第二話 魔力の根源『サークル』

 ヴェルナーがいる家はファブニル家と呼ばれる魔術師の名家だ。ただ、名家といっても過去に財産を築いただけの弱小の魔術師の家系に成り下がっていた。


(両親は流行り病で物心つく頃に亡くなった。その頃、ファブニル家は孤児を育てていた。慈善事業ではなく戦う魔術師を育てるためだ。そこでファブニル家に目を付けた俺はファブニル家に仕える下級魔術師として生きてきた)


 燃え盛る一室にいるヴェルナーは今までのことを回想しつつ、今の世界の仕組みを改めて思い出していた。


(世界は前世から三〇〇〇年後の世界。今は魔法歴一五〇一年と呼ばれてる時代。大陸の名前はメルトメロウ大陸。四方を海に囲まれた広大な面積を誇る大陸で、皇帝を頂点としたオーディン帝国が支配する土地となっている。しかし、この大陸は一枚岩ではない、魔法の名家の中で帝国と並ぶ権威を誇る十ニの家系がある。確か聖十二族せいじゅうにぞくと呼ばれていたはず)


 最高峰の魔術師だった大魔王と魔王亡き後、有力な魔術師達が大陸の覇権を争ったが戦いによって多くの魔術師が亡くなるとともに様々な魔術も失われた。


 それから、大陸の覇権を争うのは貴族による政治闘争だったが再び魔術が発展すると、魔術師の戦いによって権力が決まる構図に戻った。故に貴族が持つ爵位は無意味なものとなり、貴族制は廃止された。


 力ある魔術師の家系が他の魔術師の家系を支配することで勢力と権力を高めていた。そして、千年前に帝国と功臣である十二の魔術師の家系が大陸の覇権を握ることになった。


 現在、大陸の最高権力者は皇帝ではあるが聖十二族は帝国と同列の権威を誇る。さらに聖十ニ族と呼ばれる家系は帝国建国時に広大な領土を与えられており、帝国から見ても聖十二族の経済力と軍事力は侮れないものなっている。


 基本的に名を馳せた魔術師の家系は帝国から領土を与えられており、その家の当主は魔術師でありながら領主でもある。大概の魔術師の家系は聖十ニ族の傘下だが独立した魔術師の家系でもある。


 ファブニル家は小さい領土を保有する魔術師一家ではあるが珍しく聖十ニ族の傘下に入っていない。


「ふぅ………」


 ヴェルナーはため息を吐きながら、魔術師として未熟な自身の体を分析していた。


(魔術師の格と魔力量は心臓に形成される魔力の輪――サークルの数と強度によって決まる。単純にサークルが多ければ多いほど強い魔術師だ。また、一つのサークルごとに強度が第一段階から第五段階がある。五つの段階を突破してから、ようやく次のサークルが形成される)


 ヴェルナーは心臓に手を当ててサークルの数を確認した。

 

「俺のサークルは一サークル第三段階……あまりにも弱すぎて反吐が出るな」


 基本的にサークルが高ければレベルの低い低級魔法は無詠唱又は高速詠唱で素早く発動できるうえに威力も向上する。


 また、サークルの基礎的な使い方として筋肉や皮膚を石のように硬くすることができたり、運動神経を向上させることもできる。そのため、サークルの数と強度で近接戦闘能力にも差が付くため、サークルの少ない魔術師がサークルの多い魔術師に勝つことは困難だ。


  しかし、ヴェルナーはサークルの少なさで杞憂することはなかった。


「今の時代の魔術師はサークルの数と強度に頼りすぎてる。コアを一切有効活用してないな。俺の魔術理論ならサークル以上の力を発揮することができるが……もう少し魔力量を増やしてからその理論を行使したい。今のままではその理論を構築するのに時間がかかるだろう」


ヴェルナーが思案していると、


「う……ぁあ……そこにいるのはヴェルナーか……」


 室内に倒れている魔術師の一人が弱々しい声を上げる。胸部の大部分が吹き飛んでおり、今すぐにも息絶えそうだった。


「た、助けてくれ……」


 彼はなんとか声を絞り出してヴェルナーに声をかけていた。


(こいつはもう助からないな。そもそも助けれたとしても助ける義理はない)


 男はヴェルナーより一回り年上の男性だ。同じようにファブニル家に仕える魔術師で同じ釜の飯を食べた仲間ではあるが仲がいいわけではない。そもそもヴェルナーはこれまで他者とは必要最低限の会話しか交わしてない。


「お前はもう助からない」


「くっ……やっぱりか……」


「だが死ぬ前に俺の糧になることはできる」


「それは……どういうことだ……」


「お前の命と引き換えに秘伝魔術を使うことで俺の魔力量を増やせる」


「ぐふっ……何言ってるんだ……」


 死の淵にいる男は困惑していた。その間にヴェルナーは男の額に手を当てた。


(ニサークル第三段階か。悪くない、こいつの力を利用すれば多少マシな力を得られるはずだ)


「…………ど、どうやら本当に何かやるらしいな。へへ……俺の力を使えるなら存分に使ってくれ……」


「ふんっ」


ヴェルナーは男の話を鼻を鳴らして聞き流す。


「俺も孤児でさ……ひとりぼっちだったんだが……皆といて退屈しなかった…………な…………」


 男が事切れそうになる前にヴェルナーは詠唱する。


「『生命と共に魔力を俺に捧げよ! 凶乱流秘伝魔術・人魔煉丹化じんまれんたんか!』」


 その瞬間、男の体は骨ごと消え去り魔力だけが残った。ヴェルナーは魔力を額に当てた手から取り込む。


(この魔力を俺のものにするために霧散する前に体内で精錬しないと駄目だ。他者の魔力をそのまま取り込むと拒絶反応が起きてしまう)


 ヴェルナーは部屋から出る。燃え盛る廊下を歩きながら襲われたときの状況を思い出す。


(敵の正体は不明だがこの近辺にはファブニル家の同規模の魔術師の家系が二つある。そのどっちか、もしくはどっちもが襲いかかってきたんだろう。この調子では当主諸共ファブニル家の連中は死に絶えているかもしれん)


 その後、ヴェルナーは屋敷から出る。燃え朽ちていく屋敷を見ながら、先ほど亡くなった男が初めて会ったときに言った言葉を思い出した。


「お前が新しい下級魔術師か。俺の名はザックス! よろしくな。おいおい、返事ぐらいしろよ、無口な奴だな。俺、お前と同じ歳ぐらいの弟がいたんだけど流行り病で亡くなったんだよな、なんか親近感湧くな』

 

ヴェルナーはくだらないことを思い出したなと思いつつ、屋敷から離れた場所にある大木を背に座禅を組み、目を閉じた。


「お前の過去など知らんが俺の糧にするぞ」


 そう言いながら、ヴェルナーはザックスから受け取った魔力を自身の魔力に変換し、心臓に取り込む作業――精錬を始めた。


 ――ニ時間後。

 

「一サークル第三段階突破、一サークル第四段階突破、一サークル第五段階到達!」


 目を開けたヴェルナーはそう言いながら両拳に力を入れる。


「この程度の魔力を精錬するのにここまで時間がかかるとはな。あとはこのサークルの低さをコアで補うか」


 ヴェルナーは自身の胸部に手を当てる。


(コア――胸部にある魔力を蓄える場所だ。主にコアは霊薬を服用時に活用する。霊薬は修練、一時的な身体能力強化、特殊能力などを得ることができるが、霊薬は膨大な魔力の塊だ。コアの容量が足りなければ体が爆発する。しかし、コアの活用はそれだけじゃない……やることは前世と同じだ)


 ヴェルナーは息を深呼吸して雑念を除く。


「コア・サークル連結式魔術回路の生成!」


 そう言いながら彼は再び目を閉じる。


 ヴェルナーが前世で組み立てた魔術理論――その名もコア・サークル連結式魔術回路。


 『凶乱の大魔王』はサークルで生成される魔力をコアに貯められる点に気付きコアとサークルを繋げて魔術を行使していた。


 胸部のコアと心臓部のサークルを連結させることでサークルから生成される魔力だけではなくコアに貯めた魔力でも魔術に活用できる。つまり、放出する魔力量がサークルの数だけではなくコアの容量にも依存することができるので通常の魔術師よりも高い魔力量を有することができるわけだ。


「流石に一サークルの状態で魔術回路を作るのは困難だな……」


 ヴェルナーは冷や汗を掻いていた。緻密な魔力操作が必要であり、一サークルしかないので魔術回路の形成は困難を極めていた。


「だかやってやる、通れない道があるなら俺が道を作るだけだ」


 ――さらに二時間後。彼はコア・サークル連結式魔術回路を形成することができた。

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