第一五話 ミストゥル家の第三魔術師団

 セレナードは宿舎に入ろうとしたヴェルナーが慌てて身を翻したうえに彼が眉間に皺を寄せていたので只事ではないことが起きたことが伝わっていた。


「何かあったの⁉︎」


「強い魔術師の気配を感じた」


 ヴェルナーは何もない虚空を見つめていた。


「ガラルホルン家の人達じゃないの?」


 セレナードはガラルホルンの邸宅には師団長クラスの魔術師がいるので彼らの気配ではないかと思っていた。


「気配は敷地外から感じた。一秒もない時間だったが強い魔力を感じたんだ。俺にしか感じ取れなかったと思う」


「貴方がそう言うならそうなんでしょうね……」


 セレナードは不安そうな面持ちになる。ヴェルナーと出会った当初は彼が言う言葉は半信半疑のものばかりだったが彼が功績を積み重ねたこともあり、彼の言うことを信じるようになっていた。


 次にヴェルナーは宿舎には行かず敷地外に向かって歩き始めた。


「どこに行くの? まさかその魔術師とやらを一人で探るというの?」


「その魔術師がガラルホルンに害をもたらす者であれば、捕えることでガラルホルン家に恩が売れるかもしれんからな」


「またそういう損得勘定ばかりね貴方は」


「ふっ、まぁな」


 セレナードは相変わらず打算的に動く男だなと思った。一方、ヴェルナーは損得で動くのは当たり前だろうと思いながら鼻で笑っていた。


「気をつけて、無事に戻ってきてよ! これは当主としての命令よ!」


 セレナードは遠ざかるヴェルナーに対して声を大にして命令を下す。


「…………」


 ヴェルナーは無言で背中越しに手を上げて応える。


(もう、返事ぐらいしてよ。ちょっとは心配してるからね)


 口を尖らせながらもセレナードはヴェルナーが見えなくなるまでその場に立っていた。


 ヴェルナーはガラルホルン家の敷地外に出て、一瞬だけ魔力を感じ取った場所へと行った。そこはガラルホルンの敷地の裏にある路地だった。


(わずかに魔力の残余を感じる……一瞬感じ取れた魔力からして六サークルの強者だ。それに魔力を急に感じたということは魔力を抑えてこの屋敷に近づいたことになるな)


 状況を推察するヴェルナーは抑えてた魔力をわざわざ解放した理由を考える。


(魔術師が意図的に魔力を解放して誰かを挑発したならば、もっと長時間魔力を解放するはずだ。あれは一秒にも満たない時間だった。つまり思わず解放したということだ)


 ヴェルナーは魔術師が不意に魔力を周囲に醸し出す瞬間を分かっていた。深い悲しみを感じたときや激しい怒りを感じたときである。感情が起因となって抑えてた魔力を周囲に放ったのではないかと思った。


「どこに行ったかまでは分からないな……人が少ない、深夜に調査するか」


 ――――角笛城つのぶえじょうにいる住民達が寝床に入り、街に静寂が訪れた頃。


 都市を闊歩してるヴェルナーは胸の前で自身の両手を握手させて詠唱を始める。


「凶乱流秘伝魔術・霊体分離法」


 ヴェルナーの心の臓から黒い魔力が糸となって飛び出し、その糸の先で黒い魔力はヴェルナーと同じ背格好の人型に変形した。


 この魔術は諜報と戦闘を兼ねることのできるヴェルナーの分身体を作る魔術であり、彼はこの分身体を霊体と名付けている。


 この分身体は魔力の塊そのものであり、常にヴェルナーの心の臓から生成される魔力と繋がっている。そのため、この分身体はヴェルナーを中心とした上下左右一定の範囲内でしか動けないが、五感を共有できるうえに壁をすり抜けれるため諜報活動に有効利用できる。


 夜の城郭都市を疾走するヴェルナーは霊体を周囲にある民家や宿に潜り込ませて内部の様子を確認した。


(この家の魔術師は二サークルの夫婦、こっちの家は一サークルの魔術師が一人で暮らしてる……俺が感じたのはもっと強い魔術師だ)


 視覚を霊体と共有しているため、霊体が視認した魔術師の実力を把握していた。


 数時間後。


(人間の声が聞こえる)


 霊体を通して四階建ての宿屋の一室から話し合いをしている人達の声を聞き取った。


 その部屋はその宿屋の中で最も広く、多くの人間が前方にいる老人の声を聞いている構図だった。


 ヴェルナーは霊体を部屋の天井裏から顔を出させ、部屋の様子を確認させることにした。


(黄色いローブを着ている一団と淡い赤色のローブを着ている一団がいるな…………あの老人もしや!)


 ヴェルナーは老人を確認して目を見開く。老人は黒の刺繍が入った黄色のローブを着ており、スキンヘッドの魔術師であった。彼からは並々ならぬ強さを感じた。


(六サークル一段階の魔術師……外見の特徴からしてファブニル家を没落させた黒幕――ミストゥル家第三魔術師団の団長イーグロ・カルロか!)


 ガラルホルンの本拠地に潜り込んでいるとは予想していなかったのでヴェルナーは驚嘆していたが、


「あいつだな日中、ガラルホルンの敷地で魔力を解放したのは……そうかガラルホルンとは因縁があるらしいからな……怒りで思わず魔力を解放したってことか……実力者だか激昂しやすい性格らしいな」


 ヴェルナーは腕を組んでイーグロを捕えるもしくは倒す算段を立てていた。


(今の俺が正面からやりあえる相手ではないが……やつの性格を突けば勝てる)


 イーグロは前方にいる魔術師に対して血気盛んな様子を見せる。


「今、ガラルホルンの多くの魔術師は本拠地から離れておる! 遺跡探索に第一魔術師団と第二魔術師団が向かっており、第五魔術師団は遠方にあるガラルホルンの研究施設にいる!」


 彼はガラルホルンの現状を語り続けていた。


「強敵といえる魔術師は当主のヘンドリック・ガラルホルン、第四魔術師団の団長バリー・ローレライ、第三魔術師団のホッド・ポケのみ! こやつらのうち、バリーをわしが殺す! サークルをやつに損傷された恨みを晴らしてやる!」


(イーグロと因縁があるのはバリーだったのか……奴らの本来の目的は知らないが少なくともイーグロは私怨で来たらしいな)


 ヴェルナーは今回ミストゥル家がガラルホルン家に潜り込んだのはミストゥル家全体の意思ではなくイーグロの判断だと思った。


「サンドラ家の者どもよ! 手筈は分かっておるな!」


 イーグロは淡い赤色のローブを着ている一団に話しかけると、その一団はこくりと頷いた。


(トルネイド家が使いものにならなくなったから今度はサンドラ家を手足のように使っているのか)


 ヴェルナーは改めて聖十二族せいじゅうにぞくの傘下になるものではないと思っていた。


(ミストゥル家で厄介なのは六サークルのイーグロに四サークル一段階の中年一人だな。サンドラ家は四サークル三段階の坊主頭の老人か)


 手こずりそうな魔術師三名を見つけたヴェルナーは悩ましい顔をする。


(イーグロの性格上、誘き出すのは簡単そうだが、まずは情報だ。奴らがどう動くのか見る必要がある)


 彼は戦いにおいて情報を制し、味方の損失を抑え、敵より優位な状況を作ることが大事だと理解していた。これは前世で命尽きるまで終わらぬ戦いを経てきたことによる教訓でもあった。

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