第九話 聖十二族を越えるために

 今後のことを話し合うためにセレナードはヴェルナーを連れてライドとシルバーの下へと移動した。


 ヴェルナーを視認したライドとシルバーは目を見開いた。


「うっそ! ヴェルナーお兄さん、ニサークルに到達してる!」


「本当だ! ヴェルナーには驚かせられてばっかだな……お前、実は人の姿をした神獣なんじゃないのか?」


 神獣というのは特殊な能力かつ膨大な魔力を持つ獣のことである。神獣は人の前に姿を現すことはなく、人が生息不可能な危険地帯にいる。


「ふっ、俺には少し才能がある。それだけだ」


 ライドとシルバーの反応に対してヴェルナーはニヒルな笑みを浮かべていた。


「で、セレナ今後はどうする気だ。トルネイド家の魔術師達はサークルが破壊されてもう敵じゃない。サンドラ家がどう動くか分からないがミストゥル家が相手な以上、いつまでもここにいては危険だ」


「当てはあるし、なんとなくミストゥル家の狙いは分かるわ」


 セレナードの発言にヴェルナーはやはりかと思っていた。昨日、レイブルがミストゥル家の名前を出したときにシルバーは驚いていたがセレナードが冷静だったのでなんとなくミストゥル家の狙いを知っているのではないかと思っていた。


「まず地図を広げたいんだけど、ヴェルナー机持ってきて」


「…………ほらよ」


 ヴェルナーは渋々、近くにある足がない机を持って、セレナードの足元に投げた。


「ちょっと、この机足がないじゃない。まだ足がある机がどこかにあるはずよ」


「面倒だ」


「は?」


 ヴェルナーは大魔王であった自分が小娘の言うことを素直に聞きたくないと思っていた。対してセレナードは家臣であるヴェルナーに何がなんでも言うことを聞かせたかった。


「今からファブニル家の魔術師団の師団長に任命してあげるわ、下級魔術師から破格の昇格よ。だから、私の手となり足となって命令遵守よ!」


「は? 何が師団長だ。俺以外にシルバーとライドしかいねぇじゃねぇか。師団でもなんでもないだろ」


「じゃあ何が望みなのよ!」


(弱小魔術師一家に要求することなんかないが……だが大陸の覇権を狙うために貰った役割を利用して名声を上げる必要があるな)


 ヴェルナーは逡巡する。


 ファブニル家が大きくなることを考えれば相応の役職に就いといてもいいだろうとは思っていた。あくまでファブニル家の名声を上げるのは自身が大陸最強の魔術師として再び君臨することと大陸の支配者となる足掛かりにするためだ


 師団長という役職は非常時に多くの部下を従えての戦闘、領土内の拠点の防衛、武器や防具等の備品管理、敵対勢力の諜報等、様々な仕事をする必要がある。


 彼は自由に動きつつ当主と距離感が近い役職が好ましいと思っていた。大陸には自身を強くするための魔導書、霊薬があるため、当主の側にいながら、それらを探しに家を空ける必要がある。


「お前の手となり足となる話はともかく、この際、全員の役職を決めようか。俺は師団長よりもっとセレナと近い立場の役職が好ましい」


「なにそれ、私の傍にいたいってこと?」


「そうなるな」


「…………」


 ヴェルナーの発言にセレナードはなんとも言えない表情をした。


(この男どういうつもりで言ってるのよ)


 彼女は心なしか全身がこそばゆくなった。


「いいわ元老という役職を与えるわ」


 元老というのは聖十二族せいじゅうぞくに必ず設けられている役職であり、当主の相談に乗ったり、進言する立場である。


「四人しかいないのに元老なんて大層なもん設けたら他の魔術師に笑われるだけだろ」


「じゃあどうすればいいのよ」


「そうだな……従者が良い」


「従者⁉︎ あ、貴方、私の身の回りの世話をしたかったの⁉︎」


 セレナードは少しパニックに陥っていた。


「馬鹿いえ、従者が一番好き勝手動けそうだからだ。護衛、書類仕事をする者もいれば、中には料理や洗濯をする者もいる。従者は当主の側仕えであり、当主によって従者に求めるものが違うからな。融通が効くと思ったんだ」


 ヴェルナーの言ってることにセレナードは首を傾げていた。


「むしろ融通効かないと思うけど、私の言うことに従うのが従者でしょ?」


「形の上ではそうだが、俺が好き勝手に行動してるのをセレナが命令したという程にすればいい」


「は、はぁぁぁ⁉︎ そ、それ私になんのメリットがあるのよ!」


 セレナードは今にもヴェルナーに掴みかかりそうだった。


「俺の行動はファブニル家に損はさせない」


 対して、ヴェルナーは毅然とした態度をとっていた。


「むぅ……いいわよ、とりあえずヴェルナーは従者ね」


 セレナードは不服そうだったが、ヴェルナーの今の言葉が嘘を言っているとは思えなかった。彼女はとりあえず彼を従者に任命した。


 その後、シルバーをファブニル家の魔術師師団の師団長に任命した。


 通常、一門の者であるライドに役職は必要ない。当主の弟という生い立ち自体が彼の立場を表している。


 しかし、ライド自身も肩書きを欲していた。そこでセレナードが本拠地から離れた際や有事の際にはライドは当主代理に任命されることになった。


「じゃあ地図を広げるわ」


 セレナードは地面に落ちてる足がない机に周辺一帯が記載してある地図を広げた。


 地図の真ん中にはファブニル家、トルネイド家、サンドラ家の小さい領土が接していることが記載してあった。そして南方は山脈を隔てており、山脈を越えると広大なミストゥル家の領土があった。


 ミストゥル家は聖十二族せいじゅうにぞくの中で最も野心的な存在だ。金銭や魔法の品にも目がなく貧欲的な魔術師達がおり、義より利益を重んじる特徴がある。


 また、ミストゥル家が得意とする魔術は闇属性魔術である。


 闇属性魔術の攻撃は他の属性の魔術より多くの魔力を消費する代わりに攻撃範囲が広く破壊力に優れているという特徴を持つ。


「恐らくミストゥル家の真の狙いは三家の北方よ」


 セレナードは地図の北側に指を向ける。そこはミストゥル家と同じく聖十二族であるガラルホルン家がいた。ちなみに三家の中でファブニル家のみがガラルホルン家の領地と接している。


 ガラルホルン家は歴史の造形が深い魔術師の名家であり知的探究心の塊である魔術師が多く、古代の魔術と骨董品を好む。その反面、知識人ではない人間を見下す傾向にある。


 ガラルホルン家が得意とする魔術は鑑定魔術及び地属性魔術である。


 鑑定魔術は魔剣や魔道具の効果を看破したり、相手の魔力の流れから魔術を行使するタイミングを推測することができる魔術である。


 次に地属性魔術の攻撃は自然のものを利用する魔術が多く、魔力の消費が少ないことと石や土を元にしたゴーレムと呼ばれる魔法生物を作れるという利点がある。


「ニ〇年前、ガラルホルン家の領地でミストゥル家がガラルホルン家と小競り合いして以来、二つの家は反目しあっているわ」


「それは初耳だな」


「貴方が生まれる前の出来事だしね」


 ヴェルナーはセレナードにお前は俺と同い年だろと言いたいのをグッと堪えた。


「そのときに少なくない犠牲者が出て、両家の大戦争になりそうだったけど皇帝が介入して両家を仲裁したって父上が言ってたわ」


「なるほど、私怨でガラルホルン家を叩くために、ファブニル家の領土を足掛かりにしたと言いたいわけか」


「そう! この推測が当たってるか当たってないかはこの際いいわ、この話をガラルホルン家に伝えるのが重要よ」


 セレナードの話を聞いたシルバーは得心し、手をポンっと叩く。


「そうか! この話を手土産にミストゥル家が攻めてくる前にガラルホルン家の傘下に入ろうってことだな」


「その通りよ! 今は繋がりないけど私の祖先はガラルホルン家と親好はあったし、上手くいくわ!」


「さすが姉上!」


 ライドもセレナードの提案に賛成していたが、


「駄目だ」


「「「え?」」」


「俺達ファブニル家は誰の下にも付かない」


「今の話の何が気に入らないのよ!」


 セレナードはムッとした顔をした。


「傘下に入るのは絶対に駄目だ、聖十二族に一度降ってしまえば、俺達は聖十二族を越えることなんて一生できないからな!」


 ヴェルナーの語尾を強めた。その場にいる三人は大きく目を見開き、ヴェルナーの様子から伊達や酔狂で聖十二族を越えるとは言ってないことが感じとれた。

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