異端食。ここに極まれり

 「ほぉ⋯⋯これがノアの言っとった例のものか?」

 「もう俺は、お前の虜だぜ」

 「お前はダルイから放置な」


 俺達は今、アリィの家のリビングにいる。 

 まぁ異世界の一般的な家だから、完璧な調理道具なんぞある訳もなく。 

 まぁもちろん? 俺は魔法鞄があるから全く問題の方はないのだが、匂いや、その噂から色々広まるのを阻止したい結果⋯⋯すっかり茶碗蒸しの虜になったアリィがウチで作れとなって現在に至る。


 まぁ秘密の家で秘密の事をするという秘密組織(臨時)だ。


 「ノア、やはりお前さんは料理人に向いておるようだな。その背中、まるで歴戦のようだ」

 「本当。宮廷料理人って言われても不思議じゃねぇよ」

 「本当? なら良かったよ」


 言いつつ、俺は今、マルチタスクの極みだ。

 魚を何匹も焼きながら味噌を準備し、具材を切っている。野菜はこの世界だとそこまで高価って訳でもないが、時期による。

 

 高くても日本の価格よりは圧倒的に安い。

 価値にするとかなり難しいが。


 魔法鞄から、一晩寝かせておいた大量の出汁を取り出して沸かせる。

 ん〜、故郷の匂いだ。


 「おぉ⋯⋯これはあの時の匂いだな」

 「ええ。今から二人の食生活に多大な影響を及ぼすと思うぜ」

 「それは楽しみだ。今やノア以上の料理を食べた事がある者はいない訳だからな」


 あれからまだ時間が経過していないが、既に俺を貴族レベルの料理人として勘違いしている。 

 まぁこの世界が魔法やそっちで成長している世界だから、発酵や料理の進歩がまるでないというのも大きい。

 それに中央集権が続いている以上、平民と貴族で分かれていれば平民がそうやって色々なことに挑戦できる事すらないわけだから、やっぱりそういう意味だと厳しいのかな。


 こちらとしては、力ある者がこうして楽に過ごせるというのは大変有り難い事ではある。

 あくまで今の俺は、だが。これで弱かったりなんかしたら、溜まったものではない。


 「すでに良い匂いが充満しておる」


 後ろで何やら言っているが、いよいよ最後だ。


 大豆と分かりゃ、豆腐も作れた。

 何回か試行錯誤しながら豆腐に行き着いたが、昔の人はどれ程の労力をかけてきたかを考えると、尊敬しか思い付かない。


 焼き魚が出来たら二人の前に配膳して、邪魔にならない程度に鶏肉とだし巻き卵、そしてメインの味噌汁を並べる。

 具材は豆腐、キューという大根に近い物とネギや人参に当たるものなどを加えた地球よりも豊富なラインナップで揃えた一品だ。


 ⋯⋯本当はここにご飯があれば最高なのだが、まだ精米までは行ききっていない。

 とりあえずは味噌汁が飲みたかったので、計画の一部としては大成功だ。


 「「⋯⋯⋯⋯」」

 「とりあえずの所の味噌汁だ。まだ本当はこれに合う食べ物があるんだが、そっちは自信と制作が上手くいったらその時は呼ぶさ」


 二人は黙って仮の日本食を口に運んでいく。

 良い歳の二人が無言で涙を流す様子はこの間見たので感動は薄いのだが、やはりこの世界の住人からすれば、神の食事と言っても過言ではないレベルの美味さだろう。


 僅か3分程でおかわりコールがやってくる。

 何度もよそってやって満足するくらいまで食わせる。


 良い意味でゼェゼェと息を荒げながら食べていく様子は、一生懸命頑張る子供を見ているようでとても温かい光景だった。

 

 この世界ではこんな家庭が一体どれくらいあるのだろう? と、この温かな光景を見ていると、ふと思い出す。  

 取引した相手、仲の良い冒険者、従業員。彼らの多くは家庭環境が劣悪で、復讐という単語がいつまで尽きないような者ばかりだった。


 これを機に貧しい子供たちを使ってビジネスをする為にも、こうして色々試していく必要があるな。



 「戦争?」

 「あぁ。確かな筋からの情報だ」

 「おいおい⋯⋯またかよ」


 ここにいる3人全員、一応戦争経験者だ。

 俺は前線に行ってはいないが、ここ二人は一時的にでも出兵していて、戦争の地獄を知っている奴らだ。


 「どうせまたレンシアだろ?」

 「らしいね」

 「はぁ⋯⋯」


 レンシアは、言うならば帝国的な国色だ。

 一言でいえば、かなり武力に注力していて、王国と比べてもかなり強いのだが、食糧や固有の生産物があまりない。

 なので戦争によってメリットを多く受ける為に周辺各国によく仕掛ける大変迷惑な国なのだ。


 文句も言いたい所だが、実際彼らは強いので誰も文句を言えん。


 「これは素直に助かる情報だな⋯⋯この借りは高く付きそうだ」

 「じゃあ今度色々依頼しちゃおうかな」


 情報をいち早く知っておく事で、食糧や武器の予備やメンテが済むのはデカイ。それにパーティーメンバーも周知出来るのは利点でしかない。

 

 「この街にまでは流石に来ないよな?」

 「いつものように境界線で遊ぶだけでしょ? 腐っても王国の牙が待機してるんだから」

 「⋯⋯ならいいけどよ」


 お食事会は終わり、俺は一度宿に戻って部屋のベッドで横になり、色々思い浮かべる。

 さて、俺もどうしようかな? 出兵は基本的には避けられない。


 「あんまり目立ちたくないんだよなぁ」


 ま、考えてもしょうがないか。

 今はそんな事よりも稲の品種改良と土地のことを考えなきゃな。

 あの時もそうだったが、戦争って単語を聞くとどうにもブルーになるな。


 ⋯⋯今日は寝るか。

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