第一一話 『蒼き魔石』

 ヴェルナー、セレナード、ライド、シルバーの四人はガラルホルン家の本拠地である角笛城つのぶえじょうへと到着した。


「シルバーは早速角笛城に行ってガラルホルン家と話す機会を儲けてくれないか」


 ヴェルナーはシルバーの肩に手を置いてガラルホルンへの使者になってくれと頼む。


「行くのはいいけど、同盟を提案しにきたなんて行ったら三流魔術師一家に用はないなんて門前払いされちまうぞ。そうじゃなくても門前払いされちまうかもな」


 シルバーは気乗りしない様子で首を捻る。


「同盟の話は俺が出向いたときにするから言うな。シルバーには門前払いされないように手土産を持たせる」


 ヴェルナーは懐からスクロールを渡す。スクロールには魔力が籠っており魔術を構成する術式――数式と文字が書かれている。魔術師ではないものでも魔術を使い捨てで発動できる優れものである。


 シルバーはヴェルナーから受け取ったスクロールを見つめると不思議そうな顔をする。


「見たことない文字しかないんだが……これなんの魔法だ」


「古代の魔術だ」


「まさか、そんなものにまで精通してるとはな……確かにガラルホルン家は古代ものに目がはないがこれで話し合いの場を設けれるか?」


 シルバーは半信半疑だった。


 それは無理もなかった。ミストゥル家が他家にファブニル家の領地を奪わせて、ガラルホルン領に近づこうとしているという土産話と解読できないスクロールが交渉材料になるかが不安ではあった。


「早く行ってきてくれ」


「分かった……ヴェルナー! これで俺がガラルホルンの人に何かされたら責任とってくれよ!」


 シルバーは不安を押し殺しながら足早に歩いた。


「そういや……」


 ヴェルナーは珍しく気まずそうな顔をして、セレナードとライドの方を見る。


「何よ、何か言いたいことでもあるの?」


 セレナードは両腰に手を添えていた。


「今晩は予定通り大通りにある宿に泊まるんだよな」


「そうだけど、何よ。またなんか文句言うわけ?」


 セレナードの中ではヴェルナーは一言どころか二言も三言も多い人物になっていた。何か言えば反論されると思っていたが、出来る限りヴェルナーの進言は聞こうと思っていた。命の恩人でありながら未知の知識と強さを持ち、なんだかんだ頼りになる人物だからだ。


「見ての通り俺は銅貨すら持ってないから、悪いがお金を貸してくれ」


 ヴェルナーは喋りながら前を歩き出した。


 対して、セレナードとライドは顔を見合わせたあと、口を開く。


「「ヴェルナー(お兄さん)が申し訳なさそうにしてる⁉︎」」


「……チッ」


 ヴェルナーは意外そうにする二人に対して背中越しに舌打ちをした。


「へぇ……貴方、意外とそういうこと気にするのね」


 セレナードは揶揄うようにニヤニヤしながらヴェルナーの顔を覗き込んでいた。


「借りを作りたくないだけだ」


 彼は人に頼らず大陸最強の魔術師になった前世があり、なぜ俺が少女に施しを受けねばならないのだと思っていた。


 その後、ヴェルナー達は宿屋で部屋を借りてシルバーを待つことにしていたが退屈したヴェルナーは市場に出ると言って外出していた。


(俺の目を惹くようなものがあるとは思えんが期待せずに物色するか)


 彼は修練で使えそうな物を探していた。


「今日のは掘り出し物だよ〜! なんとこの袋に入ってるのは洞窟で取れた『蒼き魔石』だよ」


(『蒼き魔石』だと……多くの金銭を持っていないが見に行くか)


 ヴェルナーは様々な商人が通りで呼び込みを行っている中、魔石という言葉を聞いて足を止めた。


 『蒼き魔石』というのは人体に適応しやすい魔力が籠った魔石だ。通常、他者や大気中の魔力を取り込むと拒絶反応が起き、体に様々な不調が起きる。


 しかし、この魔石の魔力を取り込むと取り込んだ者の魔力に変質するという特徴がある。


 今すぐにでも強くなりたいヴェルナーからすれば喉から手が出るほど欲しいのはもちろん他の魔術師もこの魔石を欲しがる。


 ヴェルナーは『蒼き魔石』を売ってる商人に近づく。


「ほら見て見てこれが蒼き魔石だよー、初めて見るでしょ! 採れたてだから魔力もたっぷり! 買って損なし! 石一つで銀貨五枚だよ!」


「それ買ったー!」


「俺も一つくれよ!」


 商人は袋に入った蒼き魔石を掴んで集まっている人達に見せびらかした。魔石は鮮やかな青色で人々の目を引いていたがヴェルナーは内心、ガッカリしていた。


(採ってから数ヶ月経ってるせいか元々純度が低いせいか分からないが魔力がほとんど抜けてるな。本当の蒼き魔石は深い青色だ。あの袋の大きさからして五〇個程度あるだろうが……見る限りどれもゴミ同然の魔石だな。だが使い道はある)


 使えそうな魔石はないものの。有効活用する手立てはあるので金銭を使わずに魔石を手に入れようとしていた。


 その方法とは――


「「その魔石に魔力はほとんど残ってない! 粗悪品だ!」」


 ――いちゃもんをつけることだった。しかしヴェルナーは目を見開く、隣にいる少女が全く同じことを言っていたのは予想外だった。


 少女は茶色の瞳と茶髪を有しており、長い髪をまとめて後頭部にお団子を作っていた。見るからに快活そうな少女だった。そして白ローブを着ており、その白ローブこそがガラルホルン家に仕える魔術師である証だ。


(二サークル三段階の魔術師だが、物を見る目はあるようだな)


 横目でチラッと少女を見ると、少女もヴェルナーの方を向く。


「君見る目あるじゃん! どこの魔術師?」


 少女は嬉しそうにヴェルナーに絡んでいた。すると商人が口を挟む。


「ちょっとお客さん! こんな鮮やかで綺麗なのに偽物なんてことありますか?」


 商人が憤慨しながら詰め寄り、ヴェルナーらに魔石を見せつけた。


「それに貴方、ガラルホルン家の魔術師ですよね。こんないちゃもん付けてお家の評判が下がったらどうするのですか?」


「むっ……」


 少女は不満ながらも口を噤んだ。


「俺が偽物だと証明してやろう」


 今度はヴェルナーが商人に詰め寄った。


「あはは……ご冗談を……」


 商人は冷や汗をかいていた。


「桶を借りるぞ」


「あっ、ちょっと!」


 ヴェルナーは強引に商人の近くに置いてあった木製の桶を手に取る。


「『下級水属性魔術・水の柱』」


 次に彼は手のひらから水を放出し、桶を水一杯にする。そして、袋に入ってる魔石を一つ手に取ってそれを水に漬けると鮮やかな青色だった魔石は白くなっていき、魔力を完全に失われていった。


「見ての通り、これには魔力がほとんどない! これを銀貨五枚で売るのは不当だ! せいぜい銅貨一枚の価値だろう」


「よくも騙しやがったな!」


「俺、買っちまったじゃねぇか! 金返せ!」


「うわっ!」


 人々は買った魔石を商人に投げつけていた。その間にヴェルナーは商人の背後に回って囁く。


「こうなったら俺に売った方が得だよな。袋に入ってる魔石一つにつき銅貨一つで全部売れ……どうせ魔石に魔力がないことを分かってて得しようとしたんだろ?」


「そ、そんなぁ……あ痛っ!」


 商人がしょぼくれた顔をしてると、人々が投げた魔石が頭にぶつかっていた。


(元大魔王としてセレナから貰ったお金を使うのは癪だ、あとであいつに借りは返してやろう)


 ヴェルナーは半ば強引に銅貨が入った巾着袋を商人に渡した。


(そ、そんな……!)


 商人は魔石をヴェルナーにひったくられてしまった。

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