第3話 猫様に会いたい
「あー、疲れた……」
一時間の長旅は体にくるな。
案外、社内は空いていたから座れたけれど、一応持ってきていた英単語帳を読んでいたからか酔ってしまった。
「疲れたって、まだ目的地に着いてませんよ」
「ええ……」
「ま、とりあえず水分摂ってください、っと」
「わわ」
自販機から出てきたスポドリを投げられた。
まわりについていた水分が手につき、ボトルが滑りながらもなんとか手に収める。
そのまま蓋を開けようとしたのだが、手が滑って開かない。
「もう、先輩。力ないんですか?」
「違う違う。手が滑ってさ、っと」
無理やり蓋を開け、そのままグビグビと飲んでいく。
「っあー、ありがとね」
「いえいえ。では、海に向かいますか」
改札を抜けると、家族連れやカップと思われる男女二人組がたくさんっ見えてきた。全員が全員、海に行くわけではないのだろうけど。
「いやー、人多いですね」
七海も同じことを思っていたらしく、周囲を見渡して驚いている。
「どこもかしこも夏休みだろうからな」
「そうですよねー」
「本当にこんなところに猫がいるのか?」
ここで疑問に思ったことを聞いてみた。
人も多いし、何より気温が高い。そもそも海に近づく猫なんて聞いたこともない。だいたい猫は水が苦手なんだし。
強いて言えば、海の家なんかにいるかもしれないけど、そのところが気になっていた。
しばし考える人のようなポーズを見せていた七海が口を開く。
「まあ、海にはいないですね」
「おいおい、マジか……」
「まあまあ、そんな落ち込まないでください」
申し訳なさそうに七海がなだめてくる。
「そうは言ってもなあ、猫がいないならなあ……」
「そんな悲しい声出さないでくださいよ」
猫がいないんじゃここに来た意味がないようなもの。そりゃ落胆もする。
「うーん」
七海は何か考えている様だが、そんなこと気にしてられない。俺は本当にショックを受けている。
こんなことになるなら本当に来るんじゃなかったよ……。
「先輩」
「ん……?」
「猫ちゃんに会いに行きましょう」
「でも、さっきはいないって」
「いますよ、元々それが目的で来たので」
「……え?」
「海に行きたいのは本当なんですけど、本来の目的とは違うんです。騙すようなことして申し訳ないです」
さっきまでの楽観した様子とは打って変わって深々と頭を下げ始めた。
そこまで真面目にしなくとも七海のことを最初から疑っていたわけではない。未だに、どこまで本当のことを言っていたのか分からないけど。
とにかく、周りから視線を感じるし声をかけないと。
「えーと、事情はわかったんだけど。なんでそんな回りくどいことしたの?」
「あー、なんていえばいいんですかね……」
歯切れが悪くなり、今度はモジモジし始めた。
「その、サプライズと言いますか……」
「サプライズ?」
「と、とにかく行きましょう!」
「ちょ!?」
手を引っ張られ、されるがままに連れていかれる。
ちなみに向かったのは海の方向ではなくその反対側。海とは関係なさそうな方向であることから目的が違うということが本当だとはすぐにわかった。
しかし、そこまでして言いにくいことなのだろうか。なんて考えても仕方ないか。
まあ、そんなことよりもこの状況はまずいな。ちょっぴり恥ずかしい。
「ちょ、あの、手……」
「ん? って、ああ! ごめんなさい!」
「あ、いや、その、全然、大丈夫だから」
なんだこの空気。変に気まずい。
七海は顔を赤くしてさっきまで握っていた手を隠している。
「と、とりあえず、向かい、ますか」
「お、おう」
これはきっと暑さのせいだ。そうしておこう。
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