第八話 あまりにも速すぎるサークル突破

 ヴェルナーが記憶を取り戻してから一晩経った。彼は魔力切れを起こして気絶している間、再び屋敷があった場所に運び込まれて煤けたベッドの上に寝かされていた。


 昼頃、魔力が十分に回復したヴェルナーは目を覚ます。


(情けないことに気絶してたのか……額に濡れた手拭いが載ってあるな……魔力が欠乏したことで発熱してたのか)


 ヴェルナーは上体を起こして額の手拭いを手に取ってベッドの上に置く。


 彼が横を見ると椅子に座ってベッドに頭を乗せて寝ているセレナードがいた。桶に入った水と手拭いを見て彼女が看病してくれていたことが分かった。


「おお! ヴェルナー! 目が覚めたか!」


「シルバーか」


「呼び捨てかよ! まぁ、とにかくお前のおかげで助かったよ! お前が俺達の前に現れたときは頭がおかしくなったのかと思ったが、まさかこんなに頼りになるやつとはな! ワハハハハ!」


 シルバーは上機嫌だった。


「ふ、調子がいいやつだな、シルバーは」


 悪い気はしなかったヴェルナーは口角を吊り上げてた。


「ふわぁ……起きたのね」


 セレナードは二人の声で目を覚まし、目を擦っていた。


「お前は意外と面倒見がいい奴だな」


「意外とって何よ、当主として当然のことしたまでよ。功績を挙げた部下を労うのは当然よ、あとお前と呼ぶな」


「はいはい、セレナードさんよ」


 ヴェルナーはやれやれとかぶりを振った。


「貴方と私って同い年よね」


「俺もそう記憶してるが、それがどうした?」


「じゃあ……」


 セレナードは言葉を詰まらせたあと、そっぽを向いて口を開く。


「セレナって呼んでちょうだい、同い年だし!」


「? 別にいいが」


 ヴェルナーはキョトンとした顔をした後、彼女のお願いを聞き入れることにすると、シルバーがニヤニヤと笑っていた。


「お嬢様、同い年の友人が欲しかったんだよ。立場上一人ぼっちだからな」


「ああ、なるほどな」


 ヴェルナーは得心したような顔をすると、


「うるさい黙れ」


 セレナードは照れ臭そうにつんけんとした態度をとった。


「あ! ヴェルナー! いや、ヴェルナーお兄さん!」


 今度はライドがやってきてうやうやしくヴェルナーに寄った。さすがのヴェルナーもお兄さん呼びを聞いて怪訝そうな顔をしていた。


「お前そんなキャラだったのか」


「いや、今まで僕のことは忘れて下さい。自分よりも強い魔術師をばったばった倒していくヴェルナーお兄さんはファブニル家の救世主ですよ!」


「調子のいい奴め……だが……いやなんでもない」


 ヴェルナーは何かをいいかけてベットから立ち上がる。


「これからお嬢様とお坊ちゃん、そして俺とヴェルナーでこの家を再建していくんだ!」


 シルバーは拳にグッと力を入れて決意表明する。


「そうだそうだ! この四人でファブニル家復活だ!」


 ライドはシルバー同様、意気込んでいた。


(家族か……そんなもん前世にはいなかった。弟子とを取って魔術師として育てあげたが結局、裏切られてしまった)


 ヴェルナーは横目でライドとシルバーを見ながら歩き始める。


「どこ行くのよ」


「どこだっていいだろ」


 ヴェルナーは背中越しにセレナードに応じた。


「今後のことについて話さなきゃいけないから早く戻って、いい? 貴方は私の家臣だからね」


「我儘な奴だ」


 ヴェルナーはその場から立ち去り、森の中に入る。そして座れそうな丸石を見つけると、そこへ腰掛けた。


 記憶が戻った以上、律儀にファブニル家に仕える必要はないと考えていた。


 今回の行動はトルネイド家やサンドラ家が何を狙っていたのかを知った後、狙っている物が自身の強さに繋がる物であれば奪おうと思っていた。


 また、記憶が戻る前に傷を負わせたであろうトルネイド家に仕返ししたいという矜持があった。


 だが、蓋を開けてみれば今回の騒動の裏には聖十二族せいじゅうぞくと呼ばれる帝国と同じ権威を持つ魔術師の名家の一つ――ミストゥル家がいた。狙いは分からないが自身が欲するようなものはなさそうだとヴェルナーは思っていたが、彼は考えを改めていた。


(俺が再び大陸最強の魔術師になったうえで大陸の覇権を握るような立場になるには聖十二族は目の上のたんこぶだ。ファブニル家を出奔して、権力を手に入れるには聖十二族または帝国に仕えて頭角を表すのが一番の近道だが、皇帝はもちろん当主は世襲制だ。本当の頂点に立つことはできない)


 ヴェルナーは順序立てて今後取る道を模索していたが、それより優先したい感情があった。


「いや俺は大魔王だ。聖十二族や皇帝に仕えることはない、権力者の下に着くのは性に合わん」


 それは彼の矜持であった。さらに口にはしなかったもののファブニル家に関しては思うところがあった。


 自分と対等に話してくれる存在は前世ではいなかった。しかしセレナード達は同じ目線で語りかけてくれていた。


 手のひら返し甚だしいがヴェルナーを尊敬と感謝の念を送ってくれたシルバー。いきなり、恭しく慕ってくれたライド。そして、あろうことか大魔王であったヴェルナーを家臣扱いするセレナード。


 どれも新鮮な体験だった。


(ファブニル家の家族ごっこに付き合ってやる。俺はファブニル家を聖十二族を超える地位に押し上げることで、俺が大陸の頂点に君臨しよう)


 決意を新たに、彼は丸石の上で座禅を組み、目を閉じて修練を始めた。


 ――数時間後。


「………………」


 ヴェルナーはコアに大気中の魔力を溜めていた。


 大気中にも魔力が満ちてるがそれを体内に取り込むには時間、集中力、体力が必要で、雑念があれば、取り込んだ魔力は散ってしまう。


 また、大気中の魔力を取り込んだだけでは自分の魔力にはできない。コアの内部で大気中の魔力と自身の魔力を五対五で混ざり合わせる。互いの魔力は反発しあうので止めどなく自身の魔力をコアに送り一定の割合にし続けた。そうすることで、大気中の魔力を徐々に自身の魔力に順応させて取り組むことができる。


 この修練方法を『競合』と言う。現代ではこの修練を行う魔術師はいない。何故なら、現代では知られていない修行方法だからだ。


 現代に伝わらなかった理由は一つだ。あまりにも危険な修練だからだ。もし大気中の魔力と自身の魔力の割合を間違えれば大気中の魔力が暴発し、体内を傷付ける可能性があるからだ。


(なんて人なの……寝て起きたと思ったら修練してるわ。この人には敵わないわね)


 セレナードはヴェルナーの様子が気になって見にきたが修練をしている彼に感心していた。


 そのとき、ヴェルナーが目を見開くと同時にセレナードは思わず呟いてしまった。


「嘘……!」


 彼女はヴェルナーの魔力量が急上昇するのを感じた。これはサークルが一つ増えるときに見られる現象だ。


「一サークル第五段階突破、ニサークル第一段階到達!」


「信じられない……こんな短時間でサークルを一つ増やすなんて」


 セレナードは関心を取り越して呆れていた。


 人の才能によりけりだがサークルを一つ増やすには数年はかけるのが世間の常識だった。また、何十年どころか生涯かけともサークルを増やせない魔術師もいる中、ヴェルナーは数時間で二サークルに到達してしまったのだ。

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