第一六話 ミストゥル家を誘引

 ヴェルナーは宿屋の中に忍び込み、霊体を使い、とある部屋を確認していた。そこにはサンドラ家の者達がいた。


 イーグロがサンドラ家を尖兵としてガラルホルンへの私怨を果たそうとしているのでまずはサンドラ家の様子を探ることにしていた。


 ヴェルナーは部屋の入り口から距離をとって、霊体を部屋の隅に隠れさせる。


 室内にいるのは四サークルの魔術師である坊主頭の老人と一サークルの女性魔術師だった。女性はヴェルナーと同じ歳くらいでローゼ色の髪と瞳を有し、カチューシャを身につけていた。


「メイリースよ、じいの力不足ゆえにミストゥル家には逆らえん、すまぬな」


「いいんですお爺様、私は何一つ不自由はしてませんし今回の役割を果たすだけです」


 二人の関係は祖父と孫であった。また、女性のメイリースという名前はヴェルナーには聞き覚えがあった。


(あの女はサンドラ家一門のメイリース・サンドラだな、つまり、あのジジイはサンドラ家当主のザッケロ・サンドラか)


 ヴェルナーは二人の関係性を把握し、引き続き二人の話に耳を傾けた。


「では手筈通り、明日の昼、我々はミストゥル家から逃げ出してガラルホルン家の傘下に入るフリをするんじゃ」


「心苦しいですけど、その後、転移石でミストゥル家の人をガラルホルンの邸宅の中に呼び寄せるのですね……」


「そうしないとわしらが滅ぼされてしまう」


 メイリースとザッケロは浮かない顔をしていた。彼らの話を聞いてヴェルナーはやはり誰かの下に付くものではないなと思った。


 聖十二族せいじゅうにぞくの傘下に入ったからといって必ずしもサンドラ家のように無下に扱われることはない。時の場合による。しかし、それと同時に従属関係には変わりないので聖十二族が決めた領土法や規則を守らなければならないということが彼は気に食わなかった。


(メイリースとザッケロはミストゥル家の顔を窺いながらもそれを不服と思ってるらしいな)


 二人の表情からヴェルナーはサンドラ家の付けいる隙を見つけていた。


 その後、ヴェルナーは宿屋から脱出し夜の町へと降り立つ。彼の頭の中ではすでにミストゥル家とサンドラ家を倒す算段を組み立てていた。


「ふふっ……後は明日を待つだけだな」


 不気味な笑みを見せながらヴェルナーは民家の屋根から屋根へと移動し、ガラルホルン家の宿舎へと帰った。


 ――――翌日の明朝。


「君! こんな早くからどこに行くの」


 ヴェルナーはガラルホルン家の敷地外に出ようとしていると掃き掃除をしているミルディと鉢合わせてしまう。


「修練しに行く」


「偉いじゃない! さすがね!」


 ミルディも他のガラルホルン家の者達と同様、博識なヴェルナーに対して尊敬の念を抱いていた。


「俺を証拠品泥棒呼ばわりしてたやつとは思えない台詞だな」


「あ、あれはしょうがないでしょ! 第一印象は良くなかったし」


 ミルディは痛いところをつかれて照れ臭そうに弁解していた。


「確かにな、俺はしばらく城外の東にある森にいる。用があるならそこへ来てくれ」


「はーい! いってらっしゃい」


 ミルディは元気良く手を振ってヴェルナーを見送る。


(さてと森に魔法陣を仕掛けにいくか)


 城外に出たヴェルナーは徒歩一〇分かけて森に入り、先日、商人から買った魔石をほとんどばら撒いた。


 出来損ないの魔石ではあるが、ヴェルナーは効率よく魔石から魔力を抽出する技法を有しており、持っている全ての魔石使用すれば上級結界魔術を行使できる。


 彼は予め、上級結界魔術を発動させるための魔法陣を展開していた。


「この魔石は修練に使いたかったが……領土の確保とガラルホルン家の同盟を組むために有効活用するか」


 ヴェルナーは懐から深い青色の魔石――『蒼き魔石』を取り出して眺め、今回、発動させるもう一つの結界魔術を考えていた。


 次に彼は昼になるまで座禅を組んで修練を開始した。さすがに数時間でサークルが次の段階に到達することはないと思っているが何もしないよりマシだと思っていた。


 昼になるとヴェルナーはイーグロ達が泊まってる宿屋からガラルホルンの敷地へと続く経路からサンドラ家の行動を予測する。


(丁度、いいところに橋があるな)


 ヴェルナーはサンドラ家の者達が通るであろう経路の中に運河に続く川にかかっている橋を見つけ、その橋の下に隠れることにした。


「『凶乱流秘伝魔術・霊体分離法』」


 ヴェルナーは霊体を生成し、その霊体に橋の上を覗かせていた。


 待つこと数十分。


 淡い赤色のローブを着た魔術師達――サンドラ家の者達がやってきた。


(メイリースとザッケロもいるな……! よしいくぞ!)


 ヴェルナーは霊体を出したまま、魔術を詠唱する。


「『凶乱流秘伝魔術・幻影走破』!」


 三体の分身をサンドラ家の面々に襲わせる。


「な、なんだこいつらは!」


「全員同じ顔だぞ!」


 サンドラ家の魔術師が慌てる中、発動した魔術の効果で気配を絶ったヴェルナーはメイリースを担いで、彼女を攫っていく。


「きゃぁ!」


「メイリース!」


 ザッケロはメイリースの嬌声を聞いて慌てる。


(やはり、あのジジイは孫を大切に思ってる)


 ヴェルナーが橋から離れて東にある森に向かうと、足音とメイリースの声を頼りにザッケロが追ってくる。


(四サークルの魔術師なことだけはあるな……だが!)


 ヴェルナーは人差し指と中指を上に突き上げると、


「ぐっ! な、なんじゃ⁉︎」


 ザッケロは思わず尻餅をついていた。


 これはヴェルナーの霊体がザッケロの足元から飛び出してザッケロを転がし、その瞬間に霊体がザッケロの体内に微量の魔力を流したからである。


 ヴェルナーの霊体は魔力の塊であり戦闘において相手の体内に魔力を流すことを得意としている。これはヴェルナーが他者の魔力を取り込むと拒絶反応を起こしてしまうことに目を付けたからである。


 微量とはいえ体内の魔力の動きが急に止まるので魔力で身体能力を上げていたザッケロは移動速度は著しく低下し、彼は思わず足を止めていた。


「じじい、手紙を受け取れ!」


 ヴェルナーは懐からザッケロの足元に手紙を投げつけながら去る。その手紙には東にある森にいることと自分はガラルホルン家の手先であること、その森でバリー師団長が後から来るということを伝えていた。これはイーグロを森に呼び出すための罠である。


(あの手紙を読めば、ガラルホルン家に潜り込む作戦をやめて森にイーグロが来るはず。だが、イーグロが来る前にサンドラ家をどうにかしなければ俺は敗北する)


 ヴェルナーは歯軋りをした。彼からすれば今回の行動は賭けでしかなかった。まず、サンドラ家を敷いた罠にかからせて事を上手く運ばなければならなかった。


(ニサークルの状態がこんなに心許ないとはな……だがやってやる! 不可能を可能にするだけだ!)


 ヴェルナーはメイリースを抱えたまま森に入ると彼女を地面に降ろす。


「…………何者ですか?」


 メイリースは涙目で睨んできていた。


「ファブニル家の従者、ヴェルナーという」


「ファブニル家の⁉︎ なぜ私を攫ったのですか?」


「そりゃ決まってるだろ。イーグロを誘き寄せて倒すためだ」


「え⁉︎」


 メイリースはヴェルナーの言ってることが理解できなかった。ニサークルの男が衰えたとはいえ『黒翼の鷲』と呼ばれる六サークルの魔術師に勝つと豪語するのは妄言にもほどがあった。


「勝てるわけないです……」


「勝つんだよ俺は、勝てないと言われたら、お前のその認識を捻じ曲げてやるだけだ」


 ヴェルナーは森の先を見ながら誰か来るのを待っていた。メイリースはそんな彼の姿、言葉からは並々ならぬ自信を感じた。


 ミストゥル家に従ってしまったサンドラ家が持ってない不屈の意思が彼から伝わってきた。


「強い人ですね」


「そうじゃないと生き残れない世界だからな」


 世は常に弱肉強食。正しくても弱いものは負け、強い者こそが正しい。故にどれほどの強者が相手だろうと勝つ気概を見せるのがヴェルナーだった。

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