第一〇話 ミストゥル家の狙い

 ヴェルナーの発言はセレナード達からすれば予想できるものではなかった。聖十二族せいじゅうにぞくを越える――この考えをする発想すら今までなかったのだから。


「ヴェルナー、それは無理よ。不可能だわ、そもそも私達はいつミストゥル家に滅ぼされるか分からない状況よ」


「今の状況ぐらい把握してる」


 魔力操作、魔術の知識、魔術行使時の演算能力が現代のどの魔術師より優れていてもトルネイド家の魔術師を殲滅した結果、魔力が枯渇し気絶した今の自分ではミストゥル家を正面から倒すことなんて出来ないことは分かっていた。


 だが、それでも――


「状況など関係ない。不可能を可能にするだけだ。滅ぼされる運命ならば俺がその運命を捻じ曲げてやる。俺を滅ぼそうとする者を俺が滅ぼすだけだ」


 ――彼は己の信念を貫き通した。


 それは理性ではなく感情だった。


(かっけぇ……!)


 ライドはヴェルナーの語りに感激していた。


(聖十二族を恐れないなんて、なんて豪胆なの……もはや常軌を逸した意思よ)


 一方、セレナードはヴェルナーの意思の強さに感服しつつも恐れ慄いていた。


「でもこのままじゃ、まずいぜ……何か考えがあるのか?」


 シルバーは困惑しながらヴェルナーがどういうつもりで今の言葉を発したのかが気になっていた。


「ガラルホルン家の傘下に入るのなら無しだ。だが、対等な立場ならいい、ファブニル家とガラルホルン家を同盟させる!」


「本当にそんなことが可能なの?」


「トルネイド家とサンドラ家だってミストゥル家と同盟を結べる立場だったんだ。できないことはない」


 ヴェルナーはキッパリと言い切った。しかし、セレナードは難しそうな顔をしながら口を開く。


「トルネイド家とサンドラ家の当主はきっとミストゥル家の同盟に釣られて依頼を引き受けたわ。なんせ聖十二族の一つと対等の立場を手に入れられたらミストゥル家の言うことを聞かなくて済むうえに他の名家に対しての牽制になる。はっきり言って同盟は破格の報酬よ。でも私達には相手に同盟を結ばせるための理由と材料もないわよ」


「材料がなかったら作るだけだ。準備が整ったらガラルホルン家の領土に入るぞ」


 今後の方針を決めたヴェルナーはその場を去り、修練を再開しようとした。


「凄い自信だけども、貴方を信用していいかしら?」


 その場を去ろうとするヴェルナーにセレナードは語りかける。


「さっきも言っただろ。俺は不可能を可能にするだけだと」


(私と同い年なのに……なんて風格なの……まさに王者の貫禄)


 ヴェルナーの自信過剰な態度から凄味を感じる一同だった。


 四人は夜に出立し、ガラルホルン家の領土に入った。四人が向かう先はガラルホルン家の本拠地――角笛城つのぶえじょうだ。


 大陸の都市は城郭都市であり、角笛城もその一つである。角笛城と呼ばれるのは角笛のように都市の奥へと入ると狭まっていることが由来である。


 幸いにも角笛城はファブニル家の領土と比較的近い場所に位置しているため、長旅にはならなかった。ヴェルナー達は出立から一週間で角笛城へと到達した。


 ――――トルネイド家の邸宅にて。


 トルネイド家の当主であるへドゥ・トルネイドは目の前にいる男に対して跪き、こうべを垂れていた。


 ヘドゥはレイブルが依頼主をヴェルナーに吐いたことによって、四二歳にして全てを失おうとしていた。


 へドゥの目の前にいる男はファブニル家を攻めるようにトルネイド家に内密に依頼した諜報人――ミストゥル家第三魔術師団の師団長であるイーグロ・カトロである。


 内密な依頼に失敗したへドゥは震えていた。さらに目の前にいるイーグロは六サークル一段階の魔術師なので、逆らうことなどできない状態だった。


 また、イーグロ『黒翼の鷲』という異名で名を馳せた老人であり、七サークルの魔術師すら倒したことがある強者である。


「見事にわしの依頼を失敗してくれたな」


「す、すみません! ですがまさか……まさか相手に結界魔術師がいるなんて思ってなくて! それも王級結界魔術を使えるやつが!」


 へドゥは弁明してイーグロの怒りを宥めようとしていた。


「確かに王級クラスの魔術を使える結界魔術師がいるとはわしも予想しなかったが、だとしても一サークルの魔術師に負けるとは……貴様らには失望した」


「…………」


 へドゥは返す言葉もなかった。


 複数人の二サークルと三サークルの魔術師が一サークルの魔術師に負けたのは恥でしかなかった。そもそも一サークルの魔術師が二サークルの魔術師に勝利した事例はあっても三サークル相手に勝利したことは前代未聞である。


(若くして王級クラスの結界魔術を使える者がいるとは……とんでもない逸材だ。しかし結界魔術は他の魔術より発動に時間がかかるという欠点がある)


 イーグロはヴェルナーを主に結界魔術を使う結界魔術師だと判断していた。他の魔術の習得を諦めなければ王級クラス以上の結界魔術を習得するのは困難であることを知っていたからだ。


 ヴェルナーが転生した上でありとあらゆる魔術に秀でていることを知る由もなかった。


「とにかく貴様の言い訳は聞きたくないわ! ファブニル家の連中がわしらが黒幕だと知れば必然的にガラルホルン家の傘下に入って庇護を受けようとするだろう。前々からの計画がパァになったわ!」


「ひぃ……!」


 イーグロがこめかみに青筋を立てるとへドゥはより一層怯えた。


「表向きは貴様らがファブニル家の領地を奪い、その領地にわしの師団を置くことから始まる計画だったが、こうなっては警戒されてしまう。大人数の魔術師を動かせば必ずガラルホルンの連中に勘付かれてしまう」


 そう言ったイーグロは歯軋りを立てる。


 ミストゥル家の第一の狙いは戦力増強だ。


 戦力を増強することで魔術師全体の実力を底上げし、他の名家より優位に立とうとしていた。そこで目に付けたのは人の命を代価に魔力を得る古代の魔術だ。


 ちなみに人の魔力を取り込むと拒絶反応が起きて命の危険が起きる。現代において人の魔力を取り込むことができる魔術はヴェルナーの『凶乱流秘伝魔術・人魔煉丹化じんまれんたんか』のみだ。


 ミストゥル家は人の魔力で強力な魔法生物を作り、軍事利用及び魔術師の修練相手にしようとしていた。そして、ファブニル家の領地に師団を置くことでガラルホルン領の魔術師を攫い、魔力にしようとしていた。そうすれば、戦力の増強をしつつガラルホルンの力を削ぎ落とすことができる。


 次にミストゥル家の第二の狙いは情報収集だ。


 ファブニル家の領地は偶然にもガラルホルン家の本拠地である角笛城つのぶえじょうに近く経済状況、軍事情報を掴みやすい。

 

 しかし、この策を提案したイーグロ自身には別の狙いがあった。それは二〇年前、ガラルホルン領に侵入したときに部下を殺されたうえに深傷を負わせたガラルホルンの魔術師団への報復だ。


「トルネイドの当主よ! この領地にわしらの師団を置く! いいな! 少人数でガラルホルン領に入り、わしの目的を果たすことにする」


「もちろんですとも……ですがガラルホルン家にバレてしまうのでは?」


「師団をガラルホルンの領地に近づけさせたらバレるであろう。だが少人数の魔術師なら大丈夫だ。当主がいなくなったファブニル家の領地を通ってガラルホルンの領地に入らせれば問題はない」


「な、なるほど……一体誰に行かせるというのですか……まさか私を⁉︎」


 へドゥは捨て駒にされるかと思っていた。


「いや、わし自ら出向く」


 イーグロは身を翻してクックックッと怪しげに笑っていた。


(二〇年前の戦いのせいで、わしは魔術師の心臓ともいわれるサークルがガラルホルンのせいで損傷して一時は五サークルになって惨めな思いをした。あの痛みを何倍にもして返してやろうではないか)


 イーグロは怒りを抱えながら、ガラルホルン領に侵入する準備を始めた。

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