昔の話
「ノアの奴、行っちまったな」
「まぁ仕方ねぇだろ。アイツは寝床と飯、あとは部屋の潔癖さは人間じゃねぇんだから」
リドルとアリィがそんな事を話していると、ギルドの扉は勢い良く開かれ、見覚えのある水色ヘアーが注目を浴びる。
「ノアー?」
「おいおい、あんな大声で探されるのなんかアイツ嫌がるだろ」
「ビビ、ノアはもうここには居らんぞ」
「そうなの?何処に行ったの?」
ズンズン二人の前に現れては、ガタンと雑に前傾姿勢で座る。
「リドルがノアの好きな飯についての情報を話したら魔法のように消えていったぜ?」
「まぁ、そうとも言うな」
「そうとしか言えねぇだろ」
「あ、そう」
「おいおい待てよ、それで終わりか?」
もう情報を持っていないかとわかるや、ビビはすぐに立ち上がった。
咄嗟に腕を掴むアリィをキッと睨みつける。
「んだよ。知らねぇ仲ってわけでもねぇんだから、少しくらい話してけって」
「アンタみたいな飲んだくれと話して何になるのよ」
「ほーん? じゃあアイツはなんて言うんだかな?」
「⋯⋯っ」
揶揄うアリィに図星を突かれて押し黙るビビ。
未だに上から乗り掛かっているリドルは軽くアリィの脇腹を叩く。
「⋯⋯つ、何すんだよ!」
「あんま言ってやるな。年頃なんだから。理屈で動く訳でもないんだ」
「はっ、あんな理屈まみれのマセガキが、男だけは感情で選ぶってか? 将来の旦那は可哀想だなぁ」
「アーリィ⋯⋯!!!」
「何だビビ?俺が今間違えたことでも言ったのか? 否定したかったらどうぞ言い返してみろよ。いつものお好きな理屈とやらでな」
嘲笑うアリィ。だが、ビビは黙ってその場で立ち尽くしていた。
「おい、ビビ?」
「アリィ。貴様、うちの弓師になんてことをしてくれたんじゃ!」
「事実を言っただけだろう? 人を口撃するんだからされたときのことを考えてもらわないと困るぜ?」
だが、一向にビビは動くことをしようとしない。
「おい、本当に病んじまったのかぁ? ⋯⋯おーい」
ビビの目の前で手を何回も振るアリィ。
***
昔、私は臆病で無知だった。
小さな村で育った私は⋯⋯その中では優秀で、いつも一番だった。
「私より強いヤツはいないわ!」
私の周りにはいつも人が居て、
まるでその世界が全てみたいに思って。
そして成人前。本来なら成人してからが普通だが、ほとんどの人間は成人前に旅立つ。
「行ってきます!」
「ビビ、お前ならやれるからな!期待してるぞ!」
両親共に、私の男勝りな力を疑わない程だった。
村の誰も、私より凄い人が居ないかのような振る舞いだった。
⋯⋯だから、無知だった事にすら自分を含めて疑いすら向けなかった。
「ちょっ⋯⋯んっ!!!」
上京してすぐ。私はこのシャルの街にやって来た。
今程ではなかったけど、そこそこ栄えていたこの街でギルド登録を終えた私は、人を疑ったり、自分より強い奴が居るなんて事すら知らずに、ギルド内で自分を売り込んでいた。
そうしたらすぐに引っ掛かり、私の出世街道が見えていた。だが、そんな甘くない事はないとすぐ思い知る。
パーティーで外に行き、森に入っていく。
私ともう一人⋯⋯今もパーティーを組んでいるけどレガッタという私と同い年の女がいる。
それ以外の大多数は男で、無知な私達は集団で犯されそうになっていた。
所謂計画的⋯⋯ってやつだ。
「気が強え女結構好きなんだよなぁ⋯⋯」
「は、離して!!」
自分の勝っていた力など、ただの水滴に過ぎなかったのだ。目の前の男たちは生物的にも筋力があり、ギフト持ちなのだ。次元が違う。
ビリッと私の脆弱な鎧はとれ、肌が見えてしまう。
「ひゅ〜」
一人の下卑た口笛と顔は一生忘れない。
女という道具でしか自分を見つめない汚い顔を。
「俺乳あるそっちがいい」
「やめて!!!!いやぁ!!!」
「なんだよ⋯⋯そっちなら楽しめそうだわ。こっちはじっくり掛けて俺好みになってもらわんと」
「中々っすね!アマゾさん!」
「女は自分好みにしてナンボだからな!あっはははは!」
死ね。クソッ!
こっちは道具じゃないんだよ!!早く⋯⋯!
「一々抵抗するなよ」
「ゴホッ!!」
ギフト持ちは次元が違う。たかがビンタでもかなりの一撃だということをその時初めて知った。
と同時に、底知れない恐怖を味わった。
目の前の男が悪魔にしか見えなかったのだ。
神様は、何故こんな男に能力を与えたのか。
理解できなかった。
「おぉ⋯⋯乳ねぇの意外と気にしてんの?結構重ねてんじゃん」
「離して!!!」
「ほら、抵抗すんなって。ここに誰も味方はいないんだから」
「そうだぜぇ〜?今から楽しむ奴らしかいねぇし」
初めて、全身から叫んだ。
これ以上ないくらい。
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌」
「はははははっ、あんな強いアピールしといて、こんな事でそんな顔すんのかよ。5年後にはイイ感じに○〇〇ってるだろうぜ」
「これだから田舎モンはやりがいあるんすよねぇ?」
「あぁ、どいつもこいつも親も馬鹿でちょっと凄けりゃあ持て囃すんだ。そこを狙って来た女をこうして味わってから将来旦那となる奴に自慢すんだよ⋯⋯「お前の女は昔散々味わい尽くしましたってよ」」
気持ち悪い男たちから発する大笑いの渦。
頭が真っ白になった。
これからどうなるだろう?まだ結婚も付き合ってもないのに。
知らない男に⋯⋯嫌だ。
「おいおいビビっておもらししてるぞ」
誰か助けて⋯⋯。お願いします。
「成人前でまだ大人が怖いんすよ!しっかりと教育しないとっすね!」
「いやぁ乳はねぇけど愛嬌はありそうだよな!」
下衆な会話が永遠。私は殺意すら抱く事を忘れ、もう全てが終わりだと、早く殺してくれとすら思っていた。
⋯⋯そんな時だった。
「てかさ、コイツら処女なの?」
私からすれば、最悪の一言目だった。
見上げると、村にも街にもいなさそうな美男子がそこには居た。
綺麗な顔。この辺りじゃ珍しいハーフだ。
アストリアとレンシアの遺伝子を受け継いでる。
長い髪だ。金髪だけど、襟足はうっすら黒い。
まるで朝と夜。
端正な顔立ちだが、口元には小さくはあるが傷跡がある。
まるで貴族かと疑いたくなるような小物を指にはめている彼が顔を覗くようにしてリーダー格の男に尋ねていた。
「なんだ?うちの奴らじゃねぇはずだが⋯⋯」
「そうそう。たまたまこの辺りで薬草を採取しててさ、悲鳴が聞こえて来てみれば、こんな状態で」
彼がそう言うと、全員が一斉に手を止めて武器に手を伸ばしていた。
だが次の瞬間、彼は揶揄うように私を地獄に堕とす。
「いやいや、そんな怖い顔されても⋯⋯。二人とも食っちゃうの?」
「なんだよ、お前もその口かよ」
一斉に笑う声が響き渡る。
私は最悪な気持ちで力が全身から抜けていく。
男はみんなそういう生き物だと。
「おぉ⋯⋯!!」
リーダーの男が嬉しそうに服を脱がし、皆に私の肌が見られてしまう。しっかりと。
「意外と着痩せするタイプなんだな」
「勉強になります兄貴!」
レガッタの方も同じように歓声が上がっていた。
「やめて!!」
「もうそういう奴にしか見えねぇよ。これも楽しめってことだろ?」
絶望。だけど、何かがおかしい。
「兄貴?」
「おい!ゾク、お前⋯⋯!」
手が止まったので、思わず二人を見上げると、まるで老人のように退化していた。
「⋯⋯な、何が⋯⋯」
その瞬間、生々しく弾ける音が聞こえた。
バシャ。何かが地面に落ちた音だ。
落ちたのは、先程まで嬉しそうに私の身体を見て下卑た表情をしていた彼だ。
生首が落ちると、辺りは静寂に包まれる。
正気に戻っていた私は、奴らを全員見渡すと、全員が同じように老人のようになっており、気がつけば一斉に首が切断され鮮血が宙に舞っている。
レガッタと私は、まるで理解が追いつかず、とりあえず服を着ようと鎧と下着を取る。
「ほら、あげる」
「っ!!あんたは!」
まだ残党が⋯⋯そう思った私の前には、先程の同い年くらいの男が立っていた。
彼の手には大きい袋があり、私に投げつけてきた。
「こ、これは?」
「ボッタくられてた報酬の金。⋯⋯じゃ」
「ちょっとまっ──」
手を伸ばした時にはありえないくらいの速度で彼はこの場から消えていた。
思わずレガッタと私は目が合い、ひとまず助かったと安堵した。
「⋯⋯あぁ、多分ノアさんの事ですかね」
「誰ですかその人」
あれから数ヶ月が過ぎ、少しずつ立ち直っていった。
外に出るのが怖くなってギルド内でできる仕事をこなし、依頼の報告ついでにあの子が気になって受付に訊いていた。
「彼、そういうタイプには思えないんですけどね」
「何がですか」
聞けば、彼はかなり冷酷な人間だと言う。
臨時とはいえパーティーを組んだ時も、盗賊に狙われて死んだ仲間の事を放置したり、色々評判が悪いらしい。
ましてや、人を助けるなんてもってのほかみたいなタイプらしいのだ。
「まぁ⋯⋯色々問題はあるタイプですけど、一定の何かはあるはずなので、私は意外と平等に見てますが」
「そうなんですか」
「ええ。ですから、逆に気になるなと」
「助ける事がですか?」
縦に頷く受付。基本ギルドは冒険者の揉め事に介入してこない。それに、女関連の問題も似たような感じで、罪に問われない。
現場を押さえていないからという問題もあったり、大きい力が動いたらもうどうしようもない。
「⋯⋯⋯⋯ノア」
気になる。頭の中でそう呟いた時だった。
「ねぇ、そこに可愛い子ちゃん。パーティー組もうよ」
トラウマが復活したような気分だった。
まさに似たような連中が私に声を掛けてきたから。
「退いて」
「いやいや、ちょっと話くらい⋯⋯」
なんとか逃げようとギルドの扉の方へ向かっていた時、またその彼と再会したのだ。
「あ、あの時の」
「⋯⋯貴方は」
ゴミが落ちていた時の様なつぶやき。
なんか少々苛立ちを覚えたが、すぐに正気に戻る。
受付の話によると、普段彼は姿を見せないという。
確かに。あれから時間は経ったけど、一回も会えていなかった。
「また狙われてるの?」
「ま、まぁ」
私の後ろにいるであろう彼らを見上げて、彼、ノアはそう無表情に呟いた。
「はぁ⋯⋯」
溜息をついた──次の瞬間。
「グァァァッ!!」
感覚的には、巨人が真横に思い切り拳を握って振ったような威力だった。しかし実際には軽く手を振っただけで、数メルは飛んでかなり遠くの壁に声を掛けていた男は埋まっていた。
そうしてノアはその埋まった壁に近付いて、男を取り出すと髪を掴んで引き摺り回しては外へと出ていった。
それから彼はしばらく姿を現さなかった。
あの事件があってからというもの、ノアを恐れる者が一定層いて、未だに横を通り過ぎるだけで一礼する者がいる程だ。
あの時代のノアを知っている人間からすると、今のノアが信じられない。
トラウマが出来てから、私は男を嫌悪するようになった。当然と言えば当然。
後に彼は、「流石にタダで助けたら勿体無いから。ご馳走様でした」と言った時は色々沸騰しかけたが、彼なりのスタイルなのだと理解した。
最初は恐怖と絶望に支配されていた私の心に、次第にノアへの興味が芽生えだした。
興味湧いてからは、彼を追った⋯⋯色々。
その度に、私は助けてもらったから気になってるのか、それとも他の理由が思いつかずそのままだ。
だから目の前でそう言ってきたアリィに、私は何て返せばいいのかが分からなかった。
『君、可愛いんだからもっとしっかりとした服装にしたら?』
『それと、あんな男に騙されないように勉強しなよ』
『おいノア、お前娼館使わねぇの?』
『⋯⋯んー別に。一人でもどうにか出来るでしょ?』
『いや女が居るんだからそれでいいじゃねぇかよ』
『まぁ確かに? 結婚したら多分しつこいくらいするかもだけど、わざわざ娼館利用する程でもないかなぁ〜』
私はチョロくない。絶対に。
だけど、気がついたら⋯⋯彼を追ってしまっている。
理屈ではなくて、感情なのかも。
「ノアは南に行ったのよね?」
「「ん?あぁ⋯⋯」」
だから、こうしてノアを探して私がチョロくないって証明するんだ。今日も。
『どんな人が好みなの?』
『んー⋯⋯普通そうな女の子が好きかな。のんびりだらだらしてるような。⋯⋯って、なんでそんな笑ってるんだ?ビビ』
「ふふっ」
「黙ったと思ったら、ニヤニヤしてどうしたんだ?あいつ」
「若いっていいな」
「何知った気になってんだリドル」
「うっさいわ!」
あの経験は私を変えた、間違いなく。
恐れを知って、同時に強さが必要だということを教えてくれた。そして何よりも、人を見る目を養えるようになった。
今の私は、まだまだこれからだけど、あの頃の無知で臆病な少女とは違う。年々とノアを追いかける理由も、きっと変わっていく。
⋯⋯今度はどんな話を持っていこうかな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます