活キハ善ィ善ィ 惨


 麻袋の言う事は支離滅裂で信用ならん。しかしこの場所はどこか不可解だ。麻袋は何やら知っている風ではある。


 私は悩んだ挙げ句、麻袋を右手に携え石段をのぼることにした。


 背後の声も、もう抜き差しならない距離に迫っている。時間がない。


「旦那様旦那様……! 慈悲をありがとう御座います……無事に此処を抜け出せましたら、たんと御礼を差し上げます。奴等の責め苦に苛まれ、今はこんなナリですが、きつとお返しをさせて戴きますとも……!」


 何が御礼だ。馬鹿馬鹿しい。貴様なぞに何が出来る? 私の所望するものを、お前が持っているとでも?


 やけに重たい麻袋を、息を切らせて運びながら、私は嫌味を口にした。


 ざわざわと両脇の森の中に、蠢く気配が気味悪い。獣ならばいい。人ならばなお善ィ。


 しかしどうにも、そんなモノではないらしい。


 私は見た。


 女のシルエット

 指をぐじゅぐじゅと咥える女の影。


 その木の上には首の無い鴉。


 サッと目を逸らしてつま先を睨みつける。


 玉のような脂汗が、ジワジワ額に滲み出る。


「旦那様旦那様旦那様……首の無い輩の言葉を信用してはなりません……信用しないでくさい。きっとです……」


 私の恐れを見透かすように、麻袋が口を開いた。袋を被され何も見えないくせに腹立たしい。


 首の無い輩なぞ、あるものか……! そんな輩なぞ言われなくても信用してなるものか……!


「旦那様旦那様……それよりも、此処は何段目でしょうか? この石段は、ついさっきいたあの踊り場から、もしや九十一段目では御座いませんか……? それとも一〇八段目になりましょうか……?」


 馬鹿か!? いちいち数えているわけなかろう?


 それを聞いた麻袋が悲鳴にも似た叫びを上げた。


 それは鎮守の森に木霊して、そこに棲まう者共に知れ渡る。



「ご覧ください……ご覧ください……そこに祠があるはずです……どうかそちらに私を納めておくんなまし……ソレっきり、私の事などお忘れになって、一目散に社に向かってお駆けなさい……それで何とか間に合うはずですから……」


 見ると苔むした岩屋が一つ。ポッカリと口を開けて佇んでいた。


 先ほどまでは、断じてそんなモノは無かった筈だ。


 それが今や突然姿を現し、口を開いて待っている。


 何処からともなく、首なし鴉が舞い降りた。


 首なし鴉はぎゃあぎゃあと嗤いながら、あるはずの無い目を邪悪に歪めて嘲った。

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