第2話 猫様につられて
翌日、俺は相も変わらず勉強をしていた。
家には俺ひとり。学校で勉強するよりも、空調の効いた、それも慣れ親しんだ自分の部屋での勉強は捗って仕方ない。
と、思っていたのだが。
「先輩! 海行きましょう!」
「は、何で」
インターホンを鳴らされ、玄関の戸を開けると七海がいた。なんでいるんだと考えていたのも束の間、元気よく海に誘ってきた。
「何でって、昨日迎えに行くって言ったじゃないですか」
「……そんなこと言ってたっけ?」
「言いましたよ。明日迎えに行きますって」
やばい。猫のことしか覚えてない。
終盤にやたら七海が言ってたような気がするけど、その時か?
「ほら、やっぱり覚えてない。昨日の先輩ちょっとおかしかったですよ」
「そうかなあ……」
「そうですよ。だから、海に行きましょう!」
「いや、申し訳ないけど勉強中だからまた今度な」
今から行ってしまうと勉強時間がなくなってしまう。しかも、こんな時期に遊びに行くなんてことは俺にとっては愚かだと思っている。
とにもかくにも、
「ふーん。約束破るんですね」
七海が軽蔑した目で見てくる。口調もどこか上の空。
確かに、昨日の俺が約束をしているのなら最悪ではある。けど、そんな遠出なんてしてしまったら――
「行こうとしてるとこ、猫居るんだけどなあ」
「……なんだと?」
行くしかないだろ、そんなの。
って、いやいや、ここは一旦冷静にならないと。行ってしまったら一日が台無しになる。ここは我慢、我慢。
「あ、興味湧いてきました?」
「い、いや。全然」
「本当ですかー?」
さっさと帰ればいいものを、何故こうも煽ってくるんだ。
猫につられて外に出てたまるもんか。
「……本当に猫がいるのか?」
「本当です」
「よし、行こう」
「やったー! それじゃ、さっさと準備してくださいね」
食い気味に俺が賛同すると、急に明るくなった七海。やっぱりただ海に行きたかっただけなんじゃ、なんて思っていても口には出さない。
とりあえず行くと言ったからには準備をしないと。
俺は自分の部屋に戻ろうと玄関の戸を閉めようとした。その瞬間、七海が急に隣に来て。
「おじゃましまーす」
「は!?」
「外で待つのは暑いじゃないですか。ダメですか?」
「まあ、いいけど……。そういうことならここで待ってて」
「はーい」
後ろから七海の鼻歌が聞こえてくる。
特におかしなところはないはずだけど、妙に落ち着かない。
つーか、海に行くって何持っていけばいいんだ……?
急な誘いと滅多に行かない場所への持ち物に戸惑ってしまう。とりあえず、適当にリュックに詰めたけど、これでいいのかもわからない。
とにかく、待たせている七海にも悪いから早く玄関に行こうと、俺は急ぎ足で階段を下りる。
「すまん、待たせた」
「大丈夫ですよー。では、行きましょうか」
そういうと七海は玄関の戸を開けた。
さっきは家の中にいたから気づかなかったけど、やはり外は夏。
真上から照り付ける陽が肌に突き刺さる。追い打ちをかけるように吹く風は生ぬるい。
この状況で外に放りだされていたらさすがに参るな。
「そういや聞いてなかったけど、海ってここからどれくらいかかるんだ?」
「んー、だいたい一時間とかですかね」
「そんなかかんの!?」
「行きたいところが遠いので、てへ」
かわいこぶって舌を出しているが、突っ込む気力ない。
まったく、猫見たさに乗ってしまった自分を恨む。誘われた時点で聞くべきだったな。
七海の言う通り、俺はちゃんと休めていないのかもしれない。そんなことに気づけない時点で頭が回っていないし。
ま、今日も猫を見て癒されよう。
「猫見て癒されようとか思ってません?」
「え!? いや、そんなこと……」
「全部顔に出てますよ。まったくもう」
どうしてか不貞腐れる七海。猫に会えるんだし、海に行けるんだから楽しいこと尽くしだと言うのに。
その後もいつものようなやり取りをし、気づけば最寄り駅に着いていた。
「あれ、駅じゃん」
「そうですよ。これから電車に乗るんです、一時間」
「は!?」
まさかの電車移動だけで一時間。
海に行くだけならそこまでかからないはずなのだが、もしかして猫がいるところを探してくれたのだろうか。
とはいえ、ここまで来たなら引き返せない。
俺は七海と一緒に改札を通り、目的地へ向かう電車を待った。
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