかと思っていた。
思っていた事が顔に出ていたのだろうか。危険な事をさせるつもりはありませんよ、とセバスチャンに言われてしまった。
「でも、五つの国を簡単に行き来出来るなんて、この世界って結構平和なんじゃないの?」
「えぇ。
――まだ。
(――今が平和だからって、これから何が起こるか、誰にもわからないんだ……)
ぞくりと、訳も分からない恐怖で背筋が凍る。
「あの、セバスチャン達はその予言を信じているんだよね? この御屋敷って、何なの?」
「この御屋敷は約九百年前の旦那様が、紫苑様を保護する為に建てたのだと聞いております」
「九百年前から……」
「えぇ、その日がいつになるかは分かりませんでしたから、いつ、紫苑様が現れても大丈夫な様に備えていたのでしょう」
「その旦那様って、どんなの人なの?」
「この国の創設に深く関わっていた方だそうですよ。その立場があったからこそ、何者からも護れるよう、この御屋敷を用意出来たそうです」
(いつ現れるかわからないのに、それでも、
浮かれてる場合じゃないと、気を引き締める紫苑に、気負いすぎては何事も上手く行きませんよ、と言うと、セバスチャンはゆったりとした動作で紅茶の支度を始めた。
「一度、おやつの時間にしましょうか」
そう言って微笑むセバスチャンに、拍子抜けしてしまい、肩の力が抜けるのがわかった。
(――何も知らない世界で、出会えたのがこの人で良かったな……)
予言の救世主ではなく、目の前の紫苑を案じてくれるセバスチャンとの出会いに感謝して、紫苑はおやつのスコーンを頬張った。
「ゲホッ……ごめ、紅茶、もう一杯入れてくれる?」
「かしこまりました、紫苑様。スコーンは逃げませんので、ゆっくりとお食べになって下さいね」
どうしてだろう……。今はその優しさが、少し辛い。
スコーンを詰まらせた事、忘れてくれないかな、と紫苑は苦し紛れに話題を戻す。
「えっと、それで、学校だっけ? 私はどこに行けばいいの?」
「学園都市 ぺスカアプランドルでございます」
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