現人神

上雲楽

境界

 山の中腹に直立している数本の大理石の柱はとっくに木々に埋もれているし、高架線を走る車窓から山を見ようとしても集合団地に阻まれている。だから街の方からも阻むものが多すぎて、山はほとんど見えないし、ミヤコも、記憶にある限り街を見ていない。街の存在を夜中の人工的な灯りで知っても、距離が遠すぎて生き物が在るのか感じられない。だからせめて、そびえる柱の間の土に横たわって、身体全体に虫を這わせ、蛇に噛ませて暮らしている。昔は、藁の寝床や欅の板間や新鮮な畳に寝そべって、眠り心地がよかったが、ミヤコの夢の記憶と、他の生き物や死に物の走馬灯の区別がつかない。もしかしたらミヤコは眠ったことがないのかもしれない。

 寝床は求めても、ミヤコに墓はいらない。ミヤコは、受精卵から胚になったり、胎児から幼児になったり、子どもから大人になったり、老人から死人にならない定めだと直観していた。三人目の巫女にミヤコと名付けられたときは例外的に、定めを一時忘れて嬉しかったが、所詮まやかしだった。いつからか知らないが、ミヤコのために、墓を作る計画が現代でも動き続けていると巫女は言っていた。どうせ永遠に実現しないのに無駄なことを、と半ば嘲笑していたが、現人神には豪壮な墓陵がなければならないという義務意識があるのかもしれない。あるいは、ミヤコが少し前、

「私もきっとそのうち朽ちますよ。新しくあなたの顔を覚えたり最初の巫女より前に会った人の顔を忘れたり、永遠に変化し続けていますから。まさに、私が永久不変の存在でない証拠でしょう」

 と巫女に言ったのを真に受けられたのかもしれない。その巫女はそれ以来、墓陵の話をせず、季節や恋心を詠って朽ちて、大理石とともに在る。

 酒も米もあって巫女との暮らしに不満はずっとなかったが、引っ越しは許されなかった。雨に濡れ、西日が痛く、山あるいは街全体からの腐敗臭にうんざりしながら、星占いしたり、木の皮を剥いだりしていた。二人目の巫女が山を切り開いて建立してくれたこの家は、おだやかな枯草の匂いと、別の山から持ってきてくれた大理石のひんやりした空気が気持ちよかった。次の巫女になって、枯草が土に還ったあとは、新鮮な欅で大きく立派な天井を作ってくれて、すぐに腐り落ちた。唯一朽ちなかった大理石の中では、ずっとアンモナイトとかの意志が犇めき、ミヤコの身体のことを、かつて動かせていた触手の一種だと同一視する。ミヤコから、「あなたは私ではありませんよ」と伝える手段はなく、辟易したが、そのような不愉快さにもすぐに慣れて忘れてしまった。

 誰かが作ってくれた、麓からミヤコの家までの石段も、すぐに風雨で壊れてしまい、ミヤコの在り処は巫女以外に簡単に忘れられたが、そもそも巫女以外、二度以上会う人などいなかったから、問題なかった。

 これまで十二人の巫女が、詠い、踊り、朽ちていった。十三人目の巫女も、これまでの巫女のように、今日も、深い皺と青ざめた顔を隠すように赤い顔料を塗って、舞いを行った。巫女の定めを知ってから延々と繰り返されてきたものだが、今や足を引きずって腕を平行に上げようと試みて諦め、呼吸が浅くなって膝をついて、単に自らの老いに絶望するために行われているものだった。巫女は肺炎と関節痛に苦しみながら舞いを続け、ミヤコは退屈だった。巫女も一緒に土に横たわるといいと言ったが、

「寝そべれば、もう一人では立ち上がれませんから」

 と舞いを続けた。

 けれどミヤコは、哀れんで、巫女にアンモナイトを撫でるように言った。死に物になって今の巫女も大理石の意志の一部になれば、もう肉体的に苦しまずに済む。巫女は撫でながら、

「あなたは大理石のように永遠で美しい」

 と呟いた。美辞麗句を並べる詠は聞き慣れていたので、横目で巫女を見るだけだったが、直後、

「私、もう舞う気持ちを保てません……助けて……」

 と弱々しく、しかし強い意志を持って言ったので、そろそろ巫女の代替わりかな、と思った。

 次に巫女を見た日、巫女は曲がっていた腰を逆方向に折ったように直立して立っていた。座りなさいと言っても、聞かなかった。巫女は、顔料をつけず薄桃色の肌色をして、白内障が治ったようにミヤコへ焦点を合わせてにこやかに、ゆっくり呼吸をして、全ての苦痛を忘れたような佇まいでいた。巫女は、十二人目の巫女と入れ替わるときの挨拶のような、入念なお辞儀をして再び前方に腰を折り曲げ、陳腐な言葉でミヤコへの感謝を詠った。ミヤコは不気味で、

「その身体、なんですか」

 と尋ねると、あまり表情を変えず、

「おかげさまで」

 と巫女は、子どものように走って大理石の柱の影に隠れた。すぐに追いかけたが、姿がない。目に見えないだけではなく、どこにも巫女の意志を感じることができなくなっていた。

 生き物が死に物になるのには慣れていたが、生き物が意志も残さず存在しなくなるのは初めての経験だった。大理石の柱を一つずつ確認し、手でべたべた触った。ミヤコは、巫女の名前が思い出せないので、

「あなた……どこ……」

 と叫びながら、大理石の柱を周回し、その周回軌道を拡げるように森にどんどん踏み入った。

「あなた……」

 声は、木のざわめきといくつかの種類の鳥の鳴き声と何か金属の擦れる音がひどくやかましく、かき消された。

 金属の擦れる音の向こうから、ガタガタとかすかに聞こえた。高架線を走る電車の音だと知っていた。

 ミヤコは枯れ木に掴まり、足場にし、乾燥した山肌から落下しないようにしながら、ずるずると麓に向かった。出口にするべき、鳥居の場所はもう忘れてしまった。枯草をかき分けて進み、木々のざわめきが落ち着いてきたころ、古びたアスファルトの道路が山を拒絶するように伸びているのが見えた。山と道路をガードレールが隔てていた。

 ガードレールに阻まれていても、アスファルトの上からは、土と違って、生き物や死に物がミヤコの意志と同一視しようとする引力が弱いのがわかった。心地よくなって、どの巫女から聞いたのかは忘れたが、大地の恵みに感謝する詠を真似した。でも、腐臭と同じような嫌悪感を覚えて、アスファルトを踏めない。道路は、山を囲うように螺旋状の坂になっている。山の向こうは木々にほとんど隠されているが、枝の隙間からクリーム色の建造物がチラチラと見えた。森よりも静かそうな場所だ、と思っていると、エンジン音が遠くから聞こえ、少し遅れてパトカーが、道路を曲がってきて、急ブレーキを踏んでミヤコの前に止まった。パトカーから制服の警官が二人出てきて、警察手帳を見せた。少しつり目で恰幅のいい方の男が、

「現人神がここに? そうか、やはりあなた、波多野さんをご存知なんですね。ご同行願います」 

 ミヤコが小首を傾げて鼻息を漏らすと、露骨に怒りの表情を浮かべた。もう片方の斜視で柔和な立ち方の男が、

「申し訳ありません、しかし、もしも神隠しなさったなら、現人神といえど、人の理の裁きから、免れられない。潔白なら、それを私たちに伝えてほしい」

 ミヤコはまたこれか、とため息をついた。

「波多野という方は存じ上げません。それに、私は、ほとんど神ではありませんよ。ただ永い間、死に物に、なかなかなれないだけの、人です。意志を隠したり消したりできませんし、するつもりもありません」

 斜視の男は微笑して、

「お伺いしているのは、波多野さんの居場所であって、意志の有無ではありませんが、それなら波多野さんの意志から在り処を感じることも容易ではないですか」

「私とそれ以外の物の意志の区別なんてほとんど無理ですよ。都合よく『現人神』などと崇めて利用しようとしても、道理は不変です」

 ミヤコが説明すると、警官は顔を見合わせ、車の後部座席に乗れと言った。窓越しに、車の前方と後部座席との間を阻む透明な板が見えた。ミヤコは、

「ドアも、この板も、私の侵入を阻む境界になっていますから、私はいられません」

 と言うと、ドアを半開きにした斜視の男が振り返り、

「なら、あなたの家に案内してもらえませんか。波多野さんは、きっとあなたのもとへ訪れる。だから私たちはここに来た」

 ミヤコは二人を招き入れるために、鳥居を探して、ガードレールをなぞって歩き続けた。しばらくして、恰幅のいい男が、鳥居なんて本当にあるのか、見たことも聞いたこともない、と言い出すので、ミヤコも面倒になって、

「なら、こちらからいらっしゃい」

 とガードレール越しに手招きした。斜視の男が、

「禁忌の境界に手続きを踏まず侵犯するのは、何か恐ろしい気がする」

 と恰幅のいい男に耳打ちし、

「誰が決めた禁忌だ、所詮道の有無じゃないか」

 と鼻で笑って、ガードレールを乗り越えた。斜視の男は数十秒呆然し、けっきょくミヤコについてきた。

 枯れ木の在り処を辿りながらぐねぐねと登っていると、二人は息を絶やしながら、

「どこへ向かっているんですか……」

 と膝に手をつきながら歩いていた。途中は足が痛い、腰が痛いと文句を言っていたが、しだいに何も話さなくなっていった。

 柱を見せて、最後に巫女を見たのはここです、と伝えると、

「私たちが聞きたいのは……巫女のことではなく、なんだっけ……私、何を、考えて、助けてほしくて、ここはどこ……?」

 ミヤコは見かねて、

「歩いて疲れたでしょう。このアンモナイトを撫でてください」

 恰幅のいい男はすぐに、当然の義務かのように大理石を撫でた。それを見た斜視の男も恐る恐る大理石に触れ、もっと渦をなぞって、とミヤコが言うと、引きつり笑いをしてそれに従った。

 二人は、しばらくしてから嘔吐した。不浄な異物を排泄して、ピュアな死に物に近づく予兆としてありふれた反応だった。

 十三人目の巫女が、

「あなたの意志は巨大すぎて、私たちの在り方はゼロみたいに感じます」

 と言っていたのを思い出した。

「一寸の虫にも五分の魂ですよ。大理石とアンモナイトの化石とあなたの肉体に、差はないから気にしないでください」

 と返事すると、巫女は嘔吐して胃液をぶちまけた。

 じきに二人とも身体が動かなくなって、普段通り、大理石に意志が吸着して、安心した。

 ミヤコも大理石に触れると、大理石の意志とミヤコの意志が同期されてきた。

「波多野さんは街に住む巫女の候補の七歳の子供で街の人々に崇められていたが、消えました。学校も公園も物置も川も探しました。私たちは山の現人神の墓に引きずり込まれ、境界を越えてしまって、帰ってこれなくなったと考えました。巫女はどこですか? 助けてください」

 ミヤコにはやはり知らないことだった。

「大理石に触れた十三人目の巫女があなたたちのように、意志が同一視されないのは、なぜか、わかりますか?」

「巫女はどこですか……巫女は……助けて……」

 大理石の意志がエコーしだしたので、交信を諦めた。大理石と同一視されていたこれまでの何人かの巫女の意志も、二人の意志に反応して、

「巫女は、助けて、私、どこ、誰……助けて……」

 と残響した。巫女についても波多野についても情報がなく、探しようがなかったが、少なくとも波多野は街にいて、消えてからはミヤコと会う可能性があったらしい。山から見えない高架線の向こうにいるのかもしれない。

 ミヤコはまた山から下りた。高架線の音は届かないが、腐臭が強くて意志が薄い方向に向かえばいい。麓に近づくにつれて、地中の、甲虫や蜥蜴や野犬の死骸と、ミヤコの意志の違いが段々明確になってきて、アスファルトが近いことを教えてくれた。

 ガードレールと、その向こうにさっきのパトカーが見えた。同じ場所に出るなんて、何かの意志に導かれているようで不気味だった。

 再びガードレールに沿って山を歩いている。道路は厳密に均されておらず歪な坂を作って、ひび割れ、白線は消えかけて、半ば廃道だった。しかし、ガードレールは見渡す限り風雨による汚れもなく、錆もない白さを保っていた。

 直線的に並んでいたガードレールが山道の螺旋に沿って左に曲がるが、そのまま直進すると左の視界を覆っていた木々が邪魔にならなくなって、ミヤコから見ての左下の方に、集合団地が整然と樹立しているのが見えた。どの棟も、外壁にひびが入り、太陽が棟を傷めつけ黄ばんで劣化し、一番東側の棟を生け贄にするように、それより西側の棟は影に埋もれていた。遠目だが、集合団地の中を歩いている人はおらず、各々の部屋に備え付けられた錆びついたベランダに、一枚も洗濯物がなかった。薄汚いコンクリートを見て、

「あなたは大理石のように永遠で美しい」

 と言われた意味がわかった気がした。

 ガードレールを乗り越え、アスファルトを踏みたい衝動と恐怖で、じっと集合団地を眺めていると、一番東の棟の、太陽が当たっていない側の、四階の、こちらから見て手前から三番目の部屋のベランダの窓が、一瞬開いて、手がぱっと伸び――おそらく虫かなんかを捨てたらしい――すぐに引っ込み、窓も閉じられた。どうして、部屋の中に虫がいてはいけないのか、聞かなければならない、それが義務だと確信して、ミヤコはガードレールを乗り越えた。アスファルトの上は、生き物も死に物の意志もなくあまりに静かで、山のように、鳥の鳴き声と地中の怨嗟が混じりあう不快さがなくて、案外気楽だった。

 集合団地に辿り着くまで、誰とも会わず安心していた。道なりに進むと、ちょうど集合団地の中央の入口に行き着いた。道と集合団地の境界に何かの地図の立て看板があったが、赤い塗料で書かれていたであろう部分は劣化して消えてしまい、意図のわからない半端な線分がいくつか配置されているだけだった。集合団地の内部は、擬態して身を潜めるように薄暗く、ミヤコの家か墓陵みたいで親近感があった。

 ミヤコは一番東の棟に入って、エレベーターのボタンを押したが、ずっと来ないので、落ち葉や砂ぼこりやコンクリート片で汚れている階段を上がった。

 四〇三号室、ここだな、とインターホンを押すが、何の音もしない。鉄の扉に阻まれて、鳴っているのにこちらから聞こえないだけなのかもしれないと思ったが、向こうからの反応もないので、カチカチと何度かインターホンを押したあと、扉を叩いた。

 扉越しに声が聞こえた。女の声だった。

「見たんですね」

 ミヤコは嬉しさを抑えるように、

「どうして、捨てたんですか」

「生き物があるのは苦しい。波多野さんも、蜘蛛も、あなたの声は、生命が、意志が多すぎる……。苦しい……助けて……」

「どうして、死にたくならないんですか」

「知っているでしょう。部屋に蜘蛛が巣食うなんて、墓所で永遠に意志を発し続けるなんて、拷問じゃない。いや、違うわね、あなたの声が、私を消してくれている……。もしかして、助けてくれるの? あなた……私は……どこですか……」

 女の声が聞こえなくなって、ミヤコは扉をまた何度も叩いた。ドアノブを回してみると、鍵はかかってなかった。

 玄関に、初老の女が直立していた。最後に見たときの十三人目の巫女のように。女の肩越しに見える部屋の内部は明かりもなくほとんど真っ暗だったが、ダイニングテーブルが置かれているのだけは見えた。

 女に話しかけようとしたが、女から意志を感じないことに気がついて、口ごもった。森ではありえないことだった。ミヤコは女の肩を掴もうとした。延々と続いてきた、地面に横たわって、虫を這わせ、蛇に噛ませる日々が、壊れているかもしれないと考えたくなかった。だけど、掴もうとした肩はもう見えなくなって、女の立ち姿も、もう朧げになって、その虚ろな記憶と連動したように、女の身体も、意志と同じように感じられなくなった。

 ミヤコは怖くなって、部屋から逃げ出した。エレベーターのボタンを何度も押すがやはり来ない。階段を駆け下りて、一度転びそうになりながら、棟から、集合団地から出た。太陽は南東の方向に変わって、集合団地に落とす影の位置も変わっているはずなのに、依然としてどこも暗く、誰の意志も感じない。こんなの、森じゃない、太陽も死に物もなくて、気持ちが悪く、何かを誤魔化すようにミヤコは走った。集合団地の外も、どこまでもアスファルトが伸びていた。どちらの方向にも意志がなくて、どこへ行けばいいのかわからなかった。

 息を乱しながらがむしゃらに走っていると、遠くで、ガタガタと音が聞こえた。音の方角に、高架線があった。ミヤコは定められているように、そちらへ向かっていた。

 高架線の手前は、けばけばしい色の古びた看板を掲げた雑居ビルが乱立して、スナックや、居酒屋や、ハンバーガー屋やマッサージ屋などが、ごちゃごちゃと身を寄せていた。

 ミヤコがそこに辿り着いたころには、土地の猥雑さを否定するように、誰の意志も感じなかった。ハンバーガー屋に入ろうとしたが、自動ドアが反応しない。ガラス越しに、店員も、客もいない店内を見るだけだった。食べかけのハンバーガーがいくつか、テーブルに落ちていた。

 ミヤコは太陽の当たらない路地に入ることを避けて、高架線の手前の店を眺め続けていた。紳士服屋、カラオケボックス、コンビニエンスストア、リサイクルショップ……。

 ちょうど高架線の真下まで歩き続けて十字路に行き当たり、電車の音がした。見上げるが、電車の音はミヤコがいることと無関係に、遠ざかった。

 そのとき、森のような強い意志の引力を前方から感じた。

 高架線を挟んで、少し遠くに、低学年くらいの少女がぽつんと立っていた。直立せず、恥ずかしそうに指をもぞもぞさせて、大理石のように、ミヤコを見ていた。少女は照れ笑いをしながら少し大声で言った。

「あなたが現人神ですよね? 必ず会えると思いたかった……」

 ミヤコは、戸惑いを隠せず、

「誰……? どこ……?」

 聞こえないかもしれないと考える余裕もないまま、呟いた。少女はまた大声で、

「私、巫女になる定めなんです。あなたの知っている人と同じなんだと思います。でも、どんどん私と生き物と死に物が区別つかなくなってきて、みんなも、私が在ることと無いことの区別がつかなくなってきて、街や墓場に満ちていたみんなの意志がどんどん消えていってしまって、私、怖い……」

 ミヤコは、少女に同一視して、すべてを理解した。

「私、考えないようにしていたけれど、本当は私たち以外、ゼロに近かったんですね。生き物も死に物も、みんな私たちの巨大な意志と同一視して、自らが在ることをやめてしまった……。あなたが波多野さんですね?」

 少女は頷き、すがるような声で、

「あなたは、人で、巫女で、神様なんですよね。私、そうなるのもそれに仕えるのも、永遠にひとりぼっちになるのが、怖い……助けて……」

「ずっと、私には何もないと思っていました。私は大理石の模造品で、アンモナイトの失われた触手の一本に過ぎないんだって。でも、私たちの意志が影響を与え、アスファルトの上の人々が『私は在る』と考えることをやめさせられるなら、墓陵で意志を放ち続ける苦悶から、解放できるかもしれない。山と巫女しか今まで知らなかったから、気がつかなかった」

「でも、助けて……」

「助けるのは、私たちの方ですよ。一緒に行きましょう。みんな、助けを求めている。生きても死んでも在り続けてしまう『助けて』という意志を本当に助けられる」

 ミヤコは高架線を越えて、少女の手を握った。少し冷えているが、すぐにミヤコの熱が伝導した。ミヤコは、自らの、真の義務を理解できて、とても嬉しかった。ミヤコの墓陵を作りたかった人々の気持ちをようやく理解できた気がした。絶対的なものに殉じるのは、歓びだと知り、歓んだ。

 ミヤコは少女の手を取ってアスファルトの上を歩いている。悲鳴のような声が聞こえて、

「それは電線が風に揺れる音です」

 と少女は教えてくれた。

 誰のものでもない私だけの意志がアスファルトの上から見渡す限り広がり、嬉しい。

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現人神 上雲楽 @dasvir

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